救援出発
みんなが揃ったところで、改めてゼメカイトの危機についても話す。
「マジかいな……竜酔亭もこりゃダメかのう。ええ子が揃っとったんじゃが」
「最初に心配するのそこかよ……」
「他の何心配しろってんじゃ。冒険者連中は自分で自分の身を守れなんだら災害がないとしてもどうしようもないじゃろ。リリーちゃんは逃げるだけなら余裕じゃろ」
「……そりゃまあ、そうなんだけどよ」
マード翁としては「守るべきゼメカイト」の象徴があの上級酒場だったようだ。
「一見お断りじゃったし、そのうちアイン君も正式に紹介してやるつもりだったんじゃが」
「……まだ潰れたとも限りませんし、今から行けば間に合うかもしれないですよ」
王家の情報なら即時性も高い。
これがただの酒場の噂なら、情報を持つ人間の移動速度に依存するので後の祭りでしかないだろう。でも、双子姫の情報網なら手紙が空だって飛ぶだろうし、それこそあのジャック・フィンザルが変な水晶でやっていた伝声魔術のように、馬よりずっと速い手段があるとしてもおかしくない。
その情報でも「連絡が途絶えた」ところまでなのだ。
連絡役が近づけなくなっただけで、ゼメカイトを守る冒険者たちが奮戦している可能性はまだまだある。
「ジェニファーの足があれば、間に合うかもしれない。町を綺麗に守ることは無理でも、何人かは救えるかもしれない」
「……ってわけだ。リノ、ジェニファー。またまたで悪いが、走ってくれるか」
ユーカさんの問いかけに、リノはジェニファーを見て、ジェニファーは「ガウ」と胸を張る。かわいい。
「アイン君の武装はどうする? 騎士団御用達の店から適当な防具を見繕うか」
「いえ、『ブラックザッパー』一本あれば大丈夫です。ドラゴンや邪神やロナルドと戦うというならまだしも、そうでもないなら『メタルマッスル』で耐えますし」
「……いよいよ理外の英雄といった趣になってきたな」
「ユーの弟子なんで戦法も自然と似通うだけですよ」
実際、性能のいいミスリル鎧を手に入れた時はその安心感に有頂天にもなったけど、鎧を信頼しすぎるわけにはいかない相手が多かった。
となると、ユーカさん直伝の「メタルマッスル」、そして何より速攻優先の攻撃的な戦闘運びをするしかない。
そう考えるとロクな装甲もない軽装で戦っていたゴリラユーカさんの姿にも納得がいくし、僕が今、そういう戦い方を実践するのは必然ですらある。
「整備ができるまで待つのは駄目なの? ……駄目か」
「できればすぐにでも出たいところだからね。もちろん、あんまり準備を怠るのも悪手だけど」
リノの疑問にはそう答える。
こんなことになるなら武装を整備に出さなかった……いや、改めて引き取ってでも……というのは少し考えたが、実際ユーカさんの言う通り、剣一本で何も問題ないといえばない。
僕はそういう戦士として成立している。
それに今回の災害に関しては、ターゲットは僕たちではない。必ずしも「受け」を意識する必要はない。
攻撃するだけして無理そうなら逃げろ、というユーカさんの提案も理に適っている。
とにかくすぐに必要なのは、数日分の食料と日用品。
それだけあれば、あとはひたすら高速移動だ。
「ったく、本当ならアタシらに色々けしかけて遊んでるバカ野郎をいよいよブッ飛ばすってトコだったんだけどな」
ユーカさんが拳を掌に打ち付けつつボヤく。
……トーマ・レリクセンに会ったこと、言うべきかな。
でも、接触の意味が分からなかったしな……お互いに何の情報を交換できたわけでもなし。
今それを言ってゼメカイトに向かう勢いを削ぐべきかどうか、と少し悩んで……とりあえずはこの件が片付いたら、と思い直す。
少なくともトーマとの接触にそこまでの重大性はないだろう。
ユーカさんの兄とはいえ、まだ若い。レリクセン家の中で強い立場というわけでもないのだろうし。
そういうわけで、僕たちはクロードやアテナさんのツテで大急ぎで準備を整えて、その日の夜に出発した。
月が明るかったのと、ジェニファーの走行速度と静粛性なら王都周辺を走る程度はいけるはず、と踏んだのだった。
ダンジョンも遺跡もなく、モンスターの出現も少ないのがこのあたりを一大都市圏とした原因だ。夜道もそれだけ安全だろう。
人間の山賊はいるかもしれないが、ジェニファーに追いつけるわけもないし、万一襲い掛かってもライオンであることを認識したら逃げ出すと思う。
……という腹積もりで爆走させていると、街道で案の定というかなんというか、山賊と隊商がモメているらしい場面を遠くから見つける。
規模の大きい野営の光を慌ただしく人々が遮り、白刃が照り返し、火花を夜闇に閃かせる。
「ありゃ……」
「どうするアイン。あんま構ってっと強行軍の意味なくなっちまうぞ」
「……でも見過ごすのもな」
悩む。
僕らは別に正義の味方じゃない。
山賊を見かけたからって取り締まるような義務はない。
その辺は完全に良心の問題でしかなく、見なかったことにして遠回りしても、誰も怒るような筋合いの話ではない。
……しばらく腕組みをして悩みつつジェニファーの歩みを緩めさせていたが、ジェニファーの背にいるリノが「こういうのはどうかな」と妙に楽しそうな声を上げた。
ちょっと嫌な予感がした。
拒否すればよかったなー、と思いながら、僕はジェニファーの背に乗っている。
一人で。
しかも半裸で。
ハルドアを出てからは戦いもなかったので、身体のあちこちに点線のようについた虚魔導石と、胸の大魔導石が闇夜に目立つぐらい光っている。
その上半身をさらけ出し、ライオンに乗った僕の姿はきっとなんかあれだ、絶対に話が通じないタイプのヤバいアレに見えるだろう。
そんな僕とジェニファーが山賊に襲い掛かり、黙って戦況が保てなくなるくらいに間引きして、そして黙って去る。
助太刀であれこれ話す時間も惜しいので、そういう体裁で一気に倒して一気に離脱してしまえ、というのがリノ案。
確かに色々話すことになったら邪魔臭い。モンスターが何かが乱入したのだと思われた方が話が早い……とは、思うけど。
「別にジェニファーだけでいい気も……」
「ガウ!」
「……あ、そうだね。ジェニファーだけに任せるとみんな不安がっちゃうしね」
「ガウ!」
冷静に考えて、いくら合成魔獣が比較的頭がいいとはいえ、乱戦に乱入させて勝手に暴れさせるというのは正気の沙汰ではない。
迂闊に殺さなくていい人を殺したらどう責任とるんだ、という話にもなるし、味方してる相手に攻撃されたら可哀想だし。
その辺の人間側の心理と事情をちゃんと慮れるジェニファー、やっぱり僕より頭いいんじゃないだろうか。
……と、思いつつ、あくまでやることとしてはモンスターの振る舞い。
「いくぞ。ジェニファー、見えてるな」
「ガオウッ!」
僕は正直あんまり見えてないけど、それは近くなったら瘴気放出でカバー。
メガネの性能が落ちた今、暗闇で目を凝らすより、こっちの方が状況を正確に感知できる。
でも、色とりどりの光を明滅させながらライオンの上で半裸で剣を担いでいるだけでもおかしいのに、瘴気まで撒き散らしたらどう見ても邪悪な何かだ。
ここから先は喋るのやめよう。
「……かああああああああああっ!!」
「ガオオオオオオオオオウッッ!!」
奇声を上げる僕と咆哮するジェニファーが山賊と隊商の護衛たちの戦いに、勢いよく乱入。
ジェニファーの爪が手近の山賊を袈裟掛けに切り裂いて、僕は瘴気を撒きながら「ブラックザッパー」を風車のように振り回し、示威と同時に魔力感知の範囲を広げる。
あまり消耗すればゼメカイトで全力が出せない。一気に駆け抜ける。
こいつは山賊。こっちも山賊だ。あれは……どっちだ。判断がつかない。全部やる必要はないから保留。
と、目星をつけた奴に僕はジェニファーの背から飛んで躍りかかり、「ブラックザッパー」の黒い斬撃を次々に浴びせて数を減らす。
「な、なんだぁっ!?」
「おいっ! も、モンスターだ! しかもゴブリンなんかじゃねえ、ありゃなんだ、狼……いや、虎か!?」
「ひぃぃっ! なんでこんな時にっ!?」
「ひっ、人型のもいるぞ!? 強い!!」
敵味方全員色めき立ち、浮足立つ。
そんな中、ジェニファーと目を合わせ、もっとハデに「モンスター」らしくやろう、と頷き合い。
「おおおおおおおおおおお!!」
「ゴオオアアアアアアアアアア!!」
絶叫しながら、見境なく……というていで、山賊側の連中を狙って暴れ、斬り、叩き潰し、蹴り倒す。
そして混乱が続いているうちに、サッとジェニファーに乗って、改めて煙幕代わりに瘴気を撒きつつ撤退。
数は数十秒で十人以上は減らした。これで山賊側が勝つことはないだろう。
帰り道はジェニファーに抱きつくようにして光を隠しつつ、背中側にも虚魔導石がちらほらあるので、そっちの魔力は体内魔力操作で吸い上げて胸側に移し、光らせないようにして戻る。
「ただいま……」
「グッジョブ。あれで人間の助太刀と思う奴はいねえだろ」
「瘴気まで撒いてたものね……そういえばリーダーそんな真似もできたなーって今思い出したわ」
「ファーニィちゃんも地味に弓矢撃っとったぞい」
「地味って言わないで下さいよ! この夜闇の中で当てましたよ私! 超褒めていいんですよ!」
改めて僕は服を着て、ジェニファーには空飛ぶ絨毯の引き綱を繋いで、隊商と山賊の戦いの現場を避けるように移動開始。
今度こそゼメカイトに一直線だ。
しばらく後に、王都近辺に「肉食獣型のモンスターに乗る親玉級人型モンスター」の手配が出るが、当然僕らはすっとぼけることになる。




