破滅斬撃
いつものようにジェニファーには絨毯牽引係を任せ、僕らは適宜飛び降りてモンスターを片付ける布陣。
一応リノにも魔導書で援護攻撃してもらうつもりで、学院からちょうどいい蔵書を借りようという話もあったのだが、リリエイラさん曰く「魔導書をちゃんと通し読みするには普通の魔術師で三日、かなり優秀でも丸一日はかかるし、全体構造を掴みもしないで使うのは薬を能書き読まずに飲むようなものだからやめた方がいいわ」と言われてしまった。
まあリノに魔術攻撃してもらわなくても作戦自体は充分に成立するので、一応反撃用にファイヤーボールの魔導書だけは用意しつつ、リノにはジェニファーの手綱係として頑張ってもらう。
ライトゴーレムの徘徊する荒野はロクな遮蔽物もない。
つまり、ライトゴーレムが僕らを「人」として認識できる範囲全てが一斉に集中してくるということだ。
さすがに全方位から一斉に集中されると被害が免れないが、そこはユーカさんが実に「らしい」案を出してくれた。
「全員が芸もなく集中してくるってことは、逆に言えば『引きずってやれば』全部一方向にまとまるってことだ」
学院の黒板にユーカさんが作戦を書きつける。
「アテナの“破天”やクロードの『嵐牙』で、囲みを一方向だけ突き破ってそっちに絨毯ごと突っ走る。で、こうだ」
ぐるりとゆるやかに回る矢印。
「こうして人形どもを引きずったまま軽く練り歩いてやれば、あとは後ろにだけ敵がいる状況を作れる。できればそのあと切り通しみたいに細い道を使ってさらに絞れればベストだが、ま、要は敵が固まってくれれば、アインが遠慮なく剣振りまくるだけでキメられるって寸法だ」
「これをドーレス遺跡まで繰り返すの……?」
「適宜な。幸い、ライトゴーレムはそんなに目が良くねえ。何キロも離れたらこっちを認識できねーから、一回やればしばらくその場所は安全地帯になるはずだ。もちろん、敵が少ない地帯を見つけたらそこは細かいこと考えずに走り抜けちまうのもいい」
こうも敵が多い状況で、ただただ端から戦い続けて敵を減らしていくのは精神的にもきつい。
しかし、こうしてある程度の手順が取れるなら、気持ち的にも区切りがつけやすい。
「大火力があるって便利じゃのう」
「こういうのは前のパーティだとクリスやリリーの役目だったしな。フルプレに適当に突っ込ませてもよかったけど結局戦況がとっ散らかって収拾付けるのが大変だったからなー」
「お前さんに任せるとマジで雑魚放置するせいでフォロー大変じゃったしの」
「雑魚はオメーもアーバインも狩れるんだからアタシがやる必要全然なかったろーが」
どうやら僕は、彼らの中ではそういう「とっておきの火力役」になっているようだ。
まあ、鎧着てないしね。今の僕はあんまり突っ込まない方がいいのは間違いない。
「メタルマッスル」は来ると分かっている攻撃にはすこぶる強いけど、乱戦になると死角からの攻撃も増える。食らってからでは意味がないのだ。
そして、まずは街の目の前の荒野をその方法で蹂躙する。
「『嵐牙』の突風で薙ぎ払えるのは三体までです! それ以上は……」
「私が斬って道を作る!」
クロードの「嵐牙」は、当人から離れたところに暴風を作る。
本来の用途から言えば、それは剣戟の邪魔をする矢などの横槍を払いのけつつ、自分自身が風によろけることがないように……という、騎士の実用性本位での仕様なのだろう。
だが、ジェニファーの牽引で疾駆しながらの使用は、どうしても遠いところに手を届かせたい。射程が短いと直接ぶつかるのと変わらない。
そういう意味で「嵐牙」の長射程の「風での薙ぎ払い」はとてもこの戦法にマッチしていた。
そして、それでも足りないような分厚いブロックには、アテナさんの超身体能力と“斬空”……騎士団式オーバースラッシュによる強襲で対処する。
僕が「バスタースラッシュ」で血路を開いてもいいけど、出番は最後。
僕は最終的に一気に全部潰す役だ。攻撃を受ける危険を考えれば、防御力と体力面でも、技術面でも、アテナさんに前衛を任せる方が理に適う。
「焦るなよアイン。自分がやれば早いとか、なんにもしないのが申し訳ないとか思わなくていい。そこのジジイとエルフずっとなんもしてないだろ」
「えっ、そこでワシら引き合いに出す!?」
「私たち万が一のための要員だからね!?」
わかってます。
そしてユーカさん自身も特になんにもしないで腕組み鎮座してるんだから「お前もだよ!」ってツッコミ待ちなのはわかる。でも本格的に漫談始めると戦ってるアテナさんたちに悪いので僕はあえてツッコまない。
「回るわよ! ファーニィ、リーダー、どっちでもいいけど空気制動よろしくね!!」
リノが叫びつつ背後にファイヤーボールを撃って先頭のライトゴーレムを怯ませ、他のライトゴーレムを巻き込んで減速させる。
荒野でのライトゴーレムたちは足で走るしかない。どうも浮遊突進は足場が悪いと使えないらしい。
統率の取れていないライトゴーレムたちはガチャガチャとぶつかり合うので結果的にモタついてくれるのがありがたい。
僕たちはその調子で、街の近くの荒野でぐるりとゴーレムを引きずり回して、大集団を作る。
数百はいるだろう。ヘタしたら1000体いってるかもしれない。
「こいつらゼメカイトを目指してるのか、それとも遺跡周辺全方位なのか……」
「目指してるんなら列を迂回すればいい話だが、どうもリリーの話だとそうでもなさそうなんだよな」
「……てことは、こんな量が遺跡周辺で無作為に広がってるわけか。想像を絶するね」
「仮にもゴーレムなら、魔力が足りなくなればそのうち停止するはずだがな。……何か月先かわかんねーけど」
「無限に動けるならそれこそゴーレム動力文明誕生してるかもね」
あの温泉冒険者のナオさんもいちいち起動時に魔力を込めていた。
こいつらもいずれは停止するのだろう。遺跡ではそれを何らかの方法で回収して再利用していたのか、あるいは素材を分解する仕組みがあったのか。
ただ、それを待っているわけにはいかない。
何か月で終わればいいが、それが年単位でない保証はないし、遺跡にはサーペントやアーマーゴブリン、テンタクラーなどの他の種類の連中もいる。そいつらも大量生産されているなら周辺環境が壊滅するのは間違いないのだ。
もう元通りというのは難しいだろうけど、今止めるに越したことはない。
「それじゃ、片付ける。……この剣で完全に遠慮なくやるのは初めてだ。リノ、大丈夫だと思うけど、僕を下ろしたらジェニファーに全力で離れさせて」
「わ、わかった!」
僕はメガネを押して、「ブラックザッパー」を握って絨毯を飛び降りる。
ライトゴーレムの大集団が迫る。
「“破天”」
黒い魔力の剣が伸びる。
刀身10メートル。普通の“破天”より、倍も長い。
こんな長さの剣はどう考えたって普通は振り回せないし使う必要もない。
はっきり言って、馬鹿な子供の描いた「さいきょうのせんし」の落書きみたいな長大すぎる剣を、僕は真横に構えて……螺旋の魔力で、振るう。
「ドゥームスラッシュ!!!」
巨大な漆黒の魔力斬撃が、数百メートル先まで、幅20メートルにわたって一気に薙ぎ払う。
ライトゴーレムたちは避けられない。防御もできない。
そして。
「砕けろ」
ドギャッッ!!
と、空間が短い悲鳴を上げる。
空いた裂け目を強引に縮め、その不足分を強引に支払わされた空と大地は、まるで爆ぜたようにボロボロの惨状を晒す。
その範囲内で無事でいることは不可能だ。
……約1000体のライトゴーレムは、そんな空間の暴虐に巻き込まれて砕け散り、立ち遅れて残った僅かなゴーレムたちもほとんどが半壊していた。
そいつらさえも「ゴーレム型思考」ゆえに逃げることはなく、こちらに向かうことは変わらないので、残敵掃討は非常に簡単だった。




