噂話
メガネの自己調整を待つ間に、少しだけドラセナからも情報収集する。
「僕たちがいない間になんかあった?」
「んー……あったといえばあった……のかねぇ? デルトールの方からアタシの名前を辿ってきた冒険者がちらほらいたのと……そうそう、またエラシオが来たよ」
「へえ……」
デルトール方面はなんだかんだで僕にとっては縁深くなってしまった。
向こうで名前を売った結果、僕の武装がドラセナ印だというのも噂になったのかもしれない。
そして“燕の騎士”エラシオ。あの超回避の爽やか冒険者。
彼らとの共闘も随分前に思えてしまうけど、言うほど前というわけではないんだよな。
「パーティのメンバーを補充することになって大変だって言ってた」
「そりゃまた何で」
「最近、高レベルのパーティが必要になる依頼が増えててね。エラシオのパーティを二つに割って、お互い新人育成して戦力二倍を目指そうって話になったんだってさ。……そううまくいくかねぇ」
「バランス難しいだろうなぁ……確かあそこって前衛四人に魔術師と治癒師一人ずつだったよね」
「そうそう。で、話し合った結果何故かエラシオと魔術師の子だけ分けて、もう一方は残り四人って話になったんだって」
「そんなのアリ?」
「後進育成だからねぇ。仲間を守る前衛組が頼りないと話にならないってんで、とにかく食らわない自信があるエラシオと、他のよく食らう前衛三人がそれぞれ別班になって。で、食らうんだから治癒師がいるよね、ってそっちに治癒師回して。さすがにエラシオ一人ってわけにはいかないから魔術師の子もついて、ってことらしいよ」
「なるほど……」
言われてみればそうなるか。
でも後進育成……彼らもまだまだ上げ潮の時期だと思うけど。
「冒険者って自分のことだけ考えてたっていいものだと思うけど。そんなに人材育成って必要になるのかなあ」
「エラシオ曰く、今までのメンバーじゃ足りないことも多いらしいんだよ。まあ殴り役四人も揃えてまだ突破力が足りないって、そもそも編成に問題あるんじゃないかと思うけどね」
「ああ……」
思えば、彼らのパーティは「耐久力に劣る雑魚を手際よく処理していく」というタイプの戦士が多く、「敵の堅い守りを叩き壊して進む」という戦法が苦手だ。
ドワーフのドドンパさんがかろうじてそれ向きだが、結局エラシオが回避で粘って魔術師のアルベルトの大魔術を待つ……という戦法に帰結せざるを得ない。
本来的には、エラシオの才能の異常さと他のメンバーの能力が釣り合わないのが問題でもある。あの回避力を結果に繋げようとすると、やはり同等の異常さを持つ相棒が必要だ。
そのレベルを依頼側は求めているが、他はついていくのがしんどい……というのが本音かもしれないな。
「やっぱり僕は恵まれてるなあ」
「ん?」
「いや、いいパーティなんだ。仲間の力が物足りないって思ったことはない」
「聞く限りじゃ大ボラにしか思えないような冒険してるのに、仲間をそれだけ評価するってのは……エラシオは羨ましいだろうねぇ」
「多分、誰一人とってもエラシオは欲しがると思うよ」
ユーカさんは普段の能力こそ弱まってはいるが“邪神殺し”が発動すれば言わずもがなの決定力だし、その冒険者としての経験値と嗅覚は桁違いだ。
ファーニィは治癒師としても一流以上の領域に達しているし、魔術も弓も使えて運動能力も充分。何より見た目が良くてムードメーカーだし、いて損になる要素はない。
アテナさんは前衛としての能力はどこをとっても最高峰。多頭龍を超えるほどの超大物相手にはさすがに攻め手が乏しくなってくるが、そもそもそんなのと戦う機会は普通の冒険者は一生ない。
クロードはアテナさんにはまだかなわないが、歳を考えれば充分強いし伸びしろも大きい。そして高い能力にもかかわらず視野が広く、サポートに愛剣「嵐牙」を活用しまくる応用力もある。
そしてリノとジェニファー。リノは単体では冒険者としての力があるとはいえないけれど、ジェニファーの存在と合わせればその価値は計り知れない。
今や、みんな欠かすことのできないメンバーだ。
「そんなアンタたちは次は何をするんだい?」
「次、かぁ……」
メガネを押す。
……次に何と戦うか。
今のところ考えていない。
次の戦いがあるとすれば、おそらくレリクセン家……ユーカさんの実家との闘争。
それをこの場で漏らしても仕方ない。下手をすれば巻き込むことになりかねない。
だから、僕はそれを飛ばして……そして、夢想するように。
「ドラゴンとは戦ったから、次は……『邪神』でも狙ってみるかな」
「さすがに無茶……でも、ないのかねぇ。聞いてる話が全部本当なら」
「嘘は言ってないんだけどなあ」
「アンタを嘘つきだとは思っちゃいないんだけど、さすがに荒唐無稽でねぇ」
苦笑いするドラセナ。
でも、多少は信じてくれるというだけでもマシなのだろう。
僕自身だって、ゼメカイトで壁貼り依頼をやっていた時代に「来年にはドラゴンと正面勝負したりダンジョンを一人で平らげたりできるようになるよ」って言われても、寝ぼけていると思うだろうし。
「あ、そうそう。そういえば……変わったこと、っていうか王都の話じゃないんだけどね」
「ん?」
「ヤバいアンデッドが北で暴れてるらしいよ」
「……ヤバい? どういう意味で?」
「すごく強いらしくて。火霊のカミラが、そろそろ四騎士団のどれかにも声がかかるかもって」
「…………」
メガネを押す。
「い、言っとくけどアンタに倒してくれって言ったわけじゃないかんね? 変わった噂っていうから話題にしただけだよ?」
「……いや、ちょっとね。……僕も興味がある、っていうか」
脳裏に浮かぶのは、「邪神もどき2」。
2がいるなら3も作れるだろう。
王都直衛四騎士団が出るほどの強さというと、そうである可能性が高い。
……さて、先に始末するべきか。それともレリクセンと勝負をつけるべきか。
やがてメガネの自動調整が済んだので、定宿に戻る。
そして、みんなを相手にその話をすると、案の定というか、アテナさんやクロードも、それぞれの古巣でその話を掴んでいた。
「アレですかね」
「アレかもしれんな」
「しかし何のために? 狙いが見えないですよ」
三人で、うーむと唸る。
普通に考えれば運用実験。僕たちにぶつけた「邪神もどき2」は瞬殺してしまったので、あえて僕らに関係ないところで使ってみている……?
でも、そもそもなぜ僕らにぶつけた? 僕らを倒す理由はあるのか。
その理由があるならば、2はあまりに未調整だった。1を僕たちは倒しているのだから、もっと性能を盛るべきだったはずだ。
僕らを狙ったのこそ単なる実験で、本来の狙いは僕らではなく王国転覆を狙っている?
だとするなら辺鄙な場所で、動きが派手過ぎる。もっと直接的に王都に乗り込ませた方がダメージは大きいはずだ。
……意図が読めない。どうも一本の線に繋がらない。
「行けば分かんだろ」
ユーカさんはあまり興味なさげに言う。
「ユーは何かシナリオに予想ついてるの?」
「さーな。ただ噂が曖昧過ぎんだろ。『強いアンデッドがいる』って、それだけじゃ何もわかんねー」
「それはそうだけど……」
「もしかしたらレリクセンには関係ねーかもしれねー。それならそれでいいだろ。紛らわしいからブッ倒すだけだ」
「…………」
ユーカさんの表情がちょっと気になる。勇ましいことを言っている割には、なんだか憂鬱そうだ。
実家相手となるとやっぱり気が重いのかな。まあ、そりゃそうか。
「それで」
「私たちには挨拶もせずに発つおつもりかしら♥」
ガチャリと突然ドアが開いて二人の少女が登場した。
……そして微妙な空気が流れる。
誰も「ええっ!?」と叫んだりしなかった。
「……あらあら」
「サプライズ失敗でしたかしら?」
「……いつものことすぎて、またかーってなっただけだよイタズラ娘ども」
ユーカさんが白けた顔で頬杖を突きながらみんなの気持ちを代弁した。
いや、そこまで不敬な気持ちだったつもりはないんだけど……王都にいる時点でこの双子は盗み聞きしているものと思っていた方がいい、と経験上学んでいた。
「次は天井を開けて舞い降りる演出が必要かしら」
「あら、殿方もいるところに上からなんてはしたないわ。床を跳ね上げて登場するのもよいのではなくて?」
「まず押しかけるのを我慢しろや!? お前ら仮にも一国の姫なら城に呼びつけるとかあんだろ!?」
「うふふ。待っているだけではスルリと逃げられてしまいそうですもの♥」
「特にユーカ様が『面倒だから無視してしまえ』と言うのが目に浮かびますわ♥」
「…………ふん」
ユーカさんは鼻息で肯定した。
うん。僕もユーカさんはそれ言うと思う。




