ゼメカイト奪還作戦会議
約二十人の冒険者たちは、とりあえず平均的な領主家の兵士よりはそれぞれ腕が立つらしい。
ライトゴーレムに一対一で立ち向かえるのは、ロナルド以外では二人か三人といったところだが、それ以外もパーティ単位でなら歯が立たなくもない、という状況だった。
ライトゴーレムは普通のゴーレムより細く敏捷とはいえ、人間より図体が大きいことは間違いなく、そのため市街地の中でも特に路地の細い場所を選んで迎撃し、相手が壁に引っかかってうまく動けないところに魔導具や必殺技を叩き込む……という方法でなんとかしているという。
「まあ、民家の壁なんて脆いもんだ。向こうがその気になりゃあっという間に粉々だけどな。それでも、間違いなく隙ができるってのが重要なんだ。……おかげで下町はだいぶボロボロになっちゃってるが」
カイが解説してくれる。
「それじゃあ、せっかく守ってもゼメカイトにみんな帰ってこれなくなっちゃうんじゃないか」
「命あっての物種だろ。俺たちがここで奴らを食い止めてる間に、住民たちは少しでも遠くまで逃げるんだ。家はまた建てられるが人間はそう簡単にはいかない」
「……それはそうだけど」
「俺たちだってわかってるよ。こんな戦い方はベストじゃあない。でも、こんな不細工なやり方しなくていいほど腕の立つ指名冒険者たちは、さっさと見切りをつけてケツまくっちまった。どこまで続いてるのかわからないゴーレムの行列なんか見たら、勝って街を守り抜くなんて馬鹿らしい話にしか思えないのもよくわかる」
「……なのに、君は残ったのか」
「なに、半分くらいは勝手な都合だよ。……覚えてるか? 俺たちのパーティにいた弓手の女の子。エミリー」
「……いたかも」
「彼女、ちょっと前に冒険者やめて結婚したんだ。……結婚式で、あとは俺たちに任せとけって言っちまったんだ。だから俺たちは、彼女が旦那と一緒にしっかり逃げ切るくらいまでは、プロとしてここで食い止めなきゃいけない……って、まあそういう話さ」
「ただのカッコつけだ。まあ、カイのそういうところがあったからこそ俺たちはパーティやってられるんだけどな。……アインに助けられたあの日に誓ったんだ。ナイゼルを見殺しにしちまった俺たちだが、これ以上カッコ悪い冒険者として歌われたくはねえ」
先ほどマード翁に足を治してもらったザックスという男が、片方の裾のないズボンから伸びた足に、適当にでっち上げたサンダルをつっかけて隣に立つ。
「ま、何度か諦めそうになったけど……ロナルドさんが来てくれて助かった。あんなに強いのに冒険初心者だなんて信じられない」
「冒険者としては、ね……」
騎士としては下手したら王国一……いや、さすがにフルプレさんほどってわけじゃないから、王国で二番目くらいに有名な男なんたげどね。
冒険者は意外とそっちの名前には詳しくない。
「ロナルドさんがいてくれれば、もしかしたら俺たちも生きて凌げるかもしれない。そう思って頑張ってたところで、お前たちが来てくれたんだ」
「なるほどね」
だいたい状況は分かった。
僕の知っている時期に頼りにされていたような有力冒険者は、全く原因不明の、山津波のようなモンスターの大発生に付き合いきれない、ゼメカイトはもう滅亡だ……とさっさと決め込んで早期に撤収。
残り戦力は引きこもっている魔術学院の魔術師たちの気まぐれ援護を期待しながら、頑丈な建物や下町の地の利を使って何とか戦闘継続していたところに、無造作にロナルドが現れてみんなの希望となった、と。
「とはいえ、私だけで押し返すのは無理筋だ。街を回ってせっせと人形どもを斬ってはいるが、奴らは戦力を際限なく逐次投入してくる。一匹ずつは大したことがなくとも、終わりが見えんのでは身が持たん」
例えるなら、指一本で野放図なアリの群れをつつき潰し続けるようなもの。
ロナルドは強いが、あくまで対単独特化の騎士だ。まとめて薙ぎ払うような戦い方は向いていないし、そもそもライトゴーレムたちが乗ってくれないだろう。
でも。
「でも、僕たちがいる」
「ああ。これで随分、やりようが増える」
ロナルドは頷く。
……それをカイとザックスは怪訝そうな顔で見て。
「出来れば俺たちにわかるように説明してくれないか」
「アインは強くなったみたいだけど、結局1パーティだろ?」
まあ、普通に考えたらそうなんだけど。
「敵を狭所から追い立てる程度なら、クロードの奴やアテナ・ストライグでも十分可能だろう。そして敵を遠慮なく倒せる広所に誘い出せば、アイン・ランダーズがあとは全部片づける。こと、中距離無差別破壊にかけては、どんな魔術師よりもこの男の方が効率的だ。人形相手に首級もない。私も追い立て役に徹しよう」
「決まりだね」
無差別破壊に関しては並ぶものなし、と言われるのもかなり複雑だけど……まあ実際、僕は乱戦で次々斬り捨てるよりも「オーバースプラッシュ」や「バスタースラッシュ」で撫で斬りにする方が得意なので反論はない。
以前よりはコントロールもよくなったとはいえ、相変わらず遠いと外しがちなのも事実。あんまり射界の中に斬っちゃいけない物は入らないで欲しい。
「何より派手なので敵が勝手に集まる。だいぶ掃除が進む」
「そ、そこまでアインってすごいのか……?」
「はっはっはっ。王j……フルプレ殿もお墨付きだ。それこそ『邪神』でも連れてこなくては釣り合わんぞ」
「兄とは比べ物になりません。見ればわかりますよ」
アテナさんもクロードもやたらと煽るなあ。
とはいえ、それくらいの仕事をしなきゃ今の状況は好転しない、ということ。
「作戦を詰めよう。街の地図はある? それとできれば今の破壊状況について、わかる限りの情報も欲しい」
他の冒険者たちにも声をかけ、古いテーブルを街に見立てて道の形の傷を彫り、作戦図を作る。
できれば街の外を処刑場にしたいけど、町中の敵をおびき出し、追い立てて倒すとなると、結局内側でないと効率が悪い。
もとから建造物がない場所や、あっても既に破壊されてしまった場所、あるいは破壊されてもそんなに惜しくない、大きな公共施設の所在地。
それらを候補にしつつ、最終的には街の南部のスラム地帯をそのために使うことにする。
物乞いや貧民に差別意識があるわけでもないけれど、もうすでに住民は逃げ去った後だし、壊したとしても大して再建に労力がいるわけでもない掘っ立て小屋やボロテントぱかり。
そして充分な広さがあるので、使わせてもらうことにした。
「人形どもの侵攻も既に一週間以上。どこもかしこもボロボロだ。あまり詰めて考えなくてもいいと思うが」
「この剣は余計に壊すからね。できればどうなってもいい場所でしか『オーバースラッシュ』も撃ちたくない」
「……古代武器か。次から次へと、よくモノを揃える」
「これに関しては本当に偶然もらったんだよ」
ロナルドと別れてからそんなに時間も経ってなかった気がするけれど、「ブラックザッパー」はそのわずかな期間の入手品なんだよなあ。
そう考えるとよくよく僕の旅は激動だ。
「作戦は簡単。ここにどんどんおびき寄せてくれたら僕が潰す。それだけだ。何百体でも構わない。アテナさんはユーと、クロードはロナルドとツーマンセルを組んで、できるだけ軽率に手を出して、敵が多くなったらすぐ引っ張ってきて欲しい」
「私やマード先生とかリノちゃんたちはどうします?」
「マードさんはマッチョ化できれば戦力に数えるけど、今は下手に前線に出せない。ファーニィやリノも論外だ。みんなここに残って欲しい」
「気を引くぐらいはできますよう」
「私だってファイヤーボールとか使えるようになったってば!」
「ライトゴーレムは素早い。対応ミスったら死ぬよ。さっきのクロードは運が良かった」
下手したら潰されてたのはファーニィだったかもしれないわけで。
しかもファーニィは「メタルマッスル」できないので、即死の可能性がすこぶる高かった。
と、ちょっと渋い顔をしていると。
「ガウ!」
ジェニファーが吠える。
……なんとなくリノのやる気に口添えしているように聞こえる。
まあ、ジェニファーが気を付けるっていうなら……まあ……。
「……ジェニファーがそう言うなら少し考えるけど」
「なんで私よりジェニファーに折れるの!?」
「っていうかアイン様、そう言うならって何聞いたんです!? ガウとしか言ってませんよね!?」
「いやジェニファーのガウはいろんな意味あるし……吠えるタイミングとか勢いとかでわかるじゃん?」
僕がそう言うと、ええー……と変な奴を見る目でこっちを見るリノ&ファーニィ。
「自分も気を付けるからリノも戦わせてあげて、って言ってたよね、だいたいのところ」
「ガウ!」
頷くジェニファー。かしこい。
「やっぱりリーダー、なんかおかしい……」
「そのへん魔力よりなにより変な才能持ってますよねアイン様」
なんで君らの意見を尊重する方向に言ってるのに僕が気持ち悪がられる流れになるんだ。
……ロナルドが真剣な顔で額を寄せ。
「……アイン・ランダーズ。参考に……あくまで参考程度に、あとでミルラの言葉を訳してみせてくれないか」
「僕別にどうぶつ語博士じゃないからね!?」
ジェニファーがかしこいってことを前提にすればだいたいわかるだろ。みんなわかるだろ。
それとゼメカイトを救う作戦会議の最中だから、もっとみんな緊張感持とう?




