少年の成長と不審な情報
双子姫は一応リノとファーニィに譲られ、テーブルの席に座る。
そして話し始めた。
「あなた方がゼメカイトでどれほど活躍したのかは、手の者からの報告がありましたわ。本来は領主家からの褒賞を待つのが筋ですが」
「そんなの期待はしてないよ。そもそも会ったこともないし、領主のためにやったことでもない」
メガネを押す。ああ、押すクセに手応えがつくのが嬉しい。
「筋というならゼメカイトに残って踏ん張り続けた兵士たちや冒険者たちこそ褒賞を受けるべきだ。僕らなんて後乗りして美味しいところをかっさらったに過ぎない」
「いいえ。その全員が奇跡の如き事態の解決に、アイン様の力あってこそ、と感謝を述べたと」
「胡散臭い報告だなあ……僕たち冒険者の溜まり場と魔術学院しか寄ってないのに」
「マード様が居残り、領主家の兵士たちをも救護したとのこと。その時に伝わったのでしょう。延べ数千体ものゴーレムを破壊し、遺跡を壊滅させ、“北の英雄”を救助してのけたアイン様のご尽力を」
「ほとんど武装を置き去りにしながら、私たちをして信じがたいほどの戦果。無論のこと、にわかに信じることのできない者も多かったようですが、元“邪神殺し”パーティのうち二人と、かねてよりその剣腕を見せつける元水霊騎士団長ロナルド、それに“北の英雄”当人たちまでもが揃って事実と言うのであれば、真実であると認めるしかないのでしょう」
「いずれゼメカイトは従来の活気を取り戻すことでしょう。元より国内随一の冒険拠点。荒廃に任せては他国の思う壺というもの。王家からも援助を重ねるつもりではおります」
「その中心的役割を果たしたアイン様には正式な爵位……と申し上げたいところですが、さすがに急すぎると反対も多く」
「叶えば晴れて妹を嫁がせるに何の障害もなくなったところでしたのに」
はー、と揃って頬に手を当てて溜め息をつく双子姫。
「別に王家に入る気もないし貴族暮らしする気もないよ」
「ええ。ですが王家に入らずとも、単身にてここまでの大業を成す大冒険者とあれば、もはや兄を抑えるには十二分」
「当国にとっても、他国の力として流れてしまうよりは懇ろな関係を保つに越したことはないというもの。単純に妹にとって良い身の振り先となるでしょう♥」
「首輪付けかよ……」
ユーカさんが呆れ顔をするが、双子姫は涼しい顔。
「それこそ、姫として生まれた本懐というものでしょう♥」
「老耄した愚劣な有力者の箔付けとなるより、よほど素晴らしい未来というものですわ♥」
「……お前らがそれでいいならアタシがどうこういうこっちゃねーけどな」
「いや言っていいんだよユーは。そもそも僕、ユーに告白したよね?」
「あら♥」
「あらあら♥」
思わず出た僕の一言に、双子姫は何故か嬉しそう。
「詳しくお聞かせくださいな♥」
「恋の話はどんな世界のことであろうと華ですわ♥」
「いや君たち今嫁ぐとかなんとか」
「それとこれとは別ですわ♥」
「婚姻は所詮家と家の都合。恋はそれをも凌駕する心の火花♥」
彼女らは「だから君らとは結婚なんかできない」という話になりそうなのをあっさりと無視してのける。
というか、変な方向に達観してるんだろうな。コイバナと結婚話を全く別の問題として処理するってことは。
「あーもー、お前ら何しに来たんだってんだよ! 結局何なんだよ!」
強引に方向修正して、結局双子姫から聞き出せたのは、「北で暴れているアンデッド」の噂が一応事実であること。
ただ、正確には「正体不明」らしい。
「既知のアンデッドモンスターとは思えない特徴が散見されますの」
「というと?」
「動きに狡猾さが見られます。能動的に人を襲うことは少ないのですが、冒険者や兵士に発見されると森や市街に隠れ、奇襲を繰り返すのです」
「……ちょっとイメージ違うな。そもそも人間なんじゃ?」
少なくとも戦闘狂の「邪神もどき」シリーズは、隠れて奇襲なんて行動をしそうにない。
奴ならどんな大群でも真正面から受け、殲滅するだろう。それを可能にする再生能力と戦闘力がある。
あるいは……レリクセン家が別口で作ってる新シリーズ……?
「人間ではないか、という疑いはあったのですが……まず外見があまりにも醜く、それをフードとマントで隠すように行動しているそうです。そして、人ではないかとして呼びかけた者に答えを返すことはなかったと。その戦闘力は幾度も数十人の人間による包囲を突破し、逆に殲滅していることからも分かる通り、生半なものではありません」
「ただ超醜くて喋れないだけの常人の可能性もあるのか……」
「……私らが行ってどうこうする相手じゃないかもですねぇ。騎士団がやるっていうなら騎士団任せでいいんじゃないですか?」
ファーニィがテンション下がった声で言う。
が、ユーカさんは逆に声に真剣みが増した。
「ソイツが活動してる場所は?」
「北部辺境、ファーブリス周辺ですわね」
「……行くぞアイン」
「えっ」
「四騎士団に先を越されるわけにはいかねー」
「え、でも僕たちのターゲットなのかなあ、そいつ……」
「わかんねーが」
ユーカさんはパチンと指を鳴らして、僕を指さす。
「ファーブリスはレリクセン家の本拠地だぞ。行ってそのモンスターが見当違いならそれでいい。どうせあの場に用がある」
「……そうなんだ?」
そういえばユーカさん、王都はあんまり馴染みがないって言ってたっけ。
トーマが王都に突然出没したから、なんとなく王都に本家があるのかと思っていたが、そうじゃないらしい。
「それよりも、モンスターに心当たりがありそうだな、ユーカ」
アテナさんが兜の奥からユーカさんに視線を送る。
アテナさんは小さく首を振って。
「……心当たりがあるかというと、はっきりとは言えねーが。……妙な胸騒ぎがする。無視したら手遅れになるような、何か……」
「……ふむ」
「それなら行きましょう。アインさんの装備とメガネを受け取るという用はもう済んでいるんです。私もマリスに会って行くという用件は、今済みました」
「あら、クロード。このような逢瀬で良いのかしら?」
「マリス。私は今、冒険者だ。冒険者としてひとつの流れに絡み、やるべきことがある。一目見るだけで私の心は満たされる。愛の言葉は手紙にしたためよう。そして成すべきことを成したら、その暁に君と見つめ合おうと思う」
「……変わりましたわね、クロード。……思ったより、大人になってしまった」
「それが君にとって楽しい事か楽しくない事か、今は聞かない。だけど、私はただ君に夢中な少年のままではいられなかった。男として、貴族として、戦士として……前に進まざるを得なかった。そして今も」
ここを旅立った時とは見違えるように精悍になった、少年のまなざし。
それを見返すマリス王女の目が、わずかに揺れた気がした。
「……無粋ではないつもりですわ」
マリス王女はそれだけを言って、引き下がる。
「それじゃあ、行こう。情報ありがとう、二人とも」
「……うふふ♥ またいずれ♥」
「ご武運をお祈りしておりますわ♥」
二人は気を取り直したように小悪魔の笑みを浮かべ、退室する。
「ジェニファーはすぐ走らせられる? さすがに食事の時間ぐらいはあげようよ」
「多分そんなにお腹空いてないと思うけどね。昨日、リーダーが狩ったの食べてたし」
「ファーニィとユーカさんはもう用はない?」
「行けますけど、ユーちゃんの新しいケープは用意した方がいいかも。洗っても落ちないシミとか増えてきてるし」
「ケープなんて汚れるもんだろー」
「ユーちゃん手拭いみたいにするから汚れすぎるよ! 可愛いワールドじゃそれ駄目だよ!」
そんなこんなで、半日の時間を置いて。
僕たちは王国北部辺境、小都市ファーブリスを目指すことになった。




