長老樹霊
長老樹霊は少なくとも五体、多くて十体はいるだろうとのこと。
大部分は炎の魔術を使うファーニィやリノたちに任せるとしても、僕たちも一体か二体程度は倒しておくのが望ましい。
「できれば『バスタースラッシュ』で一撃で決めたいけど……」
「バカ。それじゃいつものゴリ押しだろ。なんのために軽めの仕事受けたんだよ」
「……それはそうだね」
僕がこの戦いでやるべきことは、「強いとわかっている戦術の再確認」ではない。
「使えるかもしれない手札の試し打ち」だ。
強力な飛び道具での封殺はもちろん安全で強いに決まっている。
しかし、それが使えない状況もあるだろう。得意技一本槍で行くつもりならば、こんな依頼をわざわざ受ける必要もない。
僕たちのすべきことは、「いつもの」じゃない戦い方。
ならば、あえて魔術戦……は、さすがに使い物にならなさ過ぎるので。
「それじゃあ……あえていきなり至近距離で戦ってみようかな」
「おー、いいねえ。アタシの弟子っぽいぜ」
「本当にガラじゃないんだけどね」
中距離じゃ捉えきれない、あるいは打ち消される……といった事情で、結局接近戦をせざるを得なかった戦いは幾度もあるけど、僕は基本は相手と軽く距離を取った状態で戦うか、あるいはヒット&アウェイで長く切り結ばない戦いの方が得意という意識はある。
相手の攻撃を冷静に読み、打ち払ったり潰したりということが自在にできる手練れならば、近距離戦は望むところではあるのだろう。
でも僕は戦闘中の予測や思考は、どうしてもクロードやアテナさんのようにはできない。ある程度以上のテンポで打ち合いをすると、どうしてもその差を痛感する。
彼らは、戦闘中の構え直しや残心の動作が完全に身に染みついているからこそ、そこに全く意識を割かないで目の前の相手を見ることができ、行動が起こる前から次撃を予想して反応できる。
僕は攻撃力だけは伸びに伸びているものの、戦闘中はあらゆる行動に必死だ。敵が動いてから動くし、「構え直さなきゃ」と思わなければそれが実行されない。
どうしても、そこは短期間では埋められない。だから苦手意識があるのだ。
だけど、そうとばかりも言っていられない。
何かしらの攻め口があるなら今のうちに試しておかないと、一度も手応えを得ないまま「本番」に臨むことになる。
みんなも戦いを成立させている。やれている。
なら僕が多少しくじっても、それで総崩れになることはない。
よし。
「……行く!!」
ファーニィたちが相手しているものとは別の、隠れる気のない巨木。
それに対して、僕は……ユーカさん式ステップで瞬間加速しつつ、「ゲイルディバイダー」を発動して飛ぶ。
刀は一本。だから黒赤二刀の時のようには空を舞えない。
……本当にそうか?
低空を飛びながら僕は閃きに従う。
剣の概念を、“破天”の要領で拡張。
一時的に、仮想的に魔力容量を増やし、推進力を上げる。
まだ上げられる。
「バスター」の魔力回転を剣に付与。
推進力が三倍に上がる。刀の推進が予想を大きく上回り、握力を振り切りそうになる。
「あぶっ……危なっ……!!」
必死で両手を重ねるように柄を握る。
やや仰角を大きくつけていたせいで、僕の体は長老樹霊の頂点を大きく見下ろす高さに舞い上がっていた。
僕を迎撃しようとしていたのだろうか。例の細めの丸太ほどもある触手は、まだ地面を這いながら、それでもけなげに空の僕に先端を向けている。
「空中戦には対応してないみたいだな……!」
口にしながら、まあ当たり前かと自分の発言に苦笑いする。
長老樹霊からすれば、木質の体に有効打を打つ空中生物など、そう見つからないに違いない。
啄木鳥くらいか? でもアレが開けるような些細な穴、火に反応して自在に樹液を集中するような芸当ができるなら意味ないだろう。
モンスターならワイバーンやグリフォンなど、充分なパワーのある奴もいるけど、それが長老樹霊を襲うシチュエーションって何だよ、と思うし。
樹霊は木を捕食する。食べるものが全然違う。
……まあ、要は空を飛び回る相手なんて想定外。
リノもリリエイラさんみたいに空を飛ぶ魔術使えばもっと安全なのかもな、と思いつつも、そんな魔導書、実家から持ち出してるかはわからない。
そんなことは後だ。
空中で魔力を変調させようと刀を握り直すも、かつての「邪神もどき1」との戦いで、無理やり魔力を逆回転させた結果、肉体が内側からズタズタになったことをチラリと思い出す。
刀は肉の身体よりは頑丈だろうけど、それでも無理はかかりそうだ。
繋ぎの武器とはいえ、いきなり破損するのはちょっと嫌だな。
……炎の超大剣「炎天」でも使おうかと思ったけど、その前に「バスターディバイダー」で一撃加えてからにしよう。
刀の強度を増す効果もあるし、さすがに長老樹霊もこれが刺さらないほどの硬さはないだろう。
「まずは……食らえっっ!!」
浮いた状態から再加速。斜め上から、長老樹霊の幹に突進。
再び刀に置き去りにされそうになりながら、僕は幹に衝突しそうな瞬間に手を放す。
このパワーでは、突き刺さる衝撃で腕の骨が持っていかれかねない。
と、思ったのだが。
刀はいともたやすく、直径だけで10メートル近くありそうな長老樹霊の幹を突き抜けていく。
「えっ……」
向こう側へのそこそこ大きい穴をブチ抜いて、刀は少し遠めの地面に鍔まで刺さった。
えっ。
えーっ……いや、ちょっ……それは……。
冷静に考えると“破天”で概念拡張した時に刀身の長さだけじゃなく厚さも増やしたことになってたんだろうな、とか、大雑把には「貫通」の超強化である「ゲイルディバイダー」を、さらに容量&回転による威力強化したんだからもうそれぐらいの効果になってしまったというのは別におかしい結果ではない、というのは理解できるのだけど、まあそんなことはともかくとして今僕は30メートル級のトレントの比較的上の方にいて推進力兼武器を景気良く手放しているわけで。
「嘘ぉぉぉ!?」
もちろん長老樹霊も穴が空いたくらいでは死なない。
幹にほとんどぶつかるようにして取りついた僕に、枝を叩きつけて潰そうとしてくる。
「くっ!!」
とっさに「メタルマッスル」で防御。
だが、長老樹霊は二度三度と打撃を連発してくる。
僕を木に打ち込むような激しい殴打だ。
あくまで「メタルマッスル」は緊急防御手段。あまり長時間は耐えられない。
それに幹にめり込まされたら、「メタルマッスル」を解いても動けなくなる。
すぐに対処しなくては。
どうする。武器はない。魔術は簡単なものだけだ。火を出したり水を出したり、光を放ったり……。
……いや。
今の僕には、もっと器用なこともできるんじゃないか?
「ふっ」
僕はあえて笑う。
もしも顔があったら必死な顔をしているであろう長老樹霊に、精神的に優位を取る……少なくとも取っていると自ら信じるために。
「そう嫌がるなよ。遊ぼうぜ」




