アインとオシャレ感覚
報酬はしっかり支払われた。
とはいえ、例によって現金だと重くなり過ぎるので即座に宝飾品を買う。
「……これだけあると正直、お姫様気分に浸れるわよね。ただの資産ではあるんだけど」
リノがここしばらくの間にだいぶ増えた宝飾品を机に並べ、微妙に嬉しいようなそうでもないような顔をする。
金銀宝石色とりどり、ティアラも指輪もブローチも身につけきれないほどある。
これでも適宜、価値の低い宝飾品はまとめて売り払って価値の高いものに買い換えて、嵩を増やさないようにしている。
それでもある程度の数になるのは、やはり単品で高すぎると換金できない場合があるのと、現品払いの可能性も考慮してのことだ。
どうしても小銭がなくて宝飾品そのものをポンと渡す場面もある。そんな時に大物しかないと損が大きいし、払う相手が複数の時に切り抜けられない。
山分けはきっちりやる代わり、お互いに金の面倒は見ないというのが冒険者パーティの不文律だ。
下手に貸し借りしていると、こじれにこじれて土壇場で妙な喧嘩に発展したり、殺し合いになってしまった……なんて話も多い。
だから、それぞれの払いを自分でできる用意は必要。
そうなると結局、こういう量になってしまう。
「無理に『カネの塊』と認識しなくたっていーんだぜ。気に入ったのは普通に身につけて楽しめばいい」
ユーカさんはそう言いつつもあんまり身につけない。
「うーん……でも私、まだ派手な宝石似合う歳じゃないし……」
「そんなん気にするなよ。自分で稼いで手に入れたジャラジャラだろ」
「その言い方されると急になんか洒落っ気削がれるわね……」
微妙にそういう無神経なとこあるよねユーカさんは……。
と、心の中だけで同意しつつ、僕は手持ちのネックレスをユーカさんにかけてみる。
「な、なんだよ!」
「似合いそうだから」
「……っ、お前そういうのはアーバインの十八番だろーがよ」
「?」
どういうこと?
と思って首をかしげると、見ていたファーニィが聞こえよがしに溜め息。
「いきなり高いネックレスをつけてやって『君に似合うと思ったんだ♥』とか、どう控えめに言っても遊び人の言動ですよ」
「そうかなあ」
「どうせアイン様は『妹にはよくこんな風にやっていたし』とか言うんでしょうけどね!」
「…………」
図星。
いや、妹の生前は高いネックレスなんて買うのは絶対無理だったし、そもそも手に入れるチャンスもないので、せいぜい適当な紐と削った木片で作ったペンダントもどきしかあげられなかったけど。
あれもしばらくはつけてくれたけど、結局「兄貴のプレゼントをあんまり大事につけて回るのも恥ずかしい」ってんで使わなくなっちゃったんだよなー。思春期とはそういうものだ。
「疑うんなら私やアテナさんにやってみてください。絶対途中で『あっ、これ本当に僕がやっていいやつ?』って気分になりますから。なんかそれこそ王子様じゃないとやっちゃいけないやつじゃない? って手が止まりますから。アイン様は年下っ娘に精神的にゆるゆる過ぎるんですよ!」
「そ、そんなことはないはずなんだけどなあ」
ユーカさんにかけたネックレスの紐の下から髪を抜き、整える。
これもわりと無断でやっちゃいけないことかもしれない。もうユーカさんの髪をいじるのは慣れてしまったのでほとんど無意識でやってしまうけど。
宝飾品入れから別のネックレスを取り出し、ファーニィ自身に言われた通りにかけてみようとする。
……ファーニィと目が合って、確かに手が止まってしまう。
彼女の期待と恥じらいと、「ね? 恥ずかしいでしょ?」と言わんばかりの表情。
嫌でも、これはある種の図太さを伴わないとサラリとできない行為だ、と理解する。
「……参りました」
「参らなくていいんですよ! むしろかけてから『似合うよ♥』まで言って下さいよ! 堕ちますよ!」
「自分でオチますって言うのもどうなの」
というか現状オチてないって設定なのか。
君は自分がどういうポジションだと定義してるんだ。僕に対して。
「まあまあ。堕ちてもそれ以降に発展する時間がないだろう」
アテナさんが仲裁してくれる。
いや、仲裁か? 発展ってどうなるの。
「そうそう。っていうかこの後出発するんだから整理終わったらみんな準備準備!」
リノもみんなを急かす。
「オメーが変なこと言い出したのが発端だろー」
「別にそんな変なことでもないじゃない!」
そんなやり取りをしながらユーカさんはネックレスを外そうとしてくる。
「あ、返さなくていいよ。本当に似合ってるから」
「いや、結構な値打ちモンだろこれ。いきなり人に寄越すなよ」
「それくらいで困るような懐事情でもないよ」
「……いきなり成金みたいなこと言うじゃん」
「刀代だと思って取っておいて欲しい」
あと、僕はユーカさんにことあるごとにプレゼントしてもおかしくない感情持ってると表明してるつもりなんだけど。
どうもそういう雰囲気にならないよなー。
あまりにも「妹に対する兄」的な距離の詰め方が定着してしまっているせいだろうか。
「……あれで照れているから心配するな」
こそっとアテナさんが囁いていく。
「えぇ……」
「彼女も彼女で年上のプライドがあるのだ。……恋愛と縁がないなりにな」
「なんかアテナさんこういう時だけ大人っぽいですね……」
「はっはっはっ、言い寄られた回数だけなら自信があるぞ」
つい、皮肉交じりに「そのうち付き合った回数は」と聞きそうになったが、別に知ったところであんまりいい気分になるわけでもないな、と思い直す。
アテナさんがあんまり奔放でもやだなあ……と、ちょっとだけ思ってしまう自分が少し嫌。
宿場を出発し、それから三日ほどかけて王都まで戻る。
変わらずジェニファーの足に無理のないスピードを心掛け、休息も取りながらだったが、それでも徒歩で二週間はかかる道のりを踏破できていた。
その間にアテナさんやクロードと剣の稽古もしっかりやり、時々見晴らしがよく巻き込みにくいところで「雷迅」の限界性能を試したり、リノの杖の調整に付き合ったり、と、移動日ながらも充実している。
そして。
やっと、ドラセナの工房に訪問できた。
「あぁ、やっと来たね。いきなり音信不通になるもんだから、すっぽかされたかと思ったよ」
「ごめんごめん。ちょっと急ぎでゼメカイトまで行ってて」
「ゼメカイトぉ? さすがにこの期間では急いでも行ってこれなくないかい?」
「僕のパーティだと行けるんでそこはあんまり突っ込まないで……」
「まあ、アンタらにいちいち驚くのもそろそろ飽きてきたところだけどね」
修理された鎧と、研ぎ直された二本の剣。
そして、真新しいメガネがカウンターに並べられる。
「メガネに関しては掛けてればそのうち合うはずだけど……アンタ、そういや裸眼だね? 大丈夫なの?」
「強引に魔力で視力上げる方法を覚えたんだ。あんまり長時間使うと頭痛くなる」
「なんだ。治ったからいらないって言われるもんかと思ったけど、心配なさそうだね」
「メガネないせいでパーティメンバーからも不満の声が出てるから……」
「……なんで?」
「なんでだろうね……」
“鬼畜メガネ”強火ファンのファーニィはともかくとして、アテナさんもことあるごとに「君はメガネがないと物足りん顔だな」的なことを言う。
まあそれだけメガネの印象が強いんだろうけど。
逆にリノとユーカさんは素顔の方がいいと言うけど、僕としては手癖の問題もあってやっぱりメガネは欲しい。頭痛からも解放されるし、バルバスさんの加工が入ればまた便利な機能も付けられるしね。
「ドラセナはメガネと裸眼、どっちがいい?」
「えぇー……アチキに聞く?」
ドラセナはなぜか顔を赤くする。
そしてしばらく悩んだ後に。
「ま、まぁ……メガネある方がいい……かな?」
「そっかぁ……」
「い、いや、素顔も嫌いってんじゃないけどね?」
どっちだよ。
……まあいいか。ドラセナに言われた通りにイメチェンしようと思ってるわけでもないし。
「それじゃ、メガネ……かけてみようか」
新しいメガネをかける。
……うん、目が回る。
そういえば目から魔力抜くの忘れてた。そりゃ健常者視力でメガネかけたらそうなるよね。
というわけでいったんメガネを外し、手を当てて魔力を抜いて、改めてかける。
……やっぱりよく見えない。
そういやジワジワと合うんだった。昔、祖父ちゃんのメガネを初めて掛けたときもこんな感じだった。
「……しばらく休ませてもらっていい? メガネが合うまで」
「難儀だねぇ」
小一時間ほど店の隅で座って休むことになった。
その間、ドワーフ爺さんたちがちょくちょく覗きに来てはドラセナに怒鳴られて追い返されていたようだった。よく見えないけど。




