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メガネと戦略

 割れたメガネはファーニィが回収してきたが、踏み割った後に蹴飛ばされたのか、だいぶバラバラにされてしまったせいで、一応集めるだけ集めて布で巻き固め、顔にかけて治癒術をかけても反応しない。

「これももう駄目かもしれないですね……」

「せっかくの祖父さんの形見だけど……仕方ないね」

 以前の破損時は一応ドワーフ技術の値打ち物だからと修理者を探したけど、こうなってしまっては右往左往しても仕方ない。

 幸いクローサはそこそこ大きな都市だ。値は張るけどメガネを扱っている店はあるらしい。

「しかし仕上げに時間がかかるのではないか? 私は専門外だが、レンズを磨くのは非常に繊細かつ長い作業だというのは聞いたことがある」

 アテナさんがそう言うが、リリエイラさんが少し得意げな声でノープロブレムと言い切った。

「同じメガネユーザーとして協力させてもらうわ。時間をかけずとも調整する方法はあるのよ」


 メガネ屋に行くと、まず視力の測定をされた。

 僕は勝手に「メガネの方が合わせてくれる」という特殊環境でずっとやってきたので、視力測定自体初めてだったのだけど、まあ結構重度だったようで初手から「何も見えません」と言う羽目になり、いくつか仮のメガネを試してようやく計れるという有様。

「こんな状態なら、本来冒険者など荒々しい仕事は難しいでしょうな。裸眼では歩くのさえままなりませんし、せっかく作ったメガネも傷ついてしまえば台無しです。お安い物でもありません」

 メガネ屋の老人が難しい顔をするくらいだ。

 が、リリエイラさんがそれを遮った。

「それはいいの。とにかくだいたい合うのを誂えて頂戴。細かい調整はこちらでやるわ」

「とんでもない。微調整と言えど専門技術です。素人の手でやれるものではありません」

「私はやれるの。そういう魔術があるのよ」

「レンズを魔術で調整……?」

「そんなバカなと思うでしょうけど、メガネ関係の魔術に人生の大半を捧げた魔術師もいるのよ」

 いや、そんなバカな。


 と、僕も思ったが、リリエイラさんがその後、本当に魔術で合わせてくれた。

「どう? まだ輪郭がはっきりしないというなら遠慮なくね。幾度でも調節できるから」

「すごい……というか、こんなに軽く小さくできるんですね」

「大きすぎると野暮ったいでしょう。重いと鼻っ柱も痛くなるし」

 言われてみればリリエイラさんのメガネは僕が使っていたのよりもだいぶ小さい。

 あれでちゃんと意味あるのかな、と思っていたけど、魔術で補正率を自在にいじれるなら納得だ。

「お前、メガネ自分で調整してたんだな。今まで知らなかったわ」

「わざわざ言う事でもないからね。こういう魔術は本当にマイナーだし」

「リリーちゃんくらいの金と時間があったら、目ン玉専用の治癒師に当たるくらいのこともできそうなもんじゃがの」

「ああ、眼科治癒術ね……調べてみたらちょっとロクなものじゃなかったから遠慮してるわ。治療効果がバラバラすぎるらしいのよ。ほら、視野って自分以外わからないじゃない。治療受けたら遠い物は見えても近くが見えなくなったとか、見えるには見えるけど永続的に視界が薄赤くなったとか、変なものが焼き付いて視界から消えなくなったとか、そういう被害がいっぱい」

「えー……なんだよそれ」

「マードさんぐらい確実に治すならもちろん受けるけどね。世の中の治癒師って無責任なのも多いのよ。タチ悪いと故意に相手を失明させて金を巻き上げるとかって手口も聞いたしね」

「許せんのう。ワシも今からでも眼科治癒始めてみるかの……どう修業したらいいかさっぱりじゃが」

 そういうの聞いてると僕も怖くなるな。

「と、最後にメガネに強化術かけておしまい。これで多少は乱暴に扱ってもキズつきにくくなるわ。もちろん踏んでも蹴っても壊れないって程でもないけれど」

「ありがとうございます」

 新調したメガネは、前のに比べてだいぶ軽く薄くなった。

 簡単に落ちないように耳掛けもしっかりした形のものにしてある。さすがに今回みたいに直接ツルごと斬られたらどうしようもないけど、衝撃で飛ぶことは減るはずだ。

「前のメガネのアイン様もよかったですけど」

「オシャレになりましたね」

「確か、前のってドラゴンの血で何とかって奴だったんでしょ? あのポチに頼んでちょっと分けてもらったら、今回のリーダーのやつも前のみたいな便利機能つけられるんじゃない?」

「いずれ機会があればそれもいいが、当面はバルバス殿のところにも向かえまい。これで凌ぐしかないだろう」

 みんなにも好評だ。

 モンスターの探知や疑似魔力視界など、あっちのメガネならではの仕様も頼もしかったけど、もうないのだからこれでいくしかない。

「良いのが見つかりましたかな」

 そこに大賢者ヴォルコフが現れる。僕たちにメガネ屋を紹介してくれたのも彼だ。

 戦いからは半日が過ぎ、街に散乱する巨大犬や双頭狼、あるいはデビッド・フィンザルの一味の死体も片づけが進んでいる。

 実際の戦いを見ないで事後の現場だけを見る分には、僕らが一方的に反乱を唱え、善良な貴族と兵隊に戦闘を仕掛けたかのようにも見えるので、街に顔の利くヴォルコフ老が口利きをしてくれなければ僕らも追われていただろう。

 街にももちろん被害が出たが、あの情報屋やレジスタンスのおかげで話がおかしな方に曲がることもなく、今のところ僕らのせいという事にはなっていない。

「おかげさまでね。といっても、これからが本番ではあるけれど」

「デビッド様も討ち果たし、これで終わり……とするかとも思いましたが」

「デビッドはリーダーではあったけれど、他にも犯人がいるはずよ。デビッドの『人食い』に加担した貴族の子弟を全滅させるまでが私たちの目標。もう少し荒れるわ」

「……恐ろしいものを敵に回してしまったものです。彼らも」

「よく言うわ。私たち以上に大立ち回りをしてみせておいて」

 大賢者ヴォルコフが僕らの後に放った魔術は空を駆け、その場に残った双頭狼のみならず、デビッドが後詰として残していたのであろう、さらに十頭ほどの双頭狼とそれに倍する巨大犬軍団をも暴いて殺し、デビッドの報復に出ようとしていた手下の貴族たちを逃走させていた。

 それをも捕まえられれば話が早かったのだが、彼としてはあくまで祖国の民の救護と立て直しが大義名分だ。僕たちの復讐にあまり踏み込んで手伝うことはできない。それにはリリエイラさんも手が回らなかった。

 僕たちはまたしばらく情報収集し、デビッドの残党を追わなくてはならない。

 とはいえ、ハルドアはそんなに広い国ではない。追うといってもそう長距離を駆け回る必要はないだろう。

 それより問題は、デビッドの狼藉をフィンザル家がどうフォローしてくるかだ。

「十中八九、近いうちにフィンザル公爵は手を出してくるでしょう。彼らをどう納得させるかが今後のこの国を運命づけることになる」

「納得なんてさせられないでしょうけれどね」

「落としどころは必要になります。公爵家としてもハルドアが必要以上に混乱することは望むところではないでしょう」

「それだけの力が私たちにあると彼らが考えるか、あるいは……」

「ドラゴンを自由に進撃させられるぞ、とハッタリをかければ、あるいは……いや、そうなれば貴方がたをなんとしても排除するしかなくなりますか」

「…………」

 実際、僕やユーカさんが頼めば普通にあいつハルドアの王都ぐらい滅ぼしそうなところあるよね。

 ヴォルコフ老はその事実は把握してないんだろうけど。

 多分、僕らがドラゴンをハルドアの山地に追い立てて封じ、それ以上刺激しないように済まそうとしている、という感じで理解しているのだろう。

「落としどころがないならば、逆に公爵家を殲滅するという腹積もりで戦う必要があります。恐ろしい事ですぞ、彼らの動員力と正面から対峙するのは。ヒューベルに比べれば小さい国とはいえ、それでも個人が何万もの兵力と対峙するのは非現実的です」

「できればそうならないようにしたいところだけれど」

 リリエイラさんはそう言いながらも表情を崩さない。

 無策……のように見えて、何かしら考えているのだろうとは思う。

 が、僕らにとってそれは現実的なのかまではわからない。または、ハルドア人にとってハッピーエンドがあるのかどうかも。

「まずはアイン君の妹の死に関わるであろう人間の追撃ね。私たちがそれだけを狙っているとわかれば、彼らがマトモであるなら切り捨てることで生き残るでしょう」

「マトモでなかった場合は」

「なんとも言えないわね。あらゆる戦略は相手が正気であることが前提よ。狂人の対策は立てようがないわ」

 とはいえ、と彼女は付け加える。

「身内を切り捨てないことは、狂っているとまでは言えないかもね。……戦う用意は怠らないように」



 果たして。

 数日としないうちに、クローサ近くにはフィンザル家の軍勢が押し寄せ……そしてそれが、ハルドアの命運を決めることになる。

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