体制変更
王都への戻り道はいくぶんゆっくりと進む。
ゼメカイトの危機はあまりにも急な話だったので、ジェニファーにも随分無理をさせた。
彼が文句を言ったり走るのを嫌がったことはないけれど、だからといって無駄に負担をかけるのは良い事ではない。
なんだかんだで彼も替えの利かない立派な仲間だ。余裕を持てるところでは持つに越したことはない。
「今日は宿場に泊まろうか。……仕事があったら受けるのもいいかもね」
「こんなところに冒険者の酒場、あるかぁ?」
街と村の中間ぐらいの絶妙にきわどい規模の宿場で、ジェニファーを休ませて一日の移動を終えることにする。
メガネはなるべく早く手元に欲しいが、目への魔力注入という手段が生まれた結果、それは我慢できる範囲の不自由に格下げになった。
となれば、僕一人がちょっと不調な程度でみんなに開店休業を強いるのもいいことではない。
僕はみんなの活躍の場を根こそぎ奪う勢いで大暴れしまくってるけれど、それはパーティ行動としてはいびつ。本来は冒険者というのは経験の浅いものに合わせて依頼を選び、無理のない技能と経験の底上げを図っていくのが一般的だ。
パーティに入れ、肩を並べることを選んだ以上、「ついてこれなきゃ置いていく」とばかりに投げ出すのは身勝手というもの。
一日や二日で片付けられることを条件に、ファーニィやクロードの適正レベルを念頭にして冒険をするのは悪くない行動と言えた。
……が。
「しかしだな。我々は特に路銀に困っているわけでもないぞ」
アテナさんは困惑したように言う。
「今さら冒険依頼などと悠長な。旅を急ぐべきではないか。ユーカの実家との決着も近いはずだろう」
「……だからこそです」
癖でエアメガネ押しをしてしまいそうになりながら、僕はアテナさんを見返す。
「マードさんという最大の安全装置を、僕たちはもう伴っていないんですよ。いつの間にか、いるのが当たり前になっていました」
「む……」
「僕自身、新しい刀の使い心地を試しておきたい……というのもありますが。マードさんは、色々動けるファーニィこそが僕たちのパーティの治癒師として価値があると言っていました。その通り、ファーニィは色々やれる。だけど最近は魔術も弓もロクに出番のない相手ばかりで、逆にファーニィの判断力を鍛えられていない」
「このままの状態でレリクセン家とコトを構えると、あんまりにもぶっつけ本番になる……ってわけだ。パーティの体制が変わったら、大勝負になる前に軽い仕事で慣らしはしておきたい、ってのは道理だよな」
ユーカさんは僕の意図を読んで加勢してくれる。
実際のところ、今は急がなくていい。追い立てられる案件が久々に不在なのだ。
そして本来はゼメカイトと王都の間は、順調に歩いても2~3週間は見ないといけない道のり。
ジェニファーの足を頼ることで日程を大幅に短縮できるとはいえ、短縮しなくてはいけない理由が今はない。途中で数日を冒険に費やしても帳尻は合う。
マード翁の存在は、僕たちに過剰に安心感を与えていた。
そのせいで僕自身も他のパーティメンバーも、動きが雑になっていないだろうか。
ファーニィも治癒師という「万一の備え」の、さらに二番手という位置に長くあって、気楽な立場に慣れすぎていないだろうか。
そして、地味に成長著しいクロードやジェニファー、そして戦闘参加手段を手に入れたリノなどは、本来もっとそこで経験を積むのが望ましいのだ。
新しい環境で、自分にできることとできないことを改めて切り分け、手札を十分に確認しておかなければ、「本番」では立ち尽くしてしまう。
……いいパーティに成長しつつある仲間たちに対し、僕はそれをうまく認識できないくらい、ワンマンで冒険を進めてしまいがちだった。
ドーレス遺跡でメガネを失って、改めて仲間の連携を深く考えることになり、僕は「本番」に至る前にやるべきことを熟慮する時間を得た。
そこでの結論が「もっと仲間たちのための冒険を重ねるべき」だ。
今まではたまたま僕の攻撃能力が敵を封殺できているが、レリクセン家と対決することになれば、彼らはそんなものは折り込んだ上で手を打ってくるだろう。
仲間に頼るべき場面は必ず来る。
あのカイたちのように、密な信頼関係を築けているか。
正直、誰にどこまで任せられるかも、僕は把握しきれていない。
そしてその問題については、もちろんユーカさんも気づいていたのだ。
「パーティとしての自分たちの力を、僕たちはわかっていない。少なくとも僕は理解できていない。大抵の場面で、僕が全部やれば早い、なんて思っているのが本音です。でも逆に言えば、僕たちのことをおそらく熟知しているトーマ・レリクセンやディックからしたら、こんなにラクな話はない。僕のそんな驕りの裏を絶対にかいてくる」
あけすけに言う。
それを聞いて、クロードもファーニィも心当たりがある顔をする。アテナさんの顔色はわからないけど。
きっと、同じように「まずは僕に任せておけばいい」という思考がどこかにあったのだろう。そういう戦い方ばっかりしてたんだから当たり前だ。
でも、それを封じられてなお戸惑わずに動けるパーティにならないと、これからは危険だ。
「お前らだってアインの『オマケ』で人生終わるつもりはねえんだろ? いつかは自分が主役をやる……やらざるを得ないのが冒険者ってモンだ。頼れる仲間はいつまでも健在とは限らねー」
ユーカさんの言葉には、苦い響きが込められている。
「……わかった。依頼を探そうか」
アテナさんが重々しく頷き、僕たちはあるかどうかも怪しい「冒険者の酒場」を探すことになり。
「そのライオンと鎧武者の組み合わせ……アンタらがあの“屠龍の鬼畜メガネ”だろ。そのメガネ本人が不在みたいだが……」
「……僕です。メガネはこの前割れました」
もう「あの」って扱いになってるんだな……鬼畜メガネ部分に関しては完全に定着しちゃったな……と苦い顔になってしまうが、酒場の主人は僕らに話を切り出した。
「妙なモンスターの捕獲依頼があるんだが、どうだい?」
「妙な……?」
「しばらく前に一回だけ、出現情報がある。犠牲者も目撃者も多いが、それっきり……馬鹿強いモンスターがこの辺にいるんだ。生死は問わねえ」
酒場の店主は気を持たせて。
「山賊との戦闘中に、いきなり乱入してきたモンスターでな。上半身にいくつもの目がついてる半獣半人のモンスターで、なんでもやたら濃い瘴気を漂わせていたらしい。聞いたら気が狂うような絶叫を上げながらその場にいた人間をいきなり何十人もバラバラにして……」
「あ、それはパスで」
なんか心当たりがあったので真顔で拒否した。
「高額依頼なんだけどなぁ」
「気が狂うのは嫌なんで。あとそういうサプライズ系ホラー嫌いなんで」
「アンタらの噂も大概なんだがな……」
「とにかく他ので」
酒場の主人は微妙にいい線をついていたので、僕は内心冷や汗ダラダラだった。
……多分本当にそれ僕です。




