三叉多頭龍
三つ首の巨獣が放つ魔術攻撃は、ある程度予想はできていた。
こうまで気を持たせて登場した以上、ただの多頭龍ではないだろう、ということ。
サーペント亜種の方向性として、一度あの雷撃サーペントで見ていたこと。
何より、遺跡の様子を見るために眼球に込めた魔力が、三つ首の眉間にウゾウゾと集まるエネルギーを視認させていたこと。
……だが、実際には僕に打てる手は限られていた。
手にあるのは緊急用のナイフ。
ちゃんとした剣を他のメンバーやロックナートパーティの誰かから借りられれば良かったのだが、そういう話をする暇がなかった。
攻撃が飛んでくる瞬間にそれを言っても仕方がないので、ナイフでできることをするしかない。
バスタースラッシュ・ヘイズ。焦点を絞らず斬撃を太く鈍くしたバスタースラッシュを、間に合う限りに振る。
果たして、三発振ったところで三つ首の魔術が飛んできた。
雷撃、炎、風。
僕の「ヘイズ」で遮蔽できればよかったけれど、「バスタースラッシュ」は純粋な魔力量はさして大きくない。魔力容量の限られるナイフ撃ちなので、なおさらだ。
同じ魔力量で破壊力が高く、即応性が高いのが「バスター」の利点だが、魔術と打ち合うとなるとその投入魔力の低さが足かせになる。
大魔力のゴリ押しを打ち消しきれない。濃密な魔力であっという間に相殺され、押し切られる。
相手は投入できる魔力をそのまま垂れ流しだ。量で勝てない。
しかし到達速度順で、最初の雷撃はほぼ打ち消しきれた。
残るは炎と風。
……両者の相性がいいのが困りもので、「ヘイズ」での盾効果を風で乗り切り、炎熱がそのまま僕たちに襲い掛かる。
あとはジェニファーのかけた魔術耐性を信じるしかない。
「くっ……!!」
顔を腕で覆う。普通に受けたら丸焦げ確定の炎熱だ。顔だけ守ったって仕方なくはあるのだけど。
ジェニファーの術はどこまで僕らを守れるか……。
炎が吹き抜けた。
少なくともそれを知覚できるという事は、死んでいないし皮膚が手遅れになってもいない。感温機能が生きている。
腕を開く。
後ろを見るほど余裕はない。そんな時間があれば突き進んで反撃しろ、と心の中でユーカさんが叱咤する。
反射的に前髪を払ったが、多少毛先が焦げた感触がある程度で済んでいる。
これならみんなも死んでは居まい。少々の火傷ならマード翁とファーニィに任せればいい。
僕は走り出す。
焼け焦げた衣服とナイフ一本。目の前には超巨大多頭龍。
頭から推測するスケール感は30メートルクラスの通常型の4~5倍……全長だけならポチに匹敵するだろうな。
それにナイフ一本で突撃する僕の姿は、はっきり言って錯乱状態みたいに見えるだろう。
だけど。
「僕らを一撃で仕留められなかった……ただそれだけが、敗因だ!」
剣を使った「ゲイルディバイダー」の推進力の代わりに、ユーカさんのステップを応用して加速する。
足の筋肉を意識の中で数分割し、魔力を込める順番を制御することで単純な魔力強化を大きく上回る瞬間出力を得る。それがこの技術の要諦。
そして得た脚力を充分に機動力に還元するには、身体が勢いに泳がないよう、這うように低く保つ低姿勢が重要だ。
まさにユーカさんが初期から教えてくれていたこと。低い構えは基礎中の基礎。
基礎は極意に通じる、ということだ。
このダッシュで、一気に百メートル近い間合いを詰め切る……!
「アイン君、中央は任せる!」
「左右はアタシらだ!」
背後からアテナさんとユーカさんの声が追いついてくる。
ああ、頼もしい。
そうだ。僕は一人じゃない。
彼女たちほど頼れる追撃要員もそうそうない。
攻防走、あらゆる基礎能力が高水準のアテナさんと、文字通りドラゴンすら下すユーカさん。
クロードの「嵐牙」は防御に最適だ。後衛を守り、次撃に備えているのだろう。
ああ。
組もうと思って作ったパーティではないけれど、なんて見事な分担。
リリエイラさんが「あのパーティでこそ最強」と自分のパーティを称賛した気持ちが、きっと今みたいな感覚を味わったから、なのだろう。
互いの力が存分に発揮され、強敵のはずの相手を瞬く間にねじ伏せる。
勝てる。
勝てないはずがない。
跳ぶ。遥か高みにある蛇の頭に、襲い掛かる。
額の結晶が光を放とうとする。
いや、魔力が充分に巡っていない。大入道、総身に魔力回りかね、といった感じだ。
そんな調子で、僕に敵うと思うなよ。
「高価そうじゃないか。よこせよ」
メガネを押そうとしてしまいそうになりながら、僕は噛み付こうと迫ってくる蛇の顎の中に、ナイフで発動した「ゲイルディバイダー」を利用してあえて飛び込み……喉の中で「バスターストライク」一回転。
武器の魔力容量が低くても「パワーストライク」は充分な殺傷力を持つ。
バスター化することでそれは数倍に跳ね上がり、至近距離では貫けぬもののない剛刃と化す。
喉の内側なんて最高の打点じゃないか。
瞬時に、多頭龍のでかい首は飛んだ。
左右ではユーカさんが「オーバースラッシュ」で蛇の口をパックリと喉より奥まで切り開き、アテナさんが根元から“破天”の斬撃で斬首している。
その三つのうちのどれが「本物」の首だったのか。
どれだとしてもさほど変わりはないか。
巨体から力が抜け、遺跡都市を揺るがす轟音が響く。
「マジ……かよ……あのガキども……」
「あんなナイフで怪獣みたいな多頭龍の首をすっ飛ばしやがった……」
ロックナートパーティも全員無事のようだ。
もちろんファーニィやリノたちも健在。空飛ぶ絨毯は……ちょっと焦げちゃったか。
「いいお土産になりそうだ」
「お前、こんなヤツの首持って帰る気かよ……」
「いや頭の結晶ね。絶対すごい価値あるって」
「結晶だけでもバカみてーな大きさだぞ? 持ってけるかこれ?」
ユーカさんが事切れた多頭龍の属性結晶を蹴飛ばす。
……ちょっとした成人男性くらいの大きさあるね。
ロックナートたちも手伝わせて切り出し、絨毯に載せることには成功。
彼らはその作業が終わるころには僕たちに敬語になっていた。




