天賦の才
メガネがない。
ぼんやりとして、敵が何をしようとしているか見えない。
……だけど、僕には。
魔力の動きそのものを理解する才能が、ある。
ここは足場の悪い山道や、死屍累々のダンジョンじゃない。
敵は達人だ。だから、剣に魔力が充分に籠もり、補充も早い。
つまり、魔力だけを追って斬ればいい。
─目の代わりなんて、魔力感知さえあればどうにでもなる。空間の形さえ見えるだろう。空間だけを流れる魔力を視ればいいんだから。─
僕の中の“邪神殺し”が、無限の創意を伝えてくる。
全身の小さな虚魔導石が自己主張する。
魔力はある。これだけあれば、あれができる。
「かはぁ……!!」
魔力を放出する。
全身から、無為に。
いや。
風となり、空気のように流れる魔力……瘴気として、僕の目の代わりに、地形と他者を浮き出させるために。
「お、おい……アイン、何お前、変なモン出てんぞ……!?」
「……離れて」
僕に近づこうとして怖気づいたユーカさんに、さらに距離を取るように言う。
傷はある。右腕の肘の内側、脇腹、こめかみ。
だが左腕は動く。「ブラックザッパー」を振るには、それで全く問題ない。
そちらに剣を持ち替え、肩に担ぐ。
瘴気が流れる。風もないのに渦を巻く。
そうして、僕の周囲の空間を撫でて、光の代わりに僕に世界を感知させる。
「な……なんか、リーダー、目と胸が光って、瘴気みたいなの出して……親玉みたい……」
リノが震える声で言う。
みたい、じゃなくてそのものだ。これくらいの濃度じゃないと知覚に使えない。
だが、これでわかる。
目に入る光はぼんやりしている。だが、魔力ははっきりと視える。
いや、これは視覚じゃない。
魔力知覚は、魂そのものの感覚。たとえ目が抉られたって、それは世界と僕の位置関係を明らかにしてくれる。
これはロゼッタさんの「天眼」ともおそらく違う。根源の感覚だ。
その世界を感知することに没入し、僕は自然と目を半分閉じ、攻撃態勢に入る。
視える。
アテナさんと剣戟をかわすデビッド・フィンザルの動き。
周辺で展開するリリエイラさんの魔術。そして、双頭狼どもの動き。
双頭狼どもは僕らへの強襲にそれほど執着していない。指を鳴らしての命令内容は呼集くらいで、具体的な指示を与えられていないんだろう。
デビッドはアテナさん相手でも劣勢になっていない。驚異的だ。アテナさんの驚異的な技巧と身体能力に、天性のセンスでむしろ優勢を保っている。
「アテナさん、少し頼みます!」
元々僕をアテにはしていないのだろうけど、一応一声かけて、僕は……。
─跳べる。飛べるぞ。─
今まで何度も見てきた、でも真似できなかった、ユーカさんの身軽さの秘密、魔力身体制御。
それと、“邪神殺し”でブーストのかかった「ゲイルディバイダー」での推進を併用して、僕は真上に大きく跳躍。
数十メートルも昇って、周辺の双頭狼どもを見下ろす。
奴らはてんでに暴れ始めている。目についた家屋に頭を突っ込み、中の人間に食らいつき、あるいは火を噴いて中を炉のように変えてしまっている。
僕たちに一斉に近づいてこられたら危険だった。リリエイラさんの「炎の柵」に感謝したいけど、それは後だ。
「オーバースプラッシュ!!」
空から、黒い斬撃を雨あられと降らせる。
もともと正確さに問題があるうえ、左手撃ちだ。だいぶ外してるけど、四方の双頭狼を強撃し……そして、大量の黒い軌跡が、醜く閉じて。
その瞬間に空間が震え、地獄が発生する。
『ギョアアアアアアア!!』
どうやら「ブラックザッパー」の黒い斬撃は、空間自体をこじ開けて雑に閉じる効果になるらしい。薄々は理解していたけれど、こうして魔力の視界で視るとはっきりわかる。
直撃しなかった双頭狼も、その「空間の崩壊」に巻き込まれて四肢や身体を瞬間的にヘシ折られ、ねじ切られ、血しぶきと肉片をまき散らす。
……味方の近くじゃ使えないな、改めて。
と、着地。「メタルマッスル」を瞬間的に効かせて、ダメージを殺す。
「まだいくらか残ってる。リリエイラさん、クロード、それはお願いする」
「え、ええ……」
「……なんでメガネなくなったらパワーアップするんですか……?」
別にそういうのじゃないよ……と、いちいち語っているとアテナさんに悪いので、僕は答えずにそのままアテナさんとデビッド・フィンザルの戦いに飛び込んでいく。
「……なかなかやる……実に惜しい!」
「アンタも偉そうなことを言うだけあるね! だけど……俺の方が強い!」
アテナさんの握る僕の二刀、デビッドの細剣。
それらが絶えず交錯し、おそらく視覚が生きていても追いきれないであろう超絶技巧の攻防が続いている。
しかしデビッドの言う通り、アテナさんの鎧には既にいくつか被弾の跡がある。経験と引き出しの差で誤魔化しているが、もう五体満足とは言えない状態だ。
「つまらない剣だ! 綺麗で立派で、予想を超えてこない! 天才には通じないやつだよ、それは!」
「ふっ。それは理解している……!」
ギィン、と強く打ち合い、アテナさんは距離を取る。
「だが生憎、自称天才を楽しませるのは私の仕事じゃないのでな」
「あ……?」
「そういうのは天才に譲ろうじゃないか。なあ……アイン君!」
「妙な煽りはやめて下さい」
僕はそこに横入りして。
もはや目で捉えるつもりもなく、ただ渦巻く瘴気を引き連れて、デビッドに再び相対する。
「……煙幕ってわけかい。冒険者ってやつは芸達者だな。だけどそいつも僕の相手じゃないぜ」
種明かしをする理由もないので、僕はただ、「ブラックザッパー」を左の肩で担いだまま、前傾姿勢でデビッドを構えの正面に捉える。
「さぞや努力したんだろう、って思っただろ? でも俺、剣の稽古なんてほとんどしないんだぜ。親父だってそうだったらしいけどね。誰もついてこれやしないんだ。寝起きでも何か月ぶりでも、誰も俺には敵わない。つまらない話だよなあ。この世に俺に勝てる奴なんかいない。それなのに戦争もさせてくれないんだから、犬と賎民で遊ぶくらいは可愛いもんだろう。俺を楽しませてくれない世の中って奴が悪いんだ」
「……へえ」
怒りが。
腹の中で無限の熱量を持つ。
こんなクズの遊びのために、僕の全ては。
僕のシーナは。
─目の前の相手はモンスターだ。理由なんてどうでもいい。駆逐する。─
二つの心が僕の中で融け合う。
やることはたったひとつだ。
何も矛盾はしない。
「じゃあ死ねばいい」
自分の呟いた言葉は、信じられないくらい平板で、ともすれば優しげな口調に聞こえた。
相手が突っ込んでくる。
疾風のような踏み込みで、瘴気を突き抜けてくる。
その細剣が、僕の心の臓を狙い……。
「……えっ」
間の抜けたデビッドの声が聞こえた。
僕は、敵の切っ先が近づき、貫くその一瞬を、斬った。
肩に担いだ剣は、過程を飛ばして振り抜かれて。
デビッド・フィンザルは、僕の背後で黒い太刀筋に斜めに斬り抜かれ……数秒を置いて、その切断痕は醜く歪んで閉じ、彼はいびつな死体を残して果てた。




