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冒険者たるもの

 概算300体くらいやっつけたところでみんなを敵集めに再派遣するのを止め、僕たちは魔術学院に移動する。


 高い壁に囲まれ、門を固く閉じたゼメカイト魔術学院はパッと見た感じ無人にも思える。

 だからこそライトゴーレムたちの襲撃もさして受けることなく、今まで無事に凌げたのだろう。

「本来は安全のために、出入りの時には念入りに周辺のゴーレムを片付けてから開けるんだけど。あなたたちが頑張ってくれたおかげで今は見られる心配もないわ」

「時々気まぐれに魔術で暴れてるのが見えたって聞いたけど、それってつまりその時に出入りしてたってコトかよ」

「そうね。水は何とか引きこもったままでも魔術で確保できるけど、それ以外の食料がどうしても必要になるから……緊急徴発(かじばドロボウ)しにいく時とかにね」

「仕方ねえけどあけすけなモンじゃな……」

 人々が逃げ出してから半月も経っていない。街にはまだまだ腐っていない食料が残っている。

 学院の魔術師たちも、それを漁ってなんとか生き延びているらしい。

「とはいえ、完全に掃除するのも難しいから、最終的には領主の館の方で戦闘を打ち切って押し付けさせてもらってるけれど」

「おいおい、向こうも必死で戦ってるんだぞ?」

 さすがにユーカさんも顔をしかめるが。

「学院でこのクラスのモンスターの相手できる魔術師なんて、私以外にいないんだからしょうがないじゃない。一人で無限に戦えって言われても無理よ」

「魔術師いっぱいいるんじゃねぇの?」

「冒険魔術師なんて魔術師全体の中でもほんのごく一部なの、ユーカならわかってることでしょう? そのうえライトゴーレムと前衛なしにやり合うとしたら、かなりの熟練者じゃないと無駄死にになる。学院にいるのなんてほとんどが研究系よ。日常生活でロクに走ることすらない虚弱な人たちに無茶言うものじゃないわ」

「……そりゃそーだな」

 溜め息をつくユーカさん。

 そしてカイはそれを見て「え? え?」と混乱した顔をしている。

「ユーカ……さん……?」

「……説明してないの、アイン君?」

「前に会った時には縮んだ直後だったんで、誤魔化すしかなくて……そのまま」

「はぁ。……これ、ユーカ。あの“邪神殺し”のゴリラ女の成れの果てよ」

「ええっ……!?」

 今さら驚くカイ。

 まあ、可愛い服装もだいぶ板についてきたおかげで、本当にあの筋肉野蛮人って感じのゴリラユーカさんとあまりにも結び付かないから、薄々察するチャンスはあったにせよ信じたくなかったのは仕方ない。

「なんでこんな姿に……」

「そんな可哀想な目で見んなよ! いいだろこっちの方が! 自分で言うのもあれだけどゴリラより可愛いだろ!」

「そりゃまあ……そうですが」

 経緯を知らないとどうしても呪いか何かでの弱体化に見えてしまうので、一応カイも憐れむような顔をしたものの、これ自分でやったんだよなあ……。

 まあ実際可愛いことは間違いない。

 強さも……まあ往時の絶対的なものはないけれど、今でもパーティの切り札になるくらいには復調しているし、本人としてはもう戻るつもりもないんだろう。

「しかしなんですか。可愛くなる必要あったんですか? 好きな相手ができたとか」

「……そういうわけじゃなかったんだけどよ」

 意外とカイってそういうとこ遠慮なくいくんだな。というか天然なんだろうか。

 と、少し会話にハラハラしつつも、魔術学院の通用門を閉める。


 魔術学院の中は穏やかなものだった。

 もちろん、もともとガラの悪い連中は魔術学院に入り浸って研究や教育などに従事していないからなのだろうけど。

「もう研究続行なんて言っていられる状態でもないからね。重要度の低い資料は出来るだけ頑丈に梱包して地下室に収容……もっとも、モンスターが雪崩れ込んでくれば気休めにしかならないけど。そして重要な魔導書や魔導具は、使い魔なんかを使って一気に運び出す準備をしているわ」

「運び出してどこに持ってくんだよ。そりゃ欲しがる魔術師や機関は多いだろうけど」

「それが問題よね……この状態で悠長に相手を探して交渉するわけにもいかないし。でも、見捨てるという選択肢はないのよ」

 リリエイラさんの言うような作業を、数十人の魔術師たちが粛々と進めている。

「こういう時に飛べるタイプの使い魔を持っていたら……と、思うのだけどね。私に生き物の飼育は向いてないからいつも諦めちゃうんだけど」

「ま、そういう話はええじゃろ。根本的に持って出なくてもいいようにするのが今の目的じゃ」

 マード翁に急かされて、リリエイラさんは複雑な顔で持ち出し作業の現場を見返りつつ、僕たちを自分の研究室に招き入れる。

 ……そこには以前はなかった巨大な机が設えられていて、ゼメカイトの地図の上に多数のブルーベリー大のビーズが散らかされていた。

「そのビーズのひとつひとつが、今現在ゼメカイトに侵入しているモンスター。これが急に大量に破裂を始めたから驚いたのよ。そっちの騎士さんが次々片付け始めた時もびっくりしたけどね」

 ロナルドを見やってリリエイラさんは言う。

 ……死ぬとビーズが破裂する仕組みなのか。

「それで様子を見たら僕たちだった、と」

「ええ。もしかしたら……とは思っていたけど、まさかこんなに早く来るとはね」

「双子姫のおかげですよ」

 それとジェニファー。

 どちらが欠けても、ここに辿り着くのはさらに半月は遅れただろう。

 そうなれば、今は何とか持ちこたえている他の拠点の抵抗者たちも諦め、あるいは全滅していただろうというのは想像に難くない。

「これを全部片せば、ひとまずゼメカイトは奪還……ってわけだが」

「それじゃ意味がない。街が機能しないままでは、物資も人間も減るばかり。早晩限界が来るわ。でも元を断ってからじゃなければ、街の住民を呼び戻すことはできない」

 そこで、とリリエイラさんは新たな地図をビーズの上から広げる。

「今回暴走中と目される遺跡はここ。ドーレス遺跡と呼ばれていた場所よ。近傍に他に二つ遺跡があるから特定には迷ったけど、ちょっと前に強引に飛んで確認してきたわ。……私がその生産拠点を一気に襲撃する手もあったけど、それをやるには雲霞のようなモンスターの群れを突き抜けて地下に潜る必要がある。前のユーカやフルプレートさんならまだしも、私にできる作戦じゃない。どう計算しても決死行になる」

「でも僕たちなら、あるいは……というわけですね」

「正直、それでも決死行になるかもしれない。どこをどうしたら遺跡暴走が止まる、なんて詳細なプランもない。こういう時こそアーバインさんの豊富な知識や、フルプレートさんの異常なスタミナが欲しいところだけれど」

「……ないもんはない。ねだってもどうしようもねえ。手持ちでやるしか」

 ユーカさんが決然と言い切る。

 アーバインさんは死に、フルプレさんは今やヒューベル軍の旗頭。動きたくても腰が重いはずだ。

 待っていたらいつになるかわからない。

「かえすがえすもワシがマッチョになれればのう」

「何度も言うより、なる努力をしろよジジイ。治癒術が使えるんだから努力すりゃできるはずだろ」

「しとるんじゃがなー。片手の握力をモリモリにするだけでも精一杯なんじゃ。というか、それで全力握り一回やるだけでバッキバキのブッチブチに骨と腱全滅しちまう。いい具合の加減ができなくなっちまっとるのよ……」

 一応、自主的に特訓はしているらしい。

 しくじっても自ら治癒できる彼ならではだけど、まだまだ道は遠そうだ。

 リリエイラさんはメガネを押し。

「……少なくとも私はこの街のために自殺する気はない。でも、ユーカたちに確実な勝算を示さずに死んで来いともいえない。……今は、いつか来るという遺跡の『枯渇』を待ちながらリスクヘッジしていくぐらいしか、良策とは考えられない。でも、一度くらいは挑む価値があるかもしれない、とは言っておくわ。行くなら退路の確保を忘れないで」


 リリエイラさんは、暗に「無謀よ」と言っている。

 確かにライトゴーレムだけなら、しかも「この程度の」数なら、危なげなくやれるかもしれない。

 でも、それだけじゃないのは、サーペントの侵入からも明らかだ。

 マード翁はそんな中での荒行もやってのけたが、溢れた一部だけでゼメカイトをも陥落させたあたり、暴走した遺跡の生産力はあの時とは桁が違う。

 まさしく海のようなモンスターの群れを泳ぎ抜く覚悟がいるだろう。


「どうするアイン」

「…………」

 ユーカさんの問いに、メガネを押す。

 数秒、考える。

 ……そして。

「ユーならどう判断する?」

「……リーダーはオメーだ。……でも、アタシの意見を聞こうってんなら」

 ユーカさんは何かを言おうとしたが、僕はそれを最後まで言わせない。


 これは、ユーカさんへの質問では、ない。


 僕が信じているものを、呼び出しただけ。

「僕の中のユーは、こう言ってる」

 口角を上げる。

 楽しむように。

 ……かつてこの地で憧れた、理想の冒険者に、なりきって。


「なかなか冒険らしい冒険じゃん」


 冒険者っていうのは、それを求める者だ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アインがバカになってきた!
[一言] アインはもともと死への恐怖が欠乏しているところがありましたが、今回はそういうのじゃなく肝っ玉が座ってきたかって感じですね。 なによりこういう、人間相手のややこしいことを考えなくていい派手な戦…
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