ロナルドの豹変
クロードは完全に踏み潰されているように見えたが、「メタルマッスル」の使用が間に合っていて、痛手ではあるものの一瞬を争うほどの怪我ではないらしい。
慌ててファーニィが治癒術を施し始め、数十秒ほどでなんとか這い起きる程度には回復していた。
「ロナルド……ここにいたのか」
「冒険者として名を上げるならここだと聞いたものでな。ミルラの養育にも良さそうだったのではるばる移動してきたのだが……」
「ミルラ……?」
「……私の合成魔獣だ。しばらく前に手に入れた」
ほどなくして寄ってきたライトゴーレムを全て残骸に変えた僕らは、ロナルドの案内で拠点としている建物に招かれた。
「ここだ。元は商工会議所らしいが。……領主の館にはもっと人数が集まっているが領主家の弱兵が主で、さながら野戦病院でな。居心地が悪いので、こっちを使わせてもらっている」
比較的大きな建物で、被害も少ない。
そしてドアを開けるなり、ちょっとした小熊のような生き物がロナルドに飛びついてきて、僕らはビクッと武器を握り、それをロナルド自身が手で制する。
「ははっ、寂しかったかミルラ! 悪かった、悪かった」
そして飛びついてきた小熊的な生き物とイチャイチャし始めた。
……つまり、この小熊……というか、よく見ると六足な上に尻尾も長い真っ白い熊の子供が、ロナルドの合成魔獣、ミルラ君のようだ。
「……あのロナルド・ラングラフが……」
アテナさんが兜の中でポツンと呟く。
他のみんなも戦慄に近い顔をしていた。
あんなにハードボイルドかつ冷徹で、死線を求めているとしか思えなかったロナルドが……なんかもう子煩悩パパといった感じでめちゃくちゃ合成魔獣を甘やかしている。
「……もしかしてすごい動物好きだったのか、あいつ……?」
「……あまりそういう話は聞いたことはないですが」
クロードとヒソヒソ話す。
それに気づいたロナルドは笑顔を引っ込め、咳払い。
「……合成魔獣を粗末に育てれば肝心な時に言うことを聞かないと合成師に言われた。特に幼獣期には気をつけろと……それをしっかり守って育てているだけだ」
「……あんまり優しくしてると今度は怖がって戦わなくなるとか言われなかった?」
リノがボソリと指摘するも。
「それは別に構わん。私が強いのだから」
「それだと合成魔獣じゃなくてロバとかでもいいんじゃ……」
「ロバの知能はロバなりだろう。この子は賢いぞ。いずれ喋る可能性もあるほど賢く、と注文させてもらった」
「……賢いのがいいなら普通に人間を仲間にしたらよくない?」
「貴様、合成師のくせに合成魔獣を否定するのか」
「いやー……だって合成魔獣って高いし安定しないから、他でいいなら他の生き物とか技術で代用するのが普通だし……」
「私は合成魔獣が良いんだ」
「……そ、そう」
……合成魔獣愛でリノが負けたのを初めて見た。
「ああミルラ、そんな顔をするな。あんな意地悪なことを言う奴らなんかにお前は指一本触らせないからな。よしよしよし」
熊のような顔をして子犬のようにキャンキャン鳴くミルラを撫でくり回すロナルド。
どう見ても単にペットにほだされ過ぎたおじさんでしかない。
「こうなるとは思わなかったな……」
「まー、いるけどなー……たまに、こういう家畜とかにしか心が開けない冒険者もさ」
あのヒューベル全軍を恐れさせた剣豪ロナルド・ラングラフが、たった一頭のペットで「ただの人」になる光景。
まあ、合成魔獣買ったの自体はジェニファーの影響に違いないけど……この分だと下手したら戦いに連れて行くのすら忌避しそうだ。
それはそれとして。
商工会議所には冒険者たちが集まっていた。
その数、およそ20人。
「冒険者の酒場」には最大で150人ほども集まっていたことを考えれば、物寂しい数ではあるが……ライトゴーレムがちょっとしたワイバーンにも匹敵する戦力なことを考えれば、壁貼り冒険者程度ではパーティでかかっても歯が立たない。
上位の冒険者は、ユーカさんたちの「竜酔亭」のように、高い酒が飲めてサービスのいい上級酒場をそれぞれの普段のホームにしているのも多く、「冒険者の酒場」で常にたむろしていたヒヨッ子連中ではロクに戦力にならなかっただろうと思えば、ここにこれだけいるのは立派なものかもしれない。
だが、やっぱり当時の面子はいたようだ。
「……アイン! アインじゃないか!?」
「……ええと」
僕の顔を見て嬉しそうに駆け寄ってきたのは……ええと、誰……だっけ……?
「ライザス……いや、ドーファン……じゃないな、ボストフ……?」
適当に思い出せる名前を出してみるが、どうも違うらしい。
「なんだよ、忘れちゃったか。まああんま絡んでなかったから仕方ないが……」
青年は「仕方ないなぁ」と困ったような笑顔を見せつつ、親指で自分の胸をつつき。
「カイだ。お前がどっか行く前に助けてもらった」
「……あ、あー……えっ、あのゴーレムの腹の中でサバイバルしてた!?」
「そう、そのカイだ。……お前、恰好はあんまり変わってないが、なんか強そうな仲間いっぱい連れて……って、マードさんがいるじゃないか!」
「よっ」
マード翁が気さくに手を上げる。
「マードさんだ! マードさんが来た! ザックス、おい、お前の足も元に戻るぞ!」
「な、何……? まさか……」
「おーおー、こりゃひでえ。よく生きとったのう。足もげると出血多量で死んじまうことも多いんじゃが」
カイに導かれて怪我人に近づき、ほいよっと手を当てて見る間に足一本再生してしまうマード翁。
「あと他にも怪我あるじゃろ。体内の生命力の流れがおかしいからの……なんじゃ、頭も派手に打ったじゃろ。もう少しでポックリじゃったぞこれ」
「あ……あ、なんか急に頭がすっきりして……すげえ……!」
「よしよし。他にも怪我人おらんかー。ワシ今治癒しかできんからいくらでも診てやるぞい」
「あ、あの、私もいいですか!」
「あの、奴らに腕を折られちゃって……領主の館で治癒師に治してもらったんですけど、それから手がうまく動かなくて!」
「おーおー、順番じゃ順番。ファーニィちゃんも手伝え」
「はいはーい」
どうも治癒師はいるにはいるが力不足という感じだったようだ。
見た感じ怪我がない者も半端な治療で我慢していたようで、マード翁の絶技を改めて目の当たりにすると、ワッと集まって治療をせがみ始める。
それを眺めながら、カイに改めて話しかける。
「……大変だったんだな。ゼメカイトが壊滅したなんて信じられなかったけど……」
「一応、ここと領主の館と、あと魔術学院が砦になってるんだが……正直、あのロナルドさんが来なかったらここも落ちる寸前だったんだ。魔術学院にいる魔術師たちは、火力は高いけど完全に防御の構えだし」
「なるほど……リリエイラさんがいながらライトゴーレムの群れを片付けてないのが不思議だったけど、もしかして学院の魔術資産を守るために打って出ない方針にしたのかな」
「あー……リリーの考えそうなこった。リアリストだからな」
ユーカさんは腕組みをして唸る。
それをカイは不思議そうに見て。
「この子、リリエイラさんの知り合いか? 確か高名な剣士の娘って……」
「あー……」
そういえばそんなこと言ってごまかしたっけ。
僕は笑ってごまかしつつ。
「そうだ。今マキシムの弟を仲間にしてるんだ。それに、フルプレさんにも劣らないって王都で噂の美人騎士も」
「……クロードです。よろしく」
「はっはっは。世辞が自然になってきたなアイン君。……私は元風霊騎士団のアテナ・ストライグだ」
そのまま仲間の紹介に移ってうやむやにする。
「あっちがエルフの治癒師ファーニィで、その子が魔獣合成師のリノ。リノは魔術師としては戦えないけど、その代わりにあのライオンが下手なワイバーンより強くて……」
「すごいな……よくそんな面子を集めてきたもんだ。お前はそんな恰好のままなのに、みんな立派で……」
「いや、僕も鎧とか剣とかいろいろあるんだけどね? 王都で整備に出したところでここのピンチの話になってね?」
やっぱり平服のままなのは駄目だなあ。ゴリラユーカさんくらい腕が太ければ「鎧なんていらねェ!」って言っても恰好がつくんだけど、未だに僕の筋肉は見た感じ普通以上ではない。
が。
「……だが、その中で一番強いのはアイン・ランダーズだぞ。少なくともモンスター相手には私よりも強い」
ミルラ君を抱きしめて撫でまわしながら至極真面目な顔でロナルドが言い、カイだけでなく会議所中の冒険者たちが「ええっ」とどよめく。
「信じてもらえないなあ……」
「信じさせてやろーぜ。いや、どうせ信じねーわけにはいかねーさ」
ユーカさんはニヤッと笑い、僕はそれに苦笑いしながら頷くしかなかった。




