呪われた少女
「僕が丸腰な時を狙ってトラブルを持ち込む奴がよくいるんでね。ちょっと警戒してたんだ。すまない」
「あ、ええと……その、ある意味当たってるかも……」
「うん?」
ヒョロい男は僕の剣呑な目つきに怯んだ様子で少しオドオドしつつも、意を決したように僕に視線を合わせる。
「あの……君が、“屠龍の鬼畜メガネ”の人だよね?」
「……その二つ名はまだ聞いたことないなー……」
“妖光の~”も素直に僕だと名乗るのには抵抗があるが、僕に断りもなく二つ名を新調されても「そうだよ」と言いづらい。
まあ鬼畜メガネというからにはおそらく僕なんだろうけど、本当に僅かながら別人の可能性もあるし。
だいたい屠龍……龍を屠ったと言われても、僕ドラゴン殺してないし。
元々鬼畜メガネというお題目も不満なので、なんかもう全面的に間違っているような気がする。
「えっ……違った?」
そしてヒョロヒョロ青年の方も自信なさげな顔をするので罪悪感。
……不満な二つ名だが、別に彼を混乱させたいわけではない。
「まあ、多分僕のことだとは思う……冒険者のアイン・ランダーズを探していたのなら、ね」
「……そうか。じゃあ、君が“殺意の禁呪”をコピーしているっていうのも本当かい……?」
「……?」
禁呪……?
いきなり禍々しい言葉に戸惑ってしまう。
しかし、数秒も落ち着いて考えれば、それが“邪神殺し”の力のことだと理解はできる。
でも、何故そんな名で呼ぶ……?
いや、そもそも、パーティ外の人間にはほとんど実在を知られていない力だ。
それを何故……!
もっともっと冷静になれれば、類推は容易かったと思う。しかし一度敵としての警戒をスカされて、目の前の人物がとるに足らない虚弱な青年だと警戒を解いてしまっていたせいで、混乱する。
「理論上、それは遺伝による拡散の可能性はあるにせよ、人にパスしようとしてできるような代物じゃないはずなのに……でも、人類があの合成魔獣とまともに戦うにはそれなしでは有り得ない。あるいはイレギュラーな伝染が生じた……? そもそも伝染なのか? もしかしたら無意識的な呪法再生産……」
「おいっ……!」
僕は青年の肩を掴み、揺する。
「禁呪ってどういうことだ? ……これは、そういうものなのか!?」
いいものではない。それは薄々感じていた
しかしその上で、付き合っていくこともできるものだと思っていた。
ユーカさんを「人類最強」たらしめた天与の才能。
無限の破壊の可能性を引き出し、限界ギリギリ、破滅寸前まで自らを制御する、狂戦士の本能めいた特別な領域。
あまりにも攻撃的であるにせよ、それはきっと人類が生き残るために必要な「才能」であると思えたからこそ、リリエイラさんの「人に造られた力」だという説にピンとこず、その指摘を聞き流してしまっていた。
でも。
今、この青年が言った……“殺意の禁呪”という名前。
その言葉で捉え直せば、なんと的確にその性質が説明できることだろう。
……そして。
それをユーカさんが与えられたのだとすれば。
それがもし、もしも……あの合成魔獣を生むに至る実験の一環なのだとすれば。
「お前はっ……お前たちは、何なんだ……!? レリクセン!! 仮にも人に……我が子に施していいものなのか、それは!?」
「……まだ名乗ってはいなかったと思うけど……まあ、バレバレか。そうだろうな」
青年は、気弱な笑みを浮かべ……やっぱりその姿は印象通りの、ただただ不健康で弱々しい、力なき青年のものでしかなくて、あまりにも邪な話題を罪悪感なく語るには似つかわしくないと思えてしまう。
「君の推測通り、それは正真正銘の呪いだ。便利な面もあるけれど、基本的には対象者を深淵に引きずり込む、魔の鎖……そして、ユーカはそれをそうと知らないまま使いこなし、今に至っているね」
「……!!」
「でも、それはいいじゃないか。実際にユーカはそれを宿していたから生き延びられた……勝てた戦いがたくさんあったはずだ。問題はそれがどういうわけか、君にも伝染ったことで……」
「それで済ませられることか!?」
ユーカさんは、その呪いに導かれるままに暴力に生きるしかなかったじゃないか。
便利な力だと割り切ろうと思えば割り切れる、かもしれない。
気に食わなければ使おうとしなければいい、そう言い捨ててしまえるかもしれない。
でも、それで本当に正当化していい事か?
そんな結果オーライで、まだ何もわからない歳の……おそらくは赤ん坊に、試すように呪いをかけたことを笑い飛ばしていいのか?
感情が荒れ狂う。
きっと僕は、シーナに重ねている。
あるいは、ハルドアで見てきた別の形の「暴力の化身」たるガドフォードやデビッドたちの姿にも重ねているかもしれない。
才能のみを買われて飼われ、狂おしく力に溺れよと望まれ……幸せを望まれることはついぞなかった、あの権力者の道具たち。
それと、何が違うというんだ。
「……考え方の違いだと思うけどね。事実、それで人の限界を乗り越えたユーカの存在が、今までどうしようもなかった邪神級のダンジョンを踏破可能にし、人類世界を大きくしているだろう。それは本当に不幸だと思うか?」
青年は気弱さを引っ込めた顔で、僕を見つめ返す。
「少なくとも、僕は呪いを乗りこなしてみせた妹を誇りに思っているけどね」




