ゼメカイトを離れる前に
「アインたちがいてくれたら、街もあっという間に元通りになるんだけどな」
「そうはならねえよ。冒険者はあくまで冒険者だ。モンスター退治はできても家は直せねえよ」
「そういう話じゃないだろ」
カイとザックスが軽く肘をぶつけ合う。
ゼメカイトの街の居残り冒険者たちは元気を取り戻していた。
なんといってもマード翁が街に残ることになったのが大きい。彼の存在は並みの治癒師が100人いるより頼もしいはずだ。
それに加えてロックナートたちの合流、そして動向不明だったリリエイラさんと魔術学院も本格的に冒険者たちへの協力を表明した。
災害の終わりは近い。
僕たちもさらに協力すれば、遺跡暴走に起因する異常の完全排除もそう遠くはないだろう。
でもザックスの言う通り、あくまで僕らは戦うだけ。
街を蘇らせられるのは、力のある冒険者なんかじゃなく、そこで当たり前に暮らす人々だ。
半ば廃墟となったゼメカイトに笑顔が戻り、前のように経済が回り始めるのは、どうしたってすぐというわけにはいかないだろう。
「まあ、まだ戻ってくるつもりのある人たちはいる。希望はあるよ」
僕は行き道で見た「未練が捨てられない」おじさんたちがいた峠道を見やる。
こちらから見ても避難民のキャンプは見える。ゼメカイトに戻れるとわかれば、彼らは勇んで帰ってくるだろう。
「だいたい、リリーとマードがいてロナルドの奴までいるなら、もう調子こかない限り死人出すほど大負けする心配はないだろ。アタシらがいても掃除が2、3日早まるだけだ。ロックナート軍団もいるしな」
「それはありがたいんだけどな」
「むしろ、もうあんなの敵にもならねーアインに全部総取りさせたらもったいねー。マードの野郎に治癒は任せて、お前らこそガンガン経験積めよ。アレを楽に倒せるようになったら、デルトールあたりのダンジョンならバンバン稼げるぜ」
ユーカさんがカイたちに発破をかける。
「そういう欲目はないんだけどなあ……」
「いや、カイ、俺たちも少しガツガツ行くべきだと思うぜ。死んだナイゼルの件を気にして少しヌルくやってたせいで、俺たちは伸び悩んでたのかもしれねぇ。慎重過ぎて、随行の治癒師なしでも簡単に倒せる相手としか戦ってなかったせいで、こんなに後れを取っちまった。アインはこの通りで、マキシムたちもデルトールに行ったってのに」
「出世競争じゃないんだぜ、ザックス」
「そんな俺たちだって『冒険』できるチャンスをせっかくユーカさんがくれてるんだ。アインみたいになるのは無理でも、あのロナルドの旦那に近づくってのは無謀な目標じゃないだろ」
「うーん……そうかなあ」
カイは苦笑している。彼もわりと勘がいいので、ロナルドが苦もなくやっている戦いが、実際は途方もない修練によって生まれた余裕あってこそのものだというのが、なんとなくわかっているのだろう。
あの積み重ねには僕だって未だに正面からは全く勝負になる気がしない。
が、レベルアップの糸口としては彼の戦闘術を参考にするのは大いにアリだろう。
「いっそパーティに誘ってもいいかもね」
「ええー……あんな凄い人が未だに壁貼り卒業できない俺たちと組んでくれるかな」
「彼だってこの前冒険者になったばかりだし」
「……それもそうか」
「多分あの合成魔獣の子供褒めまくって優しくしてればきっとオチるぞ」
「そんな簡単にいくかな」
カイは半信半疑という感じだけど、多分あの様子だとすぐうまくいくと思う。
その当のロナルドは、まさに僕たちが出発する直前になって残敵狩りから戻ってきた。
「もう行くのか」
「メガネも鎧もないまま、経済が機能してないここの街には居座れないからね」
ライトゴーレムやサーペント程度の敵なら剣一本があれば充分戦えるとはいえ、万全でない状態には違いない。
衣食に問題ないくらい商人の数が揃い、さらにメガネや武器防具までオーダーメイドできるようになるのは、いつになるやら。
それを渇望しながらここで待つよりは、王都に戻るのが絶対に早い。
……というのが一応の名目。
誰にも彼にもレリクセン家のことを触れ回るわけにはいかないからね。ほぼほぼ黒だと思うけど、まだ僕らを付け狙う本当の目的は見えないし。
王都への急ぎの転進は、レリクセン家との接触……あるいは強襲が目的だ。
先延ばしにし続けていた、僕たちを陥れる根本原因の排除。
もしかしたら大っぴらには言えない結果になるかもしれない。だけど、このままのんびり冒険稼業というわけにはいかない。
僕自身やユーカさんのためにも、仲間たちのためにも。
決着はつける。
「その前にだ」
決意を新たにする僕に、ロナルドはグッと顔を寄せてくる。
「ミルラにもう一度会って行ってくれないか。少しでもあの子の気持ちを理解したい」
「…………」
僕の近眼でも裸眼でしっかり見える距離まで寄ったコワモテ。
その顔から繰り出される、まるで思春期の娘に悩むパパのような言葉。
……プルプルと震えてしまうのは許してほしい。だってあのロナルドだぞ。山賊率いて邪悪の帝王みたいに闇から現れたあのロナルドだぞ。
「わ、わかった。……前も言ったけど僕は別にどうぶつ語博士じゃないから、なんにもわからないかもしれないけど」
「わかっている。……そう震えるな。今更貴様に暴力を振るうつもりはない」
そういう震えじゃないです。
と口に出してしまうと決壊してしまいそうなので、とりあえず首を縦に振るに留める。
前足が二本多い六脚白熊のミルラ君。
「今さらだけど、熊ベースなのはわかるけど何と合成したのこれ」
リノの問いに、ロナルドはわりと素直に答える。
「虎だそうだ。ライオンとゴリラもそうだが、比較的情緒が安定しやすいのはこういった生態系における高さが似通ったものらしい」
「まあ、そういうところはあるかもね。捕食者と被捕食者の両方の本能を持つと大変そうだし」
なるほど。つまり増えた前足は虎ということか。色が虎じゃないからパッと見ではわからないけど。
そのミルラ君、つぶらな瞳で僕を見上げてくる。
ここ数日の間にもちょっと大きくなった感じはする。でかい動物の幼獣期って本当にちょっと目を離すとすぐ見違えるくらい大きくなるんだよな……。
さて。
……じっと見つめあってるだけだと、まあ可愛いけど不毛だな。
何かアプローチしないと。
「お手」
とりあえず手を出してみる。
「ちょっ、リーダー!?」
驚愕するリノ。
なんでだろう。
そしてミルラ君は「何?」って顔で僕と手を見比べる。
「あ、あのさあリーダー? 犬じゃないんだからそういうの危ないって」
「え、そう?」
「クマとかトラの爪って犬と違って引き裂く爪だからね? いくら子供とはいえ……っていうか力加減わかってないから子供の方が危ないと思うけど」
「そもそもミルラにそんな卑俗な芸は教えていない」
ロナルドがちょっと不機嫌になる。
が、ミルラ君、じっと考えるように目を俯けて。
「ぉて?」
……うわっ、喋った……?
いや、そう聞こえただけか?
でも生後二、三ヶ月で?
い、いやいや。
喋れるくらい知能高くしてくれというオーダーで造られたんだし、それぐらいは有り得るのか?
まあジェニファーも9歳だしな。9歳なんて人間基準ならまだまだちびっこなのにあの落ち着きようだ。人間と同じに考えてはいけないか。
よ、よし。
あたまいいという前提で。
「お手。と言われたら、こうして……前足いっこ乗せる」
ミルラ君の四本の前足の一つを左手で掴み、僕の右手に乗せるように動かす。
ミルラ君、ふむ、と納得したような顔つき。
「お手」
「ぉて」
僕が再び同じように手を出すと、復唱しながら同じようにやってくれた。
「よしよしよし」
「♥」
めちゃめちゃ撫でてやると嬉しそうに胸を張る。可愛い。
「…………」
あ、ロナルドが苦悩してる。
卑俗な芸って言っちゃった手前、自分でやるわけにいかないからか。
でもミルラ君、頭いい事が認められて嬉しそう。
そんなロナルドに、ミルラ君、太い立派な多脚でどてどてと寄っていき。
「……ぉて」
僕に教わったばかりの芸をロナルドにも要求する。
……いや、ペット側から要求するってなんだよと思うけど。
苦悩しながらもロナルド、そっと手を出す。
しかしミルラ君、ちょっと怒ったように「ぉて」とまた言う。
……ああ。
「ロナルド側も言ってあげないと。そういう遊びだと思ってるから」
「……お、お手」
「ぉて!」
今度こそ、ポン、とミルラ君がロナルドの手に前足を乗せて得意顔。
「ぬ、ぬおお……くぅっ!」
何らかの葛藤後、崩れ落ちるように膝をついたロナルドがミルラ君を抱きしめて「よしよし」してやる。
あー……そういや翻訳しろって依頼だったな。
でも翻訳すべき何かはないよな、ここに。
「……というわけで、なんというか……ミルラ君は頭いいから僕が翻訳するまでもないと思う」
「……ぐぬ……ううっ。……わ、わかった……!!」
喜んでいるのか怒っているのか苦しんでいるのか、よく分からない顔と声で言うロナルド。
……大変だな。
ちなみに、その後ジェニファーも「お手」できますよ、とばかりに僕にちょいちょいと前足上げてアピールしてきたので、仕方なく付き合って何度か「お手」をさせてあげた。
でも君はそんなのやらなくても超頭いいってわかってるからね。魔導書まで使えるのに「お手」ができないなんて思ってないからね。




