ゼメカイト突入
ジェニファーはゼメカイトへの街道を疾駆する。
ゼメカイトから王都に来た時はフィルニアからメルタを経由して来たので結構かかったが、それらに寄らない最短ルートを行けば、ジェニファーのスピードなら三日間でだいたい踏破できる距離だ。
もちろん普通はライオンにそんな長距離走行はできないし、ゴリラだってそんな風にはできていない。ジェニファーという合成魔獣だからこそ可能な行動だ。
足をケアするために治癒術師二人をフル活用しての行程になったけれど、ジェニファーはけなげに走り続けてくれて、僕たちは常識では考えられない速度でゼメカイト近郊に辿り着いていた。
「ここまで来ると馴染みの景色だな」
「……景色だけはのう」
ユーカさんの言葉に、マード翁が難しげな呻き声で応える。
ゼメカイトの街を遠く見下ろす高台の上は、ゼメカイト住民たちの避難キャンプと化していた。
水源は遠く、テントを張るのに適した平地も多くなく、生活に便利な場所ではないが、ゼメカイトを見ることができる位置はこの先にはない。
まだゼメカイトを見捨てられない人々がここに留まっているのだろう。
「この辺りまではモンスター来ないんですか」
その辺にいた、疲れ切った顔の中年親父に聞いてみる。
「街を襲ってきたような奴らは、まだここまでは来ねぇよ。ただ、ゴブリンやバケウサギは元々よく出るところらしい。街から引いてきた冒険者たちに周辺を警戒してもらってるが、森に食い物探しに行った奴が何人か殺られた」
「…………」
「わかってるさ。見切りつけてどっか遠くに行っちまえばいいってんだろ……でも、俺んちは曾爺さんの頃からゼメカイトなんだ。……まだ俺んちの屋根がここから見える。捨てらんねえんだよ……」
中年親父は脂っこい髭ぼうぼうの顔を撫でつつ、苦い顔でゼメカイトを見つめる。
「街に冒険者が残ってるって聞いてきたんですが、まだいる感じですか」
「ああ。もう中身が逃げちまった領主の館を拠点にして頑張ってるみてえだ。時々、魔術で派手にやってる光が見える。……最初はすぐ全滅かと思ったんだが、やるもんだ」
「よかった。じゃあ、手を貸しに行きます」
「そ、それはやめとけ。こんなトコで未練たらしくしてる俺がいうのもなんだが……勝ち目なんかねえぞ。あの細っこいゴーレムみたいな奴が、しばらくおきに何百も街に押し寄せてくるんだ。あいつ一体でも、兵隊10人でやっと勝てるくらいに強いんだぜ」
「……あれそんなに強かったのか」
おそらく、メルタの遺跡にいっぱいいたライトゴーレム。
マッチョ化マード翁が何百体も瓦礫同然に片付けてたし、僕としても「バスター」ですらない普通のオーバースラッシュで倒せる奴なので、そんなに強いとは思っていなかったけど……まあ、今の僕たちならそんなに怖い敵でもない。
「残骸か何かでも見たのか? 下手な冒険者じゃ何人かかってもやられちまうんだ。アンタみたいな貧乏臭い恰好してる若ぇのが勝てるとは思えねえ、むざむざ死にに行くこたねえぜ」
「…………」
まあ、持ってるのは革鞘に入れた「ブラックザッパー」一本の僕は、メガネなのもあいまって「デカい剣を持って気が大きくなっただけのバカな若者」に見えなくもないかもしれない。
「僕はともかく、仲間たちは強そうでしょ」
親指でクイと仲間を指し示すと、今さらジェニファーの姿に気づいたのか、中年親父はビクッと震える。
そのジェニファーを筆頭に、全身鎧の騎士二人、完全装備のエルフ、枯れ木のような手でピースサインを見せる老人に、ローティーンの少女二人……あー、後半はあんまり強そうじゃないけど、まあライオンとフルアーマー騎士二人でお釣りが出るよね。
「王都直衛騎士団出身の騎士二人に、高名な合成魔獣使いのサンデルコーナー家の魔術師、それに治癒師が二人もいる。その細いゴーレムだって何体も倒したことがあるし」
「お……おう、そりゃあ……すげぇ、のか?」
「情報提供ありがとう。おじさんの家が守れるかはわからないけど……ゼメカイトは、取り戻すよ」
メガネを押して、僕は宣言する。
いきなり無茶を言いやがる、と思われたかもしれないけど。
僕たちは、突入する。
「中心に『絨毯』を入れて、左右をアテナさんとクロードでカバー! 背後はファーニィ、よろしく!」
「応!」
「お任せを!」
「言っときますけど私の弓じゃライトゴーレムには刺さらないんで時間稼ぎですからね! クロード、ちゃんとフォローしてよ!」
「はいはい」
「正面は僕とユーでやる! ジェニファーは移動役だから積極的には戦わないで!」
「ガウ!」
こっちが攻める戦いだ。進み続けて叩き潰すのだから、背後のことはそんなに気にしなくてもいい。
リノとマード翁、ファーニィは「絨毯」の上で待機し、適宜働いてもらう。緊急時にはジェニファーにまとめて一気に移動させてもらえるので、乗せたままの方が好都合だ。
……それに。
「来やがったぞ」
「なるべく街を壊したくない。飛び道具は控えて戦うよ」
「ああ、危なかったらフォローしてやる」
ユーカさんに頷き、僕は駆け出し、「ゲイルディバイダー」発動。
一本なので自在に空を飛ぶほどの推力はないけれど、そこはユーカさんから盗んだ魔力フットワークでカバーして、僕は一気にライトゴーレム数体のグループに近づく。
こいつらは、動きが速い。だがそれだけだ。
戦闘手段はただの暴力。そういう意味では大きく鈍いゴーレムと何も変わらない。
「返してもらうぞ人形ども。ここは……僕らの街だ!!」
反応して長く鋭い印象の腕を振るってくるライトゴーレムの腕を、僕は「パワーストライク」で真正面から叩き斬り、胴に剣を突き立て、ねじる。
そんな僕を仲間もろとも攻撃しようとしてくる他のライトゴーレムに、僕は振り向きざまに「オーバービート」……いや、螺旋の威力向上をかけた「バスタービート」で、剣を引き抜きついでに打撃を叩き込む。
黒い斬撃痕、刺突痕、そして打撃痕が、数瞬の間をおいてゴギュッと歪んで閉じる。
刀身で切り込んだ先の二つはともかく、打撃にもこの謎の歪曲効果出るんだ……一応予想して打ったとはいえ、ちょっと驚きだ。
とはいえ、これのおかげで、ライトゴーレムたちが本来持つ「コア部分が無事なら平気で動く」という効果が阻害できる。
腕や足、あるいは腰から下まで失っても動いてしまうのがこいつらの怖いところだけど、攻撃後の歪曲は付近のパーツ全体にダメージを生じるようで、目に見えて動きが悪くなる。
そうなってしまえば多少後回しにしても問題ない。
「さあ……お前たちの手番は終わりだ!」
瞬く間に、ライトゴーレムたちはただの残骸となった。
街の四つ辻から見渡せば、ライトゴーレムはまだまだいる。
僕は笑う。
「ブラックザッパー」を掲げて、大声で叫ぶ。
「僕が来たぞ!! 『邪神殺しの後継者』が!!」
鬼畜メガネと自分で叫ぶのは嫌なので、名乗りはそっちにした。




