遺跡暴走現象
「落ちたってどういう? ゼメカイトは他国からは簡単に入れる位置じゃない……いきなり手が届く範囲には一応ハルドアもあるけど、ハルドアの余剰戦力をかき集めたって……」
ゼメカイトは国内随一の冒険者の聖地だ。
未制圧のダンジョンや遺跡が多く存在し、大型モンスターの野外徘徊も時々ある。
それを活用した新魔導兵器の実験、あるいは単純に練度向上を狙っての中央からの派兵頻度も高い。
ドラゴンを押し付ける場所の選択肢に一度は上ったくらいで、街としての保有戦力が高いため、虚を突くような軍事作戦で簡単に落ちるようなところでもないはずだ。
……しかし。
「遺跡の一つが暴走したようですわ。過去にそう幾度もあったことではないのですが……」
「暴走……?」
遺跡が暴走……って、どういうことだ……?
「何らかの理由で遺跡の機能が異常な活性化を起こし、結果として遺跡固有の守護者であるモンスターが周辺地域に溢れる現象です。一定期間続いた後に遺跡は全機能を失い、完全な廃墟と化しますの」
「我が国の歴史では800年の間に一度だけ。西大陸全体でも最後に起きたのは300年近くも昔のことです」
そんな現象があるのか……。
ダンジョンならば比較的難度の低い場所もあり、ある程度腕が上がれば自然と金策の選択肢に入るが、遺跡はその性質上、完全に上級者向けの領域だ。
手に入るものは魔導書を始め、古代文明ゆかりの実用品なので発掘のし甲斐があるが……親玉を倒せばそれで場を潰せる、というようなルールがなく、しかも親玉に匹敵するモンスターが複数いることも珍しくない。
ダンジョンは基本的に「道」であり、敵が来る方向を絞れるが、遺跡は「地区」であるために囲まれがちなのも怖いところだ。
とにかく弱い奴が迂闊に踏み込むな、というのが、冒険者の酒場で聞けることの全て。
そういう事情もあり、遺跡という存在は冒険者同士で共有している情報が少なく、壁貼りの雑魚冒険者から一足飛びで伸びた僕にとっては未知の部分が多い。
「……そのモンスターどもによる襲撃を受け、ゼメカイトでは市街全域の住人に近隣地域への避難を指示。いくらかの冒険者と兵が時間稼ぎに残ったようですが……」
「その後の連絡は取れなくなったようです。被害は甚大ですわ。……避難民もみな無事だったとは言えない模様。暴走が終わっても、再興は難しいかもしれませんわね」
「…………」
まあ、無能と蔑まれたくらいだ。友人というほどの人物がいたわけではないけれど。
僕にとっては、この国で一番馴染んだ街の壊滅。
それに……。
「リリエイラさんは……」
「リリエイラ・アーキンス。……兄やユーカ様の戦友ですわね」
「彼女ほどの魔術師であるならば、ゴーレムやサーペントなどが何千いたところで倒されるという事はないのではないかしら。勝てるかはまた別として、ですが」
……まあ、あのリリエイラさんが大群相手にむざむざとやられるというのも想像しにくくはあるけど。
と、少し安心していると、ユーカさん(と、ファーニィ)が部屋に入ってきた。
「アイツは先に絵図を描ける攻めは滅法強いけど、用意できてないシチュエーションだとだいぶ脆いぞ。まあ魔術師なんてだいたいそんなもんだけど」
「ユーカ様」
「どうするアイン。武具は出しちまったみたいだけど、行くか?」
「…………」
「ジェニファーの足なら最短距離で三日もあればイケんだろ。サーペントやゴーレム如きに鎧でガチガチに固める必要はねえ、あの変な剣がありゃあいい」
「……本当に、いけるかな」
あのフィンザル公爵軍にも手を出しあぐねたのが僕らだ。
ゼメカイトを壊滅させるにはあの軍隊でも時間がかかるはず。つまり、ゼメカイトを攻めたモンスターどもはあれより強いと見た方がいい。
そして、今はハルドアで主戦力だった当のリリエイラさんや大賢者ヴォルコフ老もいない。
もっと戦力を揃えるあてがあるならともかく……いや、ジェニファーで急行することを考えれば、これ以上というのも難しいか……。
それに、行って何かが救えるだろうか。
ただの廃墟になった街のために、取るものも取らずに駆けつけても仕方がないんじゃないか。
「……腑抜けてんな、アイン」
「…………」
「おらッ!」
パァン、と僕の尻を叩くユーカさん。
「シャンとしろ! 理由とかいちいち考えこむな! アタシはまず自分と仲間のことを考えろとは言ったが、他人のことはどーでもいいから見捨てろなんて言った覚えもねーぞ! やって駄目なら引きゃいいんだ、とりあえずブチかますんでいいだろーよ!」
「いっつ……そ、それはそうだけど」
相変わらず思考がパワー系だ。
……いや。
トーマ・レリクセンの言を思い出す。
……ユーカさんは乱暴なようで、よく考えて振る舞っている。
僕をけしかけるということは、行った方が後悔しないだろうと思っているんだ。
「ファーニィも……行くんでいいの?」
「私は別に街暮らしにそこまで執着するつもりもないんで! ハルドアでの戦いも後半はほとんどなんにもしてないし、休みは充分取った感じですし」
「……意外と結構やる気高いよね君」
「意外でも何でもないと思いますけど!? 私ずっと有能アピールしてますよね!?」
なんか未だに土壇場でスッと逃げそうなお調子者ってイメージあるけど、実際はそういうこと全然してないんだよな……僕の認識の方がおかしいのか。
「よし、それじゃ決まりか」
腕組みをするユーカさん。
上下の服はもちろん、結構ボロボロになっていたケープも新調してピカピカの恰好。
色々な心配事や復讐完了の喪失感で冴えない僕とはまるで逆だ。
「ま、待って待って。『いくつか』って言ってたからには、他にもなんか情報あるはずだから。……だよね?」
双子姫に確認する。
二人は揃ってにっこり。
「お気遣い感謝しますわ♥」
「兄ならばここで話が終わっていたところ。やはり王家の運営にはアイン様のお力と細やかな人格こそが……うふふ♥」
「そういうのいいから……」
双子姫のいつものアピールをなんとかなだめながら、この子たちが「黒幕」の可能性もあるんだよな、とふと考える。
いや、この子たちとも限らない、か。
ヒューベル王家は一枚岩ではない。彼女らとフルプレさんも全く別の意図で動いているし、それと国王アルバート七世もまた違うようだし。
……ひとつの意図のもとに、ユーカさんと僕は導かれた。
リリエイラさんがその黒幕ではないと(少なくとも今のところは)考えられる中、誰の意図にどこまで乗ればいいものか。
警戒しようにも、その糸口さえ見えない。
……ユーカさんは案外、そのヒントを得るために飛び込み続けることを選択しているのかもしれない。
何もわからないままじゃ、何も選べないよな。
双子姫の他の報告は、ゼメカイト陥落に比べればそうインパクトのない話ではあった。
例えば水霊のミリィ団長が結局フルプレさんと婚約することになったとか、サンデルコーナー経由でロナルド・ラングラフが合成魔獣を買って育て始めたらしいとか。
あと、デルトールの方にミミル教団のあの傲慢野郎クレスキンが出没しているらしい、という話とか。
「クレスキンにはもう興味あんまりないんだけど……なんでデルトールなんかに」
「教団のコネでデルトール当局の『お抱え』の一人として雇われたようですわ。しばらく勤め上げて鎮護隊の評判を上げたら中央に戻る手筈だとか」
「……すごくどうでもいいな……でもデルトールにはしばらく近づかない方がよさそうかな」
いわゆる左遷というやつだろう。でもあんなのがデカい顔をするところにそうそう近づくべきではないと思う。
「アイン様が気にする必要はないのではないでしょうか」
「ルザーク様のおかげで現地では下にも置かぬ扱いになったと聞きますが」
「……そういやそんな事もあったかも」
結局「邪神もどき」との激突のために色々うやむやになってしまったけど、随分風評振り撒いてたなルザーク……。
今も向こうに行けばいい扱いを受けるのかなあ。……もうわざわざあそこで稼ぐ必要もあんまりないけど。




