残敵
最後の一撃は、直感に従った。
デビッドの刺突は、普通にやったら僕には捌けない。
細剣術というのは独特の分野で、優雅な見た目とは裏腹に、一対一の戦いに極端に特化し、充分に殺人術として洗練された技なのだとアテナさんに聞いている。
刺突というのは特に捌きにくい攻撃だ。急所に入れば、あの細い刃でも充分に命を奪いうる。その上デビッドは魔力を剣に通わせる……「パワーストライク」を自然に使いこなすことができる。
ユーカさん直伝の「メタルマッスル」がなければ、僕は一度目の剣戟で死んでいただろう。
それを凌いでも、僕の斬撃を素直に受けてくれるほど迂闊であることはデビッドには望めない。
アテナさんが劣勢になるほどの身のこなしだ。利き腕がやられ、左手で振らざるを得ない僕の振り回しなんて、奴にとってはあくびが出るほどイージーな攻撃だろう。
ではどうするか。
─反応させなければいい。技の起こりに奴が気付くより速く。奴が逃げるより疾く。─
そんな子供の浅知恵みたいな解決の仕方ある?
と、普段の僕なら素に戻ってしまったかもしれないが、“邪神殺し”が発動しているのだから、それはただの突拍子もない妄想ではありえない。
今の僕は、そこに道があると思えば、あるのだ。
どんな風に魔力を使うのか。身体のどの部分からどう素早く動かせばいいのか。体のどこにどんな負担をかければ実現できるのか。
……いや。
─何故そんな無駄なことに気を払う必要がある。斬ることは、本来そんな複雑な行為じゃない。─
─剣に身を任せろ。難しく考えるな。目を閉じて開くそのために、どの筋肉をどう押して引くかなんて考えはしないだろう。─
─ただ、斬れ。─
その時、僕は。
瘴気を突き抜けて飛び込んでくるデビッドを前に、僕は、剣を担ぎ、力の限り振り下ろす人間などではなく。
「斬撃」という概念そのものとなって、自らの意義を世界に現出させた。
そして、何もかもが元に戻る。
戦いが終わり、おかしな形のデビッドの死体が転がっていた。
それが全てだった。
「……何をしたんだ、今のは?」
アテナさんが呆然とした声で僕に問う。
「……うまくは言える気がしません」
僕は相変わらずぼやけた視界を魔力知覚で補いながら、ゆっくりと身を起こす。
異様なことをしたのだ、というのは理解できる。
今のは、魔力を使う行為ではない。
それは、“邪神殺し”が魔力の使い方を直観させるだけのものではなく、もっと根源的にあらゆる「殺し方」を視せる力であることを示していた。
世界は魔術だけで動いているわけじゃない。それ抜きでも、果てに至る道はある。
今はただ、それを示す一振りであったとしか言えない。
後方では、クロードとリリエイラさん、そしてファーニィonジェニファーが残った双頭狼を相手に奮闘していた。
「リリエイラさん、さっきの内臓攻撃で一気に殺すわけには……」
「アレは繊細な魔術なの。種明かしをすれば本気でダッシュされるだけで外れる程度の術よ」
「そうだったんですか!?」
「奴らのブレスを不活化させるだけでちょっと手一杯だから、君はもう少し頑張って。大丈夫、死ななければマードさんがなんとかするから」
「あんまりワシを信用し過ぎるんじゃねーぞい! マジで臨死状態だと今はやべーかもしれん!」
「く……ええいっ!」
クロードは迷いながらも「嵐牙」を手に双頭狼に飛び掛かる。
ブレスを不活化しているという言葉で割り切ったのかもしれない。あるいは、体格に劣りながらも奮戦するジェニファーと、その背中に器用にしがみつきながら要所で矢を放つファーニィの姿に後れを取るまいと発奮したか。
ジェニファーもライオンとしては充分に体格がある方だが、それでも象に匹敵する巨体の双頭狼相手には小さく見える。しかし臆することなく食らいつき、あるいはゴリラハンドで掴みかかり、目や耳に痛打を狙う。
しかし攻撃力が根本的に足りない。双頭狼が幾度かブレスでやり返そうとして不発し、苛立つモーションでなんとか助かっているものの、ジェニファーの拳もファーニィの弓も、双頭狼を仕留めるには決め手になりそうにない。
そこにクロードが突っ込んで、思わぬ力を見せる。
「“斬空”!!」
躊躇しながらも、魔力を剣に溜めることは怠っていなかったか。
近距離から放った「オーバースラッシュ」同様の斬閃が、双頭狼の首をひとつ切り落とす。
「うわ、クロードでも斬れた!?」
「私を何だと思ってるんですファーニィさん!?」
「ガウ! ガウウッ!」
変な風に驚くファーニィとそれにショックを受けるクロード、そしてそれらに「今それどころじゃないよ」と言わんばかりに吠えるジェニファー。
三者の前で双頭狼は苦しみ、そして倒れる。
「……首片方でも落とせば死ぬんだ?」
「そりゃまあ……重要な器官には違いないでしょうし……」
「もしや、多頭龍と同じで本当の脳味噌入りは一個だけかもしれないね」
「一理ありますね」
「よしクロード! 次やろう次!」
「意外とファーニィさんって戦意旺盛ですね!? こんな大物相手に!」
「ドラゴンよりだいぶマシでしょ!」
「それ間違ったスケール感ですからね!」
二人と一頭は他の双頭狼にかかっていく。
それを僕も援護……したいが、瘴気を出しながら戦うのは結構消費が大きい。特に移動しながら戦うと感知力が上がるまでに間があるので、瘴気を生成する魔力を余計に浪費する。
かといって「バスタースラッシュ」で雑に援護するのは「ブラックザッパー」だと巻き込みが怖いし。
「アテナさん、剣をもう一度交換……」
「いや、君はメガネがないのにこれ以上戦うのは無茶だろう。私が」
「アテナさん負傷してるでしょう」
「それを言うなら君もだ」
アテナさんと押し問答する。こんなことしてる場合じゃないのに。
……と、思ったが。
「お前らアタシがいるの忘れてねえ?」
ユーカさんがイラッとした声で割り込んできて、僕とアテナさんをドンと押してマード翁に押し付けた。
「まあ見とけ。いやアインは見えねーか」
そう言って、地属性ショートソードを引き抜いて敏捷に駆けていく。
なんとか瘴気を操ってそれを視ようとするが……追いつかない。
「ど、どうですアテナさん? 僕見えなくて……」
「……“斬岩”ならもう自在か。よくやる」
「戦えてます?」
どうも頑張っているらしいが、見えなくてもどかしい。
……が、それもつかの間。
「残りはお引き受けします」
振り向く。もう細かく見るほどの瘴気濃度もないけれど、声でわかった。
大賢者ヴォルコフ。
「随分遅い参戦ね」
「日和見と罵られても返す言葉もありませんが。こうなれば放置する手もありません」
彼から巨大な……リリエイラさんの数倍も巨大な魔力が吹き上がるのを感じる。
「……最初から貴方一人でいいじゃないの」
「一人で戦う老人など狂人ですよ。若い方ならば勇敢と称えられることでも」
彼は穏やかな口調でそう言って、ほどなく全ての双頭狼の気配は消えた。




