化け物同士
夕刻の遺跡。
直線で構成された無機質な街の中、夕日を背負うように、あの化け物がいる。
僕は片手に「ブラックザッパー」を握り、もう片方の手でメガネを押して動揺を押し隠した。
「随分唐突じゃないか。狙い澄ましたようだ」
「狙い澄ましたのだ」
全員が構える。
あの時と違ってロナルドもフルプレさんもいない。相手は無傷。
本能がガンガンと早鐘のように危険を知らせてくる。
冗談じゃない。あまりにも準備がなさすぎる。
ここで?
今?
僕もみんなも、こんな奴と戦る準備はしてきていない。
特に僕は鎧もない平服だ。一撃で死ぬ可能性が高い。
いくらなんでもこんな……。
「以前の我が唐突でなかったのだとしたら、よほど小間使いにされたのだろうよ」
……動揺が、止まる。
奴?
小間使い?
ああ。そうか。
そうだったな。
お前は、災害のような何かではなくて……。
何者かに必然として差し向けられる奴だった、な。
急に本能が黙る。
まるで常人のように作動していた本能が、思い出す。
僕はアイン・ランダーズだと。
そんなに必死になって惜しむことのない、安物の命なのだ、と。
この命を使って、僕は守るのだ。
使い切ったとしても構わない。
ユーカさんを、守るのだ。
「奴というのは何者だ」
「クク。気配が変わったな。そうか、貴様こそが化け物か」
「ああ、そうだ。お前をもう一度殺す。その前に聞いてやる」
視界が色づく。
自分の眼が、薄紫の炎を灯したことを確認する。
殺意の禁呪。
僕は等しく命の軽さを認識し、相手をのそれを、たやすく刈り取る。
それができるから、これを自在に扱える人間だ。
「アイン」
「下がって。……巻き添えを食らわせてしまう」
「一人でアイツと戦る気か!?」
「うん」
「バカ、さすがに……」
「やれるよ」
ユーカさんを片手で背後に押し、僕は「ブラックザッパー」を肩に担ぐようにして歩き出す。
あいつの背後にいる者に。
冷え切った怒りを送りながら、進む。
「答えろ」
「ぬ……」
相手がわずかに怯むような仕草をする。
怯む?
人間のつもりか?
どうせ戦って滅ぶしか能がないくせに。
返答なんて半ば期待していない。
どうせ奴はモンスター。喋ったところで益なんてもたらさない生き物だ。
八つ裂きにして……ああ、そういえば面倒な再生能力があったな。
いや。そんなものは、「ブラックザッパー」で抉り消す。
ああ、それがいい。
「ちょっ……リーダーいきなり全開になり過ぎじゃない!?」
「リノちゃん絶対にジェニファー離れないでね! 死なないだけで100点だから!」
「私が……守ります!」
「気負うなクロード君。アイン君は場数を踏んだ。信じよう」
「ユーカ。わかっとるな。お前さんはスロースターターじゃ。場を持たせるフルプレがいない今、アイン君の援護に専念するしかねえぞ」
「チッ……アイン、ヤケ起こすなよ!?」
仲間たちの騒ぐ声を置き去りにして。
僕はひたひたと敵に迫っていく。
「……ククク。ああ、答えよう。……奴もまた人外の者。この我の城の奥まで幾度も参じることができた。それだけでも、褒め称えるに値する」
「城……ダンジョンのことか」
「貴様らが何と呼ぶかは知らぬ。永劫に飽いた我をそそのかし、昂ぶりのある死を与えたと嘯いた。貴様らの様子では、それまでに随分と引き回されたようだ」
そうか。
こいつはどこかのダンジョンの親玉。
おそらく世にも珍しい、対話に応じる親玉に、その誰かは遊びを教えたのだろう。
自分たちの実験動物となった末、“邪神殺し”にぶつかる遊び。
そして親玉といえど、ダンジョンを出てはぐれれば、そこでダンジョンの一部としての無限の生を生きる資格を失う。次のリフレッシュで「補充」されてしまうわけだ。
この戦闘狂の親玉に何度も交渉する度胸があれば、何度でも最高の素体が手に入る。そして、ユーカさんないし僕の実戦テストもできる。
なんて迷惑な話だ。
「どうせそいつの個人名なんて聞いちゃいないんだろう」
「興味などないからな」
「わかった。充分だ」
……こいつは、同一個体。
だが、別個体。
同じ改造をされているとは限らない。何を組み込まれているかわからない。
だとしても。
剣を肩から持ち上げ、構える。
「死ね」
「クハハ……!! よかろう、奪り合うとしようか!!」
生に飽いた化け物が、吼える。
呪いが、僕を殺戮者に変える。
互いに化け物と呼び合う。それを互いに否定しようともしない。
ああ。きっと化け物に見えるだろうさ。
それでいい。
ユーカさんはずっと、そんな風に生きてきたのだから。
僕はそれを継ごう。
そして……ユーカさんの代わりに、その因縁ごと殺すのだ。




