いるはずのないもの
クロードの「嵐牙」による風の暴力と近接斬撃、それに加えて僕やアテナさんも掃討に加わり、中央施設の入り口付近はほどなく制圧を完了する。
「アーマーゴブリンばっかりだな……」
「外じゃサーペントどもに食われるから、まとめてここに避難してたのかもな。……避難っつーか、もうちょっとアレっぽいけど」
どうも共食いもしていたような跡が散見される。
遺跡はダンジョンのような「リフレッシュ現象」は発生しない。遺跡のどこかで増やされて放たれればそれっきり、同士討ち禁止の制約も課されていない。
となれば、この遺跡内で食物連鎖を構築するのだ。
しかしアーマーゴブリンは身体能力的には通常のゴブリンとそう大きくは変わらない。そんな彼らが一方的に狩れる獲物は多くない。
ライトゴーレムは論外、サーペントを狩ることも難しいとなると、せいぜい獲物にできるのはテンタクラー。
テンタクラーだってその長いリーチや毒は侮れない。二流三流の冒険者にとっては充分怖いモンスターだ。アーマーゴブリンに狩られるばかりではない。
となると……結局共食いで食い繋ぐことになりがちだ。
もとよりそうしてサーペントやテンタクラーのエサとなるべくして生み出されているのかもしれない。ある意味哀れなモンスターではあるが、今は研究の時間ではない。邪魔にならないように掃除するだけだ。
「ダンジョンと違ってあんまり異種間で協力してこないのがありがたいね。アーマーゴブリンばかりかと思ったらその奥から大物が……というパターンを考慮しなくていい」
「一応注意はしておけよ。無ぇとは思うが」
狭所で小回りの利くアーマーゴブリンは油断ならない敵には違いないけど、今の僕には魔力空間探知も使えるので討ち漏らしはまずない。
突然飛び掛かられて犠牲が……というのはほぼ有り得ないし、最悪の事態でも治癒師が二人いるというのはリスクを最小限にできる。襲われたのがどちらか一人だけなら、ほぼ致命傷でも立て直せる可能性が高い。
「これは上向きの階段……下向きの階段はどこだ?」
「なぜ古代人は階段を上りと下りで離すのだろうな? 不便なだけだろうに」
クロードと一緒に探索しながらアテナさんがぼやく。
「多分古代がそういう様式だったんじゃなくて、建築としての用途の問題だと思うわよ」
リノが肩をすくめた。
「どういうことだ」
「上と下が全く別の施設なら、必ずしもアクセスがいい必要がないでしょ。例えば上階段が住居で、下階段が店だというなら、使う人間が全く別という可能性も考えられる。それならむしろ動線は離したいはず」
「なるほど……」
そういう視点で遺跡を見るってのも面白いかもしれないな。
どんなに異文化だとしてもそれなりの利便性や効率を求めて建造物は建てられているはずだ。
……例によってそんな呑気なことは言っていられないんだけど。
『階段を見つけたわ。そこから一つ戻って右の突き当たりよ』
屋内でも牽引したままの絨毯に載せられた謎水晶からリリエイラさんの声がする。
「わかるんですか」
『……一応、使い魔使った支援をするためにその伝声水晶持たせてるのよ?』
「そうでした」
リリエイラさんの使い魔(チョウチョ)がいつの間にか道を探してくれて、僕たちはゾロゾロとそちらに向かう。
地下にもアーマーゴブリンが大量にいたが、変わらずクロードとアテナさんが叩き潰してくれる。僕は光の無詠唱魔術を使って彼らの視界を確保するくらいしかしなくてすんだ。
僕が持っている「ブラックザッパー」をむやみに振り回せば生き埋めの可能性もあるので、彼らに活躍してもらうしかない。
アーマーゴブリンくらいなら「メタルアーム」で固めた拳でも一撃なんだけど、そこまでして僕がやるよりはジェニファーに普通にゴリラ腕でも振り回してもらうほうがずっといいし。
「しかし雑魚ばっかりだぜ。これぐらいならリリーが単独で来てもなんとかなったんじゃねえ?」
『あなたたち完全に麻痺してると思うけど、外でアイン君がめちゃくちゃ軽い調子で片付けてた多頭龍、あれ昔のパーティでも全員態勢で戦ったやつだからね……?』
「……そういやそうだな」
「よく考えたらなんであれ一発でブッ殺しとるんじゃアイン君……?」
「普通のサーペントはまだしも、多頭龍って移動速度遅いからカモですし」
個人的には雷とか撃ってくる変種サーペントが来る方が怖い。わかってれば「メタルマッスル」で雷も受け流せると思うけど、奇襲されたらそのまま攻め切られる危険もあるし。
『そこに至るまでの不確定要素を考えたらやっぱり私一人では無理よ。……ロックナートさんたちも一流よ』
あるいは、ロナルドと組めればここまでリリエイラさんも侵攻できたかもしれない。
しかし一人で突入はやはり無茶だろう。たまたまここを占領していたのがアーマーゴブリンだったが、普通の魔術の効きにくいライトゴーレムがぎっしりだったら詰む。
私たちはあのパーティだったから最強だった、というリリエイラさんの言葉を思い出す。
一人というのは、苦手な状況が来たらとことんまずい。
僕だって今は決定力が発揮できているが、アテナさんやクロードの手を借りられなかったらどこかで不意打ちを食らっていただろうし、ファーニィやマード翁が控えてなかったらちょっとした無茶もできない。
魔力供給係のリノや運搬係兼最終防衛線のジェニファーは言わずもがな欠かせない。
仲間が確保してくれる余裕があってこそ、充分に実力が出せるのだ。
「リーダー。……ついたみたいよ」
アーマーゴブリンを絶えず始末しながら地下を歩くこと数十分。
ようやく、怪しげな操作パネルがある場所に辿り着く。
「魔術文字で操作説明とかあると嬉しいけど」
「お前読めねーだろ」
「そこはユーとかリノが読む方向で」
「アタシの場合ガキの頃に勉強しなくなったから長文だとキツいんだよ。リノだけが頼りだな」
「一応ワシも読むだけなら読めるがの。難しい構文使ってなければ」
『……頼れないレジェンドたちね。いざとなったら私が読むけどね』
先輩たちの頼もしくない請け合いを横目に、リノと一緒に部屋を調べる。
「……ないな。まとまった量の魔術文字」
「というか、多分……壊されてるわね」
「え?」
「場所的に案内書きとかありそうなところがちょうど砕けてる。暴走を確実に続けさせたかったのかしら?」
リノが指差したところに、確かに、砕けた石材のような陶器のような、バラバラの瓦礫が散っている。
「周到な」
「むしろ、これで暴走解除方法がまるっとわかるようにしてあったら怪しすぎるけどね」
「それもそうか」
スムーズにわかったら逆に疑うかもしれないな。罠っぽいし。
「結局、壊すしかねーか」
「問題はここ破壊したら生き埋めにならないかってとこだよね」
「それは運としか言えねーな……」
確実に破壊するには僕の「ブラックザッパー」による「バスタースラッシュ」。
しかし、地下でこの力を振るって周囲が崩れないで済むだろうか。
「念のため、全員外に出ておいた方がいいかもね」
「オメーはどうすんだ」
「まあ……最終的には上の方に向かって『オーバースプラッシュ』しまくったら凌げるかもしれないし」
「いや、いきなり自己犠牲みたいな真似する場面じゃねーだろ」
「でも、ここが外から見てどの位置かわからないからなあ……」
地下のどの位置か分かれば、外からスラッシュで斬り込んで破壊というのも考えられるけど。
……でも確かに死んでまで無茶する場面じゃないしなあ。
「いっそ外から敷地全体耕す覚悟で『スラッシュ』する方がまだしもいい。どう見ても命張る場面じゃねー」
「その方向で行こうか」
僕たちは頷き合って、またゾロゾロと外に出る。
そして。
「久しいな、と言えば良いか?」
信じられない相手が、遺跡に佇んでいるのを見る。
見覚えのある、古びた鎧武者。
その眼光は、人間ではなく。
身に纏う気配は、どこまでも濃い、強者のもの。
「なんで……」
いるはずがない。
確かに倒した。
殺したはずだ。
「まあ、こちらの記憶にはないのだがな。……良き戦いをしようか、この身を一度は殺したという化け物よ」
あの「邪神もどき」が、ここにいるはずがないだろう。




