悪徳の終焉
「ひ、ひぃっ……た、助けてくれ! 俺は何もしてない……何も悪い事なんか……」
「リリエイラさん、反応は」
「……クロ。こいつも妹さんの殺害現場に間違いなくいたはずよ」
「い、妹……? お、俺は人なんか殺してない……何かの間違いだ」
追い詰められて喚く若い貴族に、ファーニィが弓を引いて突きつける。
「あなたが自分の手で殺してないだけですよね? 他にも同族が何人も惨死してる現場です。それを至近距離で見ていて『悪い事をしていない』なんて、いかにも愚鈍な人間族らしい感性」
「や、やめろっ! 撃たないでくれ! ど、どれのことかは知らないけど、俺は見てただけだから!」
「迷うほど何度も見てたんですね」
ガッ、とファーニィの弓が音を立てる。
弦から手を離し、その矢が放たれた音だ。
自分の肩が壁に縫い付けられたのを見て、貴族はギャアアッと悲鳴を上げる。
「アイン様。どうぞ」
「……うん」
メガネを押して。
「正直、飽きてきたけど。残しておくわけにはいかなくてね」
「な、なんでっ!! なんで俺がこんな目に合わなきゃいけないんだぁっ!!」
「ああ、いい反応だ。すごくいい」
僕は1ミリも微笑むことなく。
「反省のない奴を斬るのは、罪悪感がないからね」
剣を抜き、頭のてっぺんから真っ二つにした。
ハルドア王国は、崩壊した。
ガドフォード戦後、僕たちはクローサから動かず、ことの推移を見守っていただけだったが、電撃的に侵攻したヒューベル軍は瞬く間にフィンザル公爵軍を食い千切って王都へ侵攻。
間が悪いというかなんというか……フィンザル公爵はクローサを獲るにあたって邪魔を排除するつもりだったのか、敵対派閥の兵がうまく集まらないよう工作していたようで、慌てて王家が招集した戦力でもヒューベル軍には全く歯が立たず、あっという間に蹴散らされ、王家は降伏。
結果的には、僕たちのフィンザル家への挑発が実にいい役割を果たしてしまったことになる。
「気に入らないわね」
「謝罪をするつもりはない」
リリエイラさんとフルプレさん……ローレンス王子は、フィンザル公爵軍撃退の日の晩に会見した。
なんの断りもなく間者で動きを探り、軍事的に利用されたことにリリエイラさんは腹を立てていたが、フルプレさんは全くの無表情でそれを跳ね返した。
「もとよりハルドアは父王の標的の一つであった。ドラゴンをハルドア領に追いやったとスイフトが報告を上げた時点で動きが始まっていたのだ。ドラゴン侵略の混乱に乗じるつもりであった」
「…………」
「このような場所で公爵家と構えていた貴様らとて、事情があったのは察するが、我らヒューベル軍にとってみれば些事でしかない。……クローサ占領の手間を取らずに済んだのは僥倖だったがな」
「クローサを無料で差し出すつもりはないのだけど」
「ならば我々と敵対するつもりという事か」
「…………」
「我を張るな。悪いようにはしない。……どの道、フィンザルを撃滅すれば半ばハルドアは墜ちたようなものだ。日和見の小貴族どもには前々から手を回している。ハルドアが全軍を挙げようにもロクに動けず、士気も極めて低い状況だ。クローサだけを突っ張らせても保たんぞ」
「……はぁ。全く、王子様らしくなっちゃって」
「元より王子である」
リリエイラさんは両手を挙げて降参のポーズ。
「ハルドアがフィンザル派の専横によって末期的状態にあるのは事実。もしここでジャック・フィンザルを討ち取れたとしても、それをした私たちを、他のフィンザル派や王家も見逃しておくことはない。貴族の権威の失墜は国家構造の冒涜……私たちはいずれ圧し潰されるか、その前に逃げ出さないといけなかったのも間違いない」
「うむ。……最善の結末と言えるかはわからぬが、国のことは国の力で片付けるのが良い。貴様らのなすべき仕事は違うのであろう」
「……それにしたって、酷い横入りだけどね」
「見解の違いだな」
「……それと、フルプレートさん。山奥のドラゴンのことだけど」
「皆まで言わずともよい。我らとて無駄に損耗するつもりはない」
「……ありがとう」
フルプレさんはどこまで理解しているのか。
……とはいえ、あれと戦うのは得策じゃない、というのは事実。
アルバルティアを襲った水竜相手でさえ決め手を欠いたのだ。その数倍もあり、空中移動能力まであるドラゴンとやりあうのは破滅的でさえある。
現実的な思考をするなら、相手をせずに済ませることを徹底するのがヒューベル軍としては妥当だろう。
無駄に悪名を広めたくないリリエイラさんの思惑と、そこはうまく合致していた。
クローサはその後、レジスタンスや大賢者ヴォルコフ老を代表とした交渉ののち、ヒューベル軍の拠点として入城を受け入れる。
そして僕たちは彼らの進撃とは別行動を取り、フィンザル派の高位貴族を中心に「人食いガディ」関連事件の実行犯を探しては仕留めるというのを繰り返し……やがてジャック・フィンザルは瓦解した私兵の立て直しに苦慮しつつ、ヒューベル軍と体裁を繕うような散発的な交戦を繰り返した末、王家降伏で進退窮まって自殺したと風の噂に聞いた。
ガドフォード戦から約三週間での出来事だった。
「これで残るはあと二人……どうする、アイン君? 飽きてきたならそろそろ手を引いておく?」
「あと二人なら、やり遂げますよ」
途中で幾人かが仲間を売り、「人食いガディ」事件の実行グループの詳細が判明していた。
中にはまだ十歳やそこらの少年、あるいは嗜虐趣味の女貴族まで、この悪趣味な行為の見物に参加していたらしい。
そのうちの誰と誰がシーナ殺しに立ち会ったのか。それは、もう彼らにも記録なんか残っていないので曖昧だけど。
そして、「餌」が死ぬまでに行う行為の数々も聞いた。
普通に思いつくような加虐は全部やっていて、聞いている方が正気を疑うような行為も気まぐれにやっていたという。
その「人食いガディ」として楽しむ時間は、デビッドにつられて皆、あらゆる倫理のタガが外れ、最後に巨大犬や双頭狼に食わせて偽装する、という後始末を守れる限りにおいて、彼らは人の道を踏み外しきっていた。
その話を聞いていたクロードは、もうだいぶグロテスクにも慣れてきたはずなのに吐いたほどだった。
「……それにしても、盛り上がらねーもんだな。人相手の狩りってのはよ」
ユーカさんが頭の後ろで手を組みながら心底つまらなそうに言う。
「モンスターなら、どんな雑魚だとしても戦いは戦いだけどよ。こうなってくると何も得るものがねえ。人生を無駄にしてる感覚すげーわ」
「ユーは別に見てなくてもいいんだよ。復讐は、僕の仕事だし」
「アタシもその片棒を担ぐって決めたんだ。見届けはするさ。……でも、まあ、」
ユーカさんは呟くように。
「こんなのより冒険してーわ。オメーにも、そう思って欲しい」
そうして、僕らは腐敗した国の残骸の中で、淡々と復讐を進めた。




