出発と小さな再会
商工会議所に集まった冒険者たちに見送られ、僕たちはゼメカイトを旅立った。
すっかり舎弟のような振る舞いになってしまったロックナートたちに手を振り返し、目から魔力を抜く。
常人レベルの視力を付与するのにも慣れてきたが、長時間やるとやっぱり頭が痛い。見えなくなるのは不便だけど、こまめに魔力は抜いて休まないと。
幸い歩く必要はない。巨大結晶を魔術学院に預けて身軽になった「空飛ぶ絨毯」は、マード翁がいなくなって空いた分もあり、僕が寝転がってもまだスペースがある。
ジェニファーにはまた頑張ってもらわなきゃいけないけど、マード翁が治癒術を万全に施した上にゼメカイトで丸二日ほどは休ませたので大丈夫だろう。
僕も消耗した魔力をリノとリリエイラさんに充分にチャージしてもらった。正直リノに申し訳ないほど消費していたのでリリエイラさんに手を貸してもらって助かった。
『こんなに身体に虚魔導石埋めるとか、名実ともにガラス細工みたいな生き方してるわよね……』
と、感心したような呆れたような顔をしていたのが印象的だった。
「メタルマッスル」のおかげで今まで破損はあまりしていないものの、割れたらもちろんダイレクトに内臓を突き刺す異物になるし、魔力を集中的に留め置く石が体表にいくつもあることは、身体能力にも悪影響があるかもしれない。
本来魔力は体内で血液のように移動し、循環する。元々それを前提に肉体ができているのだから、固化した魔力がこびりつくのは当然あまりいいことではないはずだ。
虚魔導石での魔力容量拡張はあくまで間に合わせの対策。
魔力を吸収する要領もわかってきたことだし、徐々に余計な虚魔導石を外していく方にシフトした方がいいかもしれない。
街を離れていくらもいかないうちに、僕たちとは逆にゼメカイトに急ぐ若い二人を見かける。
まだ元凶となる遺跡を停止させたことが知れ渡るには早いし、ゼメカイトはまだライトゴーレムの駆除が完全には済んでおらず、安全とはいえない。
「今からゼメカイトへ?」
心配なので、つい声をかけてしまった。
相手の二人は僕たちの……というか、主にジェニファーとアテナさん(鎧兜完備)のいかめしさに驚いたようだったが、一拍置いて。
「……アイン! あなた、アインじゃない!? あのメガネの!」
「……確かに僕はアイン・ランダーズだけど」
メガネがないので僕だと思われなかったらしい。
まあ一番の特徴はメガネだというのは自分でも否定できないから仕方ないか。
相手の顔を見ようと目に魔力を込める。
「……誰?」
「あ、あー……そっか、あんまり親しくなかったからね……」
あまり見覚えのない女だった。もう一人の男にも全然ピンとこない。
いでたちからすると冒険者……いや、それっぽいのは女の方だけで、男は武装らしい武装はしてないな。
もしかしたら職業冒険者でもなく、危険だから武器を持っているだけの一般人かもしれない。
でも僕を知ってるってことは、まず冒険者だと思うんだけど……。
「今はまだゼメカイトに行くのは危ないよ。ライトゴーレムは街の中心部からはだいたいいなくなったけど、辺縁部にはまだ残ってると思うし、もう少し間を置いてから入った方がいい。腕のいい冒険者が集まったから、何日かすれば安全になるよ」
一応忠告する。
それに対し、女の方は勢い込んで。
「私も戦いに来たのよ! 何もできなくて一度は離れたけど、フィルニアで大枚はたいて魔導弓手に入れたから! これなら硬い相手でも刺さるから、あいつらの役に立てるはず!」
「弓で戦うの? まあ直接切り結ぶよりはいいかもしれないけど……無理しない方がいいと思うなあ。そっちの彼も前衛には見えないし」
弓手向けに、魔力を込めて攻撃力を高める魔導具「魔導弓」もマイナーながら存在する。
ただ、弓そのものに魔力を込めて多少反発力を上げても、あまり劇的には戦闘力は向上しない。
どちらかというと直接意味があるのは矢の方で、こっちに魔導技術を導入すると攻撃力は上がるが、当然一発ごとのコストがとんでもない。
アーバインさんはそのどちらでもなく、ただ技術のみで威力も精度も神業の一射を放つことができたので伝説なのだけど、まあそれはそれとして。
このカップルの男の方は鎧や盾を持つわけでもなく、肉体も決してモリモリではない。いや、僕が人のこと言えるかというとちょっと困るところではあるけど。
立ち居振る舞いも顔つきも、全く戦士としての圧がない。おそらく本当に普通の青年だろう。
この二人でライトゴーレムに立ち向かうとなると……可哀想なことになりそうだけど。
「お、俺は戦うのは無理です。お察しの通りで」
男の方はそう言ってパタパタ手を振る。
「ただ、エミリーは昔の仲間たちが頑張ってるはずだ、って……」
「カイとかザックスを見なかった? あれで流れの読める奴らだし、絶対今も生きてると思うの」
「…………あー」
そっか。
そっかそっか。
思い出した。この女は……あのカイたちの仲間で、結婚したっていう、あの弓手か。
「元気だったよ。正確にはザックスはだいぶ大ケガしてたけど、マードさんが治したし、他の連中も生きてさえいればマードさんが完全に元気にできる」
「マードさんってあのマードさん!? 戻ってきたの!?」
「ああ。それに王都直衛騎士団の元団長とか、“北の英雄”のパーティもゼメカイトに入った。もう大量発生も元を叩いたんで止まった。今は変に戦おうとするより、もう災害が終わるって触れ回る方がいいんじゃないかな」
「そんなに……そんなに情勢が良くなってるの……!?」
「今、一番怖いのは、最後の油断で死人が出ることだよ。よくあるだろ、そういうの。だから変に焦って飛び込まない方がいい。状況が読めてない乱入者が一番危ないって、冒険者やってたらわかるだろ」
「それは……うぅ、でもせっかく買ったのに」
「はは。使わずに済むならそれが一番だよ。……カイたちは君の背後を守ることを支えにして頑張ってた。ここで君が危ない目に遭ったら、それこそ立ち直れなくなる」
僕の言葉に目を見開くエミリー。
「……それ、本当?」
「うん」
「……ったく! そういう……そういうの重いからやめてって言ったのに!」
「でも、君は結局、また仲間を助けに戻ってきた。……いいパーティだね、君ら」
あのカイという男は、そういうカリスマがあるんだろう。
まだまだ実力を上げる必要はあるのだろうけど、仲間たちを信頼させ、「彼になら命を預けられる、彼の言葉になら従える」と思わせるリーダーの資質。
それはユーカさんが文句なく持っていたものでもあり……きっとまだ僕には、いくぶん足りないもの。
「仲間を信じてあげるといい。きっとそれがハッピーエンドへの道だ」
「……そうね」
僕の分かった風な言葉に、素直にうなずくエミリー。
旦那さんが小さく僕に感謝するジェスチャーを見せる。きっと「助けに行く」と言って聞かなかったんだろうな。
そしてジェニファーは再び進み始め、ユーカさんは僕の肩に肘をかけてニヤついた声をかけてくる。
「……なかなか貫録あんなぁオイ」
「茶化さないでよ」
「いやー、いい傾向だ。オメーは普段からもっと偉そうにしていいと思うぜ。デカいことやる奴が卑屈だと話がまとまんねーからな」
「偉そうだったかな……」
「気にすんな気にすんな! 誰も文句は言わねーさ!」
ジェニファーはスピードを上げて走り始める。
王都まではまだ遠い。
トラブルがないといいな、と、ロゼッタ商店で手に入れた刀を鞘ごと握りつつ。
青空の下、荒野の風を今は楽しむ。




