メガネを失った鬼畜メガネ
彼らの気配が消えてしばらくしてから、僕はみんなに助けを求める。
というか、本当に現状がわからないので、まずは一番頑丈そうな人から呼んでみる。
「アテナさーん! アテナさーん、無事ですかー!!」
「アイン君!」
よかった。無事のようだ。
「みんな大丈夫ですかー!」
「リノ君が衝撃で気絶しているだけだ! 君こそ何故動かない! 足でもケガをしたか!」
「……メガネがどっかいきました」
「……なるほど」
「ファーニィちゃん、探してやれ」
「多分粉々のパターンじゃないですかねぇ……」
みんなと思われる塊がモゾモゾと動くのが視界の隅に映る。
ぼんやりした視界の中ではそう表現するしかない。眼鏡を奪われたド近眼というのはそういうものだ。
しばらくしてユーカさんに手を引っ張られ、ようやくみんなと合流する。
そしてどうやら、みんなも思わぬ爆風で吹っ飛んだり転がったりとかなり混乱したようで、トーマとディックの来訪は見えていなかったらしい。
「は? なんでお前、それが兄貴だと分かったんだ?」
「王都で一瞬だけ会ってて……」
「なんでそれ言わねーんだよ!? 絶対何か企んでる奴じゃん!」
「ほ、ホントによくわからなかったんだ。大したこと聞かれなかったし……」
「言っておくが兄貴は敵だぞ。ガキの頃に飛び出したっきり、ずっと会ってねえんだ。少なくとも肉親の情なんてこっちは持ってねぇ」
「…………」
ユーカさんは断言する。
が、一応「妹」を持っていた身としては、そこまで割り切った冷たい関係であるとは信じられなくもあり、信じたくなくもあり。
……けれど、その妹に「禁呪」とすら名のつく呪いを与え、英雄という「化け物」としての人生を送らせていたのも事実で。
『ディックさんも一緒にいたのね? ……そのディックさんが遺跡を操作し、暴走を引き起こしたことを考えれば……』
「今回の暴走自体がユーカないしアイン君を試すためのイベント……なんじゃろうのう」
「アタシが思うに、ロックナートたちは生贄だな。暴走が原因不明じゃ後々レリクセンが疑われるから、やらかす役として遺跡に同行させる必要があったんだ」
リリエイラさんとマード翁、そしてユーカさん。
旧パーティの三人が断定する。
……遺跡が暴走することについてアリバイ必要とするほど、レリクセンってその筋では有名……ということなのかな。
まあ、そういうことなんだろう。古い家だ。それなりに研究対象も知れ渡っているのだろうし。
「だとしたら、今頃彼らは危険なのではないか」
アテナさんが言う。
みんなでなんとなく彼らを残してきた建物を見やる。
「さすがにディック一人でヤツらを始末できるかな……そもそもできるんなら暴走当時に全員殺っちまえばよかったんじゃねーかと思うんだが」
「じゃが、あの二代目邪神もどきもおそらくレリクセンの仕業じゃろ。じゃったら……」
『……手遅れかもね』
未だに気絶しているリノに関しては、絨毯の上でファーニィに介抱を任せつつ、急いで僕たちはロックナートのところに走る。
戻ってみて確認したところ、彼らはきょとんとした顔をして無事だった。
「お、おぉ……なんかすごい音がしたが、何をしたんだ?」
「……よかった」
「良かったって何がだ」
一流パーティとはいえ、今の彼らは武装もボロボロでまともな戦闘力はない。
怪我だけはマード翁とファーニィが治しているが、使える武器を持っている者が半数、鎧に至ってはほとんどがゴミ同然という状態では「邪神もどき2」相手にいくらももつとは思えなかった。
「順番を間違った……ということでしょうね」
クロードが推理する。
「きっとロックナートさんたちはいつでも始末できると踏み、アインさんとの再対決を優先したんです。分が悪いにしろ、退く隙もなく瞬殺されるというのは彼らの計算になかったんでしょう」
「……まあ、優先順位は低いか」
ユーカさんも唸りつつ同意する。
そして当のロックナートたちは不服そうな顔。
「な、何だ。俺たちがナメられてるような流れだな」
「……高難度ダンジョンの親玉クラスの奴が今しがた、あっちに出ていたんです。今の状態で戦えますか」
「何言いやがる小僧。俺たちは腐っても“北の英雄”だ。親玉だからって……」
クロードに空威張りしようとしたロックナートだが、マード翁が追撃。
「多頭龍程度の話じゃねーぞ。あれはちょっとしたドラゴン相手ならノリでこなせる“邪神殺し”の奴らでさえ決死の戦いになった奴じゃ。実際アーバインとクリス坊やは殺られとる」
「……なっ……」
「まあ、今のアイン君にとっちゃ瞬殺だったが」
「さっきのデカい音はその戦いか……!?」
慄くヒゲのおっさんズ。
……マード翁はしばらく間をおいて。
「……デカい音はアイン君が頑張って建物一個崩壊させたときの音じゃが」
「崩壊!? 遺跡の建物をか!?」
「できるもんなのかよそれ」
それはそれで混乱している。
……この人らを驚かせて遊ぶのも面白くないわけじゃないけどキリがない。
とにかく無事なら撤収にかかろう。
僕はメガネがないのでロクに歩けない。ファーニィによる捜索がひとしきり行われたが結局見つからなかった。
「ブラックザッパー」も奪われてしまい、絨毯の上に座っているしかない。
「これで制御室を吹っ飛ばした影響で異常生産が加速したら詰むな……」
さすがに数メートル先も見えない状態で、しかも「ブラックザッパー」なしで津波のようなモンスターが来られたら、僕にできることはない。
姿勢としてはただ空飛ぶ絨毯の上にあぐらかいてるだけなんだけど、正直不安で仕方ない。
……さっき目を覚ましたリノが隣に座って、僕をじーっと見ている。
「リーダーってさ。メガネないと普通に優男だよね」
「……反応に困ること言うなぁ」
メガネあると違うんだろうか。
「メガネなしならファーニィと並んでも違和感ないのに」
「甘い!! わかってないよリノちゃん!!」
「わっ」
いきなり視界外からファーニィの怒声が飛んできた。
「私はメガネありのアイン様こそ完璧だと思う!!」
「え、えー……そう?」
「リノちゃんはわかってない! こう、強さとは無縁そうなアイン様がスッ……と笑みを消してメガネをクッと押すそのクールでスマートなアブナさ! そこがこのハードな世の中生きてる私ら冒険系女子としてはクリティカルポイントだと思うんだよね! メリハリのあるヤバみ! 今どき乱暴で狂暴なだけのオイリー系パワー男子やイキリチンピラはゴロゴロいるけどアイン様のこの伊達じゃない感じはレアリティ高いキュンだと思うわけよわかって!?」
「めちゃくちゃ語る……」
「スタイル! アイン様のスタイルなわけよメガネって! 安易に廃止するのには断固反対! というか私とバランスとってどうすんのアイン様のコレは単独で絵になるでしょ!?」
「いつのまにか限界ファンになってる……こわ……」
リノがドン引きしている。
いや僕もドン引きだよファーニィ。
「だんだん舐めるとか何とかのアピール頻度が減ってるなーとは思ってたけど方向性が明後日の方に向かってた……」
「いえ別にアイン様が何か舐めろと仰るならいつでも何でもいきますけどね!? 最近舐めさせようとしないし!」
「最近じゃないなら舐めさせてたみたいな言い方やめよう? 履歴一回もないからね?」
「いえ今はメガネの話ですよ! メガネは安易に捨てちゃ駄目ですよ! もはや!」
「捨てたつもりはないんだけどなあ」
なんて不毛な会話だ。
……と、そこでリノがぼそりと一言。
「……でもリーダー、見えないなら目に魔力込めたりとかしないの?」
……目に。
えっ。
それアリだっけ?
手や足は魔力込めることによって「どういう意味で強くするか」の方向性が意外と多いので効率がひどく悪い。
けど、目は?
……あれ? そんなに方向性多くないし……あれ?
いける?
試しに掌を両目に当てて、魔力を込めてみる。
「……見える」
解決しました。




