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魔獣の判定

 双子姫が帰った後、しばらくしてクロードとアテナさんが戻ってきた。

「クロード。今さっきまで双子姫いたんだよ」

「えっ。……入れ違いですか。まあ、仕方ないですね」

「……クロード、なんか調子悪い?」

「はい?」

「いつもならもっと慌てるなり飛び出すなりしそうなのに。実家で何かあった?」

「……いえ。特には」

 クロードは双子姫……というか、マリス姫のこととなればテンションがおかしくなると思っていた。

 しかし落ち着いたものだ。あるいは、今後について腹をくくったのかな。

 既にドラゴン撃退の冒険者の一員として、充分に自慢できる功績を挙げている。

 ドラゴンに正面から立ち向かい、勝つというのは、たとえ自分がメイン火力でなかったにしても普通の冒険者なら一生自慢できるような出来事だ。

「冒険者」としてこれ以上を望むのは、それこそユーカさん超えぐらいしないと難しいだろう。

 となれば、今その功績を以てパーティを抜け、ヒューベルに舞い戻るのも大いにアリの選択肢だ。

 あるいは、これから始まるであろう戦争に参加するというのもひとつの道かもしれない。

 戦争が起こりそうもない小康状態だったのはもう過去の話であり、チャンスに飢えて冒険者になったクロードがこのまま冒険を続けるより、そちらで力を示すのが正道であるといえる。

 特にラウガン連合との闘いは、騎士同士の一騎打ちが多く予想される。

 冒険で鍛えた戦闘勘と剣技、そして使いこなせるようになった魔導具や魔剣の力を活用し、クロードが名を挙げるのは決して難しい事ではないだろう。

 そういう進路を定めたのなら、マリス姫との細かい逢瀬はもはや問題ではない……かも、しれない。

 ……なんて、別れの予感に少し憂鬱になったが。

「マリスマリスと、いつまでも卑しく騒いでいる場合ではありませんからね。……私は、ヒューベル貴族。この国の誇り高く、そして心ある貴族として、己を律していかなくてはならないと決意を新たにしてきました」

「クロード……」

「父と、ハルドアであったことを話しました。……貴族という存在の宿業、人々を取りまとめる意味と責任……私の想いに父も共感してくれました。何より、それを知る旅に自ら赴き、見事戻った私をこそ、誇りに思うと」

 よほどそう言われたのが嬉しかったのか、言いながら目を軽く潤ませ、鼻頭をこするクロード。

「……マリスを想う気持ちは決して変わることはありません。ですが、もうそれだけを見ている子供でもいられない……と、思うのです。良縁は家を強くし、明るい未来を作るかもしれませんが、そればかり追い求めているようでは、後が思いやられるというものでしょう」

「……す、すごい。大人だ……」

「アインさんに言われるとなんだか変な気持ちになりますね」

 苦笑するクロード。

 いや、僕から見ると本当に立派過ぎて眩いほどだ。

 僕にはそもそも未来図がない。

 このままおじさんになった時、僕はどんな形で生きているのか、全然予定も理想もありはしない。

 ユーカさんのおかげで強さは手に入り、少なくとも理屈の上では「どうせそんな未来まで生きちゃいない」なんて捨て鉢なことは言わなくてよくなったものの、生き様としては相変わらず大して未来を見てはいない。

 攻撃力という意味では僕の方が上かもしれないけれど、少なくとも人間としてはクロードの方がずっと先を行っている気がする。

「クロード君は良い当主になれそうだな。……私も実家と騎士団双方で、身の振り方をそろそろ真剣に考えねばいけないと怒られた」

 アテナさんは微妙にバツ悪そうに笑う。

「なんて答えたんですか」

「愛人志望だと言ったらどっちでも泣かれた」

「そりゃそうですよ!」

「しかし実際、そこらの男の嫁になるには腕っ節を鍛え過ぎた。誰も自分を二本指で絞め殺す女を嫁として暮らしたくはあるまい」

「……マジでフルプレさんかロナルドレベルじゃないと無理かもしれませんね」

 僕が引きつり笑いで言うと、アテナさんは少し考えこむ。

「ロナルド……いや、ロナルドか……」

「単に戦闘力的な可能性で言っただけですよ?」

「……うむ。まあ、あとは君くらいだな」

 僕を少し悪戯っぽい目で見て、それからユーカさんを見て、アテナさんは目を閉じ。

「まあ、その場合は結局愛人だが」

「実は愛人に変な憧れ持ってません?」

「そんなことはないぞ。花嫁に全く可能性を感じていないだけだ」

 胸を張ってしまう彼女が清々しいというか不憫というか。


 最後に、リノとジェニファー、そしてマード翁が戻ってきた。

 そしてリノがたいへん複雑な顔をしている。

「…………」

「どうしたのリノ」

「……なんか、本家で昇級扱いになってた……ジェニファーが魔術攻撃使えるのと同等扱いで……」

 ……そんなんアリなんだ?

 いや、王家というか双子姫からの手回しが利いたってことなんだろうけど。

「それってそういう風に融通利かせられるモンだったの……?」

「わかんない……とにかく今戻ったらまた基礎学習再開していいって言われたけど、断ってきたわ」

「えっ、いやジェニファー処分しなくていいなら家出継続しなくてもいいんじゃ?」

「逆になんかお父様お母様の言うことが信用できなくなってきたわ。若干非人間的なところはあるけど判断は正確ってとこだけは信じてたのに……」

「……そりゃ確かに難しい」

 歩み寄りの妥協が逆に信用マイナスになっちゃう系かー。

「ワシの出番がなくて良かったというべきかのう」

 マード翁がヒゲを撫でる。

 強圧的にリノを取り押さえられたらどうしよう、というのでついていかせたのだけど。

「……あ、でも魔導書何冊か持ち出してきたわ。これでもう少し戦いに貢献できるかも」

 リノがジェニファーのサドルバッグから立派な装丁の本を取り出してみせた。

 僕には魔術文字が読めないので、ユーカさんに視線を送る。

耐性付加(レジスト)の魔導書だな。確かに、ありゃーあったで便利だけど……攻撃魔術のはねーの?」

「一応、ひとつはあるけど……そもそもウチは冒険魔術師なんて輩出してないから思った以上に専門外で。これしかなかったわ」

 ゴソ、とリノが取り出した魔導書を一瞥し、「ファイヤーボールだな」と教えてくれるユーカさん。

「……そういえば、魔導書って基本的には魔導具と同じで魔術文字に魔力込めれば発動するんだよね? じゃあ僕もそういうのに載ってる魔術って使えるのかな」

「まあ、やってできなくはないけど……ページめくりながら必要な段落に魔術流す必要あるから、咄嗟にはやりづれーぞ。だいたい誤動作防止に途中にダミーページあるからそれ飛ばして使う必要もあるし」

「で、でも一度は使ってみたいな。無詠唱だと本当に軽いのしか使えないし」

「まず魔術文字読めねーといけねーんだっつーの。どれが要る文でどれが要らない文なのかを判断しながら魔力を適切に流して、だな」

 と、ユーカさんが講義してるのを僕が聞いていると、おもむろにジェニファーがリノの手からファイヤーボールの魔導書を取り、開き、器用になぞり。

「ガウ」

 手を壁に向け、一声吠える。

 ……火球が、出た。


『……わーーーー!?』


 ジェニファーがリノの真似してるなーそういう可愛いとこあるよなー……とみんな一度スルーしかけて、二度見して、慌ててその火球をみんなで打ち消しにかかる。

 そのまま着弾したらボヤが起きてしまう。危ない。

 ……っていうか。

「魔導書使えんのお前!?」

「ガウ」

 否定とも肯定ともいえないすっとぼけた顔でジェニファーは魔導書を置いた。

 ……あ、いや、待て。

 結果的にリノの両親の判定、合ってるじゃん。

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― 新着の感想 ―
[一言] これジェニファーもリノもかなり優秀というオチでは?
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