無手の猛攻
何故、手を「強化」するのが難しいのか。
手が多機能であり、魔力を込めて「強くする」という「意味」が多方向に拡散し、制御しづらいからだ。
しかしそれは単純に魔力を込めるだけ、という仮定をした場合であり、腕輪などの比較的ありふれた魔導具を使えば解決する程度の問題でもある。
僕はもう、それをある程度自力で解決できる。
握力強化。
腕力増強。
武器を失った、逆に言えばロクに物を持っていない身軽な身体を、長老樹霊の樹皮を舞台に躍動させる。
とっかかりが無くたって大丈夫だ。手のひらを吸いつける程度はファーニィだってやっていた。
腕のように動く巨大な枝にも可動限界はある。付け根に近づけば大した打撃はできない。
そして安全を確保したら、次は攻め手。
「剣がないからって安心するなよ?」
そうだ。
今の僕は丸腰だ。
でも、だからどうした。
僕には虚魔導石に溜まった魔力が充分ある。
これでファーニィやリノみたいにファイヤーボールを放つのは、能率としてはちょっと非現実的ではあるけど。
「メタルアーム」で拳を固めて、木の幹を殴りつける……というのも、ちょっとスケールが小さすぎるな。
想定できる最大の攻撃効果でも、せいぜい数十センチ程度の粉砕痕なら作れるかな、というところだろう。
相手は30メートル級の巨木だ。何百発叩き込めば足りるのか。
何かもうひと味必要だ。
どうするか。
拳に炎を纏わせる?
いや、可燃物とはいえそんなに爆発的な効果はないだろう。
イメージだけで仮想剣を形成するか?
……駄目だ。魔力をどう動かせばいいのか皆目見当がつかない。
魔術は「意味」や「目的」が重要だ。剣という「意味」をゼロから生み出すのは、1から2に拡張するのとは難易度の桁が違う。
詠唱魔術にはそういうものもあるかもしれない。しかし無詠唱でやるのは、それこそクリス君のような超天才でなくては無理だろう。
じゃあどうするか。叩く、斬る以外のアプローチをするか。
それともいったん降りて刀を拾い直すか。
「……無茶苦茶をやるためにここに来たんだ」
僕は拳を握り、固めて、後ろ手に掲げる。
刀にこだわって普通の戦術をするのは、「つまらない」。
じゃあ、変なことをやってやろう、と腹の中からおかしな覚悟が湧いてくる。
剣はない。だが拳があるだろう。
拳の概念を「拡張」する。
メタルにする必要はない。概念拡張の段階で、もう直接ぶつけるものじゃなくなっている。
そして、巨大化した仮想の拳に、「バスターストライク」の打撃力と、炎の属性を付与。
やったことのない無茶で、急速に魔力が消費されていく。
大丈夫だ。後先なんか考えるな。
「味わえよっ! 思い付きたての大技だ!!」
枝の上で、僕は拳を振りかぶり、振り抜く。
その拳の外側から、巨人の炎拳が追いかけて、長老樹霊の幹に炸裂する。
「『ギガフレイム・アインバスター』!!」
ボォン、と重低音が鳴り響く。
かつてのユーカさんが使ったという「必殺ユーカバスター」は、普段使わない拳を使った奥の手だった。
だから本来は、リスペクト技である「アインバスター」も、拳で放つべきだろう。
と、適当に理屈をつけつつも、濃密な破壊魔力を乗せた炎の原始魔術は、絶大な威力を長老樹霊の横っ面に刻みつける。
ファイヤーボールに負けない。いや、直接的に「砕く」という効果が主であり、炎が従。
純粋なダメージならずっとこちらが上だろう。
2、3メートルにも及ぶ灼熱のクレーターが発生し、長老樹霊は大きく揺れる。
だが、倒れるわけではない。
まだまだトドメには遠い。
もう一発!
ボォン、と再び音が響く。
まだ耐えている。
こうなればもっと乱発……と拳を引いたところで、貯蓄魔力が虚魔導石からも枯渇しかかっているのがわかってきて、慌てて拳を解く。
もともと高燃費の“破天”の雑な応用に加え、術式が安定していないこともあり、消費魔力が思った以上に激しい。
撃ててもあと2、3発。デタラメな馬鹿食いだ。虚魔導石がなければ拳を形成しようとした時点で昏倒だろう。
これで攻め切るのは難しいか……?
いや。
「……魔力ならたっぷりあるじゃないか」
僕は揺れた拍子に膝をついた枝の内側、長老樹霊の中に流れる魔力を感じ取り、ニヤつく。
原則、まともに吸えるのは瘴気ぐらいで、相手の持つ魔力はアイテムを通じてしか吸えない……相手が魔力を吸い上げるタイプの魔導具を使っているなら、それを通じて吸い取るのが僕の「任意吸収」だが、魔力の扱いも上達した今なら、いける。
直接、相手から奪い取る。
長老樹霊は魔力豊富なモンスターだ。これを全部奪って使えるなら、僕にとっては実質無尽蔵。
やれるか。
やれる。
思い切り、呼吸のように吸い上げて……作ったばかりの必殺技に、即座に使う!!
「『ギガフレイム・ストーム』!!!」
拳を振るう。左手で吸い上げては右手でジャブを乱射する。
僕自身の動きはジャブでも、仮想巨拳は容赦なく幹に巨大燃焼破砕痕を刻みつけまくる。
樹液で消火どころの話じゃない。巨木がみるみる砕けていく。
幹の欠片は飛び散り、枝は燃えながら吹き飛ぶ。
やがて僕が立っていた枝より上は完全に砕けて消え、僕はその上から手刀を振り上げて、ひときわ大きな「概念拡張」で炎の手刀を作り、振り下ろす。
「『ギガフレイム・ザッパー』!!!!」
本物の落雷もかくやという轟音とともに、長老樹霊は二つに割れて、燃えながら倒れる。
……結果的に「アインバスター」を安売りしちゃったかな。
まあ別に安売りしたからって誰が買うわけでもないし、というかネーミングなんて自分の中だけの話なんでどうでもいいか。
と、一人で反省しつつ、「メタルマッスル」を使いながら枝から飛び降りる。
そこにユーカさんが、僕が射出してしまった刀を担ぎながらちょっと引いた顔で寄ってきた。
「探してきてくれたんだ」
「……なんでお前、刀手放してからの方がやべー戦い方すんの」
「色々試そうって言ったじゃないか……」
「やってる事が完全にモンスターみたいになってたぞ。なんだよあれ……もしお前が親玉だったら攻略法見えないぞ、そろそろ……」
「……魔力消費がかなりヤバいんで、こういう魔力豊富な敵から吸いまくりながらじゃないと今のはできないんだ」
「むしろなんでそんなギュンギュン吸ってんだよ。それがまずやべーよ」
「なんかコツがわかってきたから……」
振り向くと、ようやくファーニィたちのかかった長老樹霊が完全炎上し、苦悶しながら死を迎えようとしているところだった。
残り何本だろう。今日で片付くかな。




