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持てる者

 さすがにもう、デビッドの時のような油断はしない。

 相手はデビッド以上。しかも、その気になればいくらでも大戦力を駆り出せるフィンザル公爵が、大賢者ヴォルコフがこちらにいると知ってなお、あえて持ち出してくるほど頼りにしている戦力だ。

 その危険度は単騎でヒューベルの並み居る騎士団を躊躇させたロナルドと同等、手の内が見えないことを考えれば、それ以上に警戒してしかるべきだ。

 警戒しているからこそ、先に手を出す。

 手の内が見えないなら僕が引きずり出すまでだ。

「はぁぁぁっ!!」

「はっはぁ! 血の気の多いガキだな!」

 血まみれで飛んできたオッサンに、開口一番血の気が云々言われるとは冗談が過ぎる。

 だが、僕が赤黒二刀で放った「バスタースラッシュ」二連は、やはりというか、決定打にならない。

 剣にまるで団子のように纏わせた魔力塊で、斬撃をまとめて薙ぎ払ってしまった。

 その魔力塊がしっかり見えているのは僕と、おそらくはリリエイラさんくらいなのだけど。

「アテナさん、守りはよろしく……こいつは、僕じゃないと駄目だ」

「逸るな。皆いるのだ、クロード君と三人でかかろう」

「駄目です。……今ので分かった。僕と同じ、魔術師適性が妙に高いタイプです」

 本来、「オーバースラッシュ」は、夜、あるいは煙や瘴気などのある状況でなくては目で見るのは難しい。薄い魔力光は、通常の視力で捉えるのは困難なのだ。

 それは「バスタースラッシュ」も同様。加速率は高いが放射している魔力量自体は変わらないので、光度が増すわけでもなく、普通は目で捉えて防ぐのは極めて難易度が高い、はずだ。

 しかし、奴は難なく無傷で、無造作に打ち払ってしまった。

「オーバースラッシュ」ですら、ほとんどのハルドア人は「何の魔術だ」と狼狽えるほどの珍しさだというのに、それを三倍もの加速で放つ「バスタースラッシュ」を、ただのあてずっぽうで防げるはずはない。

 間違いなく、完全に見えている。

「はッ。いくらバカとはいえ、あのデビッドを逃げることさえさせずに仕留めたというからには、それなりだとは踏んでいたが。そうか、お前もそういうタイプか。なら、まぐれ(フロック)もあるか」

「…………」

 メガネをグッと押して、改めて構える。

 僕と同等の魔力への感性だけではなく、瞬時にあの対応ができたからには、操作能力も互角以上と見るべきだ。

 相手を弱く見積もるミスは、もうしない。

 ……しかし、僕の一番の強みを相手も持っていると仮定すると、他の部分で勝負する必要がある。

 体格は相手の方が上、基礎的な身体能力も、僕より弱いという事はないだろう。全身鎧を着た状態で崩れ落ちる馬から飛び降りてみせた動きを見ても、充分に騎士として一流であることは疑いない。

 剣術自体も、僕はまだまだ付け焼き刃だ。真正面からやり合って僕に打ち負けるなら、アテナさんにさえ優勢を保ったデビッドを格下扱いはできまい。

 となれば、あとは単純に二刀の手数と、“邪神殺し”。

 敵を撃破することに対する無限の発想力と、限界ギリギリまで痛みを無視する副作用。それでいくしかない。

 ……デビッドの時のように、あの無拍子の斬撃……「ゼロモーション」が使えたらな。

 あれなら、こいつがどんな達人だろうが関係なく倒せる。回避も防御も有り得ない瞬殺の一太刀。

 だけど、あの時は確実にやれると自然に思えたそれも、何か条件が合わないのか、全くやれそうな手ごたえがない。

 剣が違うと駄目なのか?

 構えか、あるいは負傷ゆえの集中?

 もしかしたらデビッド個人の挙動に何か斬れる理由があったのかもしれない。

 ああ、こんな時に自分が半人前以下であると実感する。

“邪神殺し”に頼って初めて使える技は、言わばその時限りのまぐれのようなものだ。理屈を理解していなくても身体が勝手に確信して動き、結果として生み出された一撃は再現性に乏しい。

 相手にしてみれば無限に「奇跡の一撃」が生み出されうる状況はたまったものじゃないだろうが、使う側の観点だと自分の次の「まぐれ」が制御できないのはあまりに不安だ。

 もしも充分に経験を積んだ剣士なら、自分がやったことの因果関係を後から辿り、一度限りの奇跡を自分のものにだってできるかもしれないが、僕はそうはいかない。

 ただ、できる気がするかしないかを、瞬間瞬間で見切っていくだけだ。


「さあて、喰わせてもらうとするか。……男はいらんぞ!!」


 ガドフォードが動いた。

 ……速い!

 フルプレさんのような爆発的、直線的な突進力じゃない。

 動き出しの僅かなクセとブレが予測を撹乱し、一瞬を置いての急加速を余計に速く見せる、嫌な速さだ。

 そして、剣に絡む魔力はさらに癖が強い。 

「ぐっ……!」

「っははぁ!! 死ねえぃ!!」

 剣を受けてから一瞬後に衝撃が重なってくる。

 あえて剣と魔力を揃えず、わずかに遅く魔力塊を叩きつけることで、こちらの防御解除を阻害し、次の行動を遅延させる仕組みだ。

 しかも、斬撃より続く魔力塊の衝撃力の方が高い。

 隙をつくために片方だけで捌こうとすると押し負ける。

 これではせっかくの二刀流が生かせない。手数で上回ろうという僕の作戦が見抜かれているのか。

 下劣で猟奇的な物言いにそぐわず、冷静でテクニカルな戦術を使う。この魔力コントロールが意図したものであるならば、まだまだその応用には二番底も三番底もあるはずだ。

 どう切り開く。どう攻める。

 これ以上後手に回ったらまずい。ただでさえこっちは手札が少ない。選択肢を飽和させられたら終わりだ。

 先に手でも足でも、少しでもダメージを与えて自由を奪わないと。

─そうだ。相手は有限(・・)だ。こちらは無尽蔵(・・・)だ。─

 もう一人の僕の思考が、動き始める。

─つまり、相打ちでもこちらは丸儲けだ。そうだろう?─

 ……駄目だ。その思考は、有効じゃない。

 マード翁の高速治癒を頼って、自らを犠牲にしてダメージを取っていく作戦。

 だが問題が二つ。今のマード翁の治癒術は、完全に信用がおけるものじゃない。

 そして、それを治癒している間にアテナさんやクロードに任せるのは危険すぎる。

 こいつも魔力充填速度は充分に速い。ほんの数十秒もあれば魔力剣技のゴリ押しで二人を切り伏せてしまえる。

 雑に身を捨てて後を頼むというのは、全滅一直線の舵取りになりかねない。

「……く……!」

「なかなかしつこいな、塵芥の分際で!」

 ギギィン、ギィン、と剣同士の悲鳴が響く。

 豪快なフォームの斬撃を両剣で必死に受け止め、いなし、なんとか剣戟の体裁を取り続ける。

“邪神殺し”の効果で、数瞬の隙があれば殺せる、という手段はいくらでも浮かんでくる。

 だが、あくまで隙があれば、だ。

 少なくとも僕が付け込める隙は見当たらない。それを解決するのはあくまで経験と鍛錬のみであり、“邪神殺し”がそれの代わりにはなり得ない。

 今のメリットは、あくまで負傷してもその痛みを制御し、冷静に戦闘継続できる。それだけだ。

 ……諦めるな。

 圧倒されるな。

 相手もただの人間だ。

 こいつは……ガドフォードは、ドラゴンじゃない。

 ユーカさんのような歴史を変える英雄でもない。

「邪神もどき」でもなければ、ロナルドのような本物の剣豪でもない。

「同じ人間だ……殺せないわけが、あるか!」

「同じ人間? はッ、馬鹿を言う!! 貴様らと俺が同じなものか!!」

 剣を打ち付けながら、ガドフォードは嘲笑する。

「人は!! 与えられたものが全てだ!! どんなに勝ち取っただの運を掴んだだのと言っても、生まれた時に与えられたものが全てだ!! 勝ち取れるだけの何かを与えられ、勝ち取れと言われ、勝ち取らされているだけだ!! 与えられたものの大きさがこの世の全て!! 貴様らは身の丈以上を勝ち取れるという御伽噺を吹き込まれ、鵜呑みにして、持てる者の養分になる宿命だ!!」

「貴様の言い分なんか聞いちゃいない!!」

 剣が火花を散らす。

 ぶつかり合い、震え、離れる。

 なんとか隙を見出そうとする僕と、意にも介せず叩き潰そうとするガドフォード。

 味方は踏み込んでこない。踏み込ませちゃいけない。

 僕が何とかするしかないんだ。


「じゃあ、アインの勝ちじゃねーか」


 僕のそんな奮起に関係なく。

 ユーカさんは、ガドフォードの間合いに入っていた。

「はッッ……!!」

 喜色に染まるガドフォード。

「子袋が自ら食われに来よったな!!」

 剣を振るう。

 僕を無視して、ユーカさんの胴を両断しようとして。


「そう来ると思ったぜ変態野郎っ!!」


 その剣を、いつの間にか握っていた「ブラックザッパー」で、受け止める。

 弾き飛ばされる。

 だが、「ブラックザッパー」は古代文明の遺産。折られることはない。

 そしてその隙を、僕の“邪神殺し”は見逃さない。

 今だ。

「蛇炎……!!」

 最適な動きの記憶が身体を動かす。

 ああ。

 そうだ。


 僕は、沢山の人から与えられている。

 田舎貴族なんか比較にもならない、色々な人の力と、経験と、誇りと、希望。


「疾駆!!」


 二本の剣が、切り刻む。

 全身鎧を無視して、邪悪な貴族の後継者をバラバラに斬って空に散らす。

 それらが地に散らばり、それを見ていた伝令兵が悲鳴を上げて、「が、ガドフォード様……敗北……敗北です!!」と水晶に叫んで。


「……賎民に負けたか。使えぬ男よ。……まあよい。他にもスペアはおる」


 奇妙な水晶から、老人の無情な声が響いた。

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[一言] …スペアとか嫌な予感しかしない。
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