見誤っていたのは
異様な雰囲気のクローサ中心部。
四方を巨大な双頭の狼たちに囲まれ、それを指揮する青年はニヤニヤしつつも、やや不機嫌そうに僕たちの反応を眺めている。
「どうもさぁ。気に食わないんだよなぁ……君ら、俺を随分とナメてるよね?」
「…………」
お互い様だ、と返したいところだが、既にお喋りすべき段階ではない。
返すべきは、刃。
……数メートルの狼と簡単に言うが、実際の大きさと威圧感はただ事ではない。
体高が3~4メートルというのはそこらの家畜ではまず見られない大きさで、サーカスなんかで見られる象やキリンに相当する。
見上げるしかない、剣を振り上げてもまるで足りないスケール感というのは、一般人にとっては絶望しかないものだ。
しかも、合成魔獣であるからには、大きさに従って重く鈍く温厚になるという、普通の動物で当然あるべき自然法則を無視して、敏捷さも獰猛さも外見通り、いや、それ以上であると予想される。
それがざっと見て10頭、あるいはそれ以上。
普通の冒険者なら被害を出さずに切り抜けるのはほぼ不可能と言える事態だ。
……が。
僕は、僕たちは、違う。
僕の背後にはリリエイラさんがいる。アテナさんがいる。
クロードが、マード翁が、ファーニィがいる。
被害を出さずに持ちこたえるのは、これだけの役者が揃っていれば難しくはない。
「リリエイラさん、戦闘指揮を任せます。とにかく持たせて」
「……だって。私は詠唱に専念するからユーカお願い」
「ほら、そういうのは暇なお前の仕事だろマード」
「流れるようにたらい回すんじゃねえわい!」
締まらないなあ、と思いつつも、渡される側への信頼はわかるので放っておき。
僕は、僕の仕事をする。
「……『バスタースラッシュ』!!」
鍔もなく無骨な、まるで石造剣にも見える「ブラックザッパー」を振るって、まずは左右方向を順番に斬撃。
普段はうっすらとしか見えない軌跡が、この剣では漆黒の帯となって長く残り、おそらくは斬閃の一瞬をやり過ごしても、その軌跡にも攻撃力がある。
それでまずは二方向を潰す。
背後はリリエイラさんやアテナさんに任せる。僕は……。
「だからさ」
剣を連続で180度切り返して8の字に振るい、次は、と正面方向に剣を切り返そうとして、ゾクッとする。
反射的に体勢を崩し、剣を振るうのを諦めて身を投げ出す。
それでも、戦慄は現実となり、僕の脇腹を何かが、裂いた。
なんだ。
いくらなんでもこの斬撃の隙を狙えるほど正面の双頭狼は近くなかったはず。
飛び道具か。魔導具か。
と、自分に起きたことを理解しようとして、至近距離にデビッド・フィンザルがいることに驚愕する。
どういうことだ。
何が起きてる。
デビッドは……。
ただの、
「君ら、多分俺のことを……」
ただの、
「無能な貴族の馬鹿息子だとしか思ってないんだよな?」
幼い顔の、貴族の青年は。
貴族なら当たり前のように帯びている、モンスター相手には役に立ちそうもない細剣で。
僕に、全く予想だにしない鋭さの突きを、連射してくる。
……食らった。
鎧の隙間となる関節に、腹に、そしてこめかみに。
頭への重傷は「メタルマッスル」が間に合い、食い止めたが……メガネが吹き飛ぶ。
「っぐ……!!」
「まあ、楽でいいんだけどね。……今ので死なないのか。しっかり当たってるのに……ヒューベル製の護符か何かかな?」
「……お前は」
「賎民が偉そうな口を叩くなよ」
さらに刺突が何発も来る。
メガネがないから動きがきわめて抽象的にしか見えない。「メタルマッスル」で耐えるしかない。
が、硬化させていても感触でわかる。
こいつの剣は、しっかりと魔力を通してある。
「メタルマッスル」は最高硬度を何十秒も維持はできない。食らい続ければやがて貫かれる。
……なんてこった。
敵は僕たちを、あくまで(ハルドアでは需要も少なく、実力も決して高くない)ただの冒険者だ、と侮っている。だからこそ勝てる、と目算していた。
逆だ。
僕たちは敵を、あくまでタガの外れた道楽に耽る変態貴族でしかない、と侮っていた。
それ以上であるはずがない、と。何の確証があったわけでもないのに。
「ドラゴンと戦える僕らに、ただの変態貴族の頭目が手も足も出るはずがない」と、全く疑っていなかった。
「俺が剣の天才だなんて、外から来る奴らは予想もしてない。だから楽で、だからムカつくんだよなぁ」
デビッドは細剣で乱撃を放つ。
耐えるしかない。耐えているという事実しかわからない。
そう長くはもたない。
だが、このデビッドを引かせられるのは……仲間たちの中ではアテナさんだけだ。
クロードでは難しい。防戦に向かないマード翁やユーカさんでは完全に不利だ。
だが、アテナさんは対双頭狼でも間違いなくメイン。
そちらに走っていたら、僕が耐えられなくなるまでに間に合わない。
やられる。
「ガオオオオンッ!!」
咆哮。
そして、僕の体が殴られるような勢いで掴まれ、持ち上げられて、動く。
ジェニファーか。
なんて危険なことを。
と、思ったが、どうにかデビッドの追撃を数発受ける程度でジェニファーは僕の回収に成功したようだ。
「アイン!」
「やられたっ……メガネが」
「マードさん、ジェニファー治療して! 貫通してる!」
「わかっとるわい」
負傷を顧みずに僕を守り、後退させてくれた。
ジェニファーかしこい。改めて、いい合成魔獣だ。
「なかなか頑丈じゃないか、そのメガネ男。いや、メガネはもうないからただの賎民ってことでいいのかな?」
バキン、とデビッドの声の方から音がする。
メガネは踏み割られたようだ。
……まずい。
これで僕は、戦えない……。
「よく耐えた。後は私に任せろ」
代わりに、アテナさんが進み出る。
周囲の双頭狼はリリエイラさんの例の炎の柵で押し留め、アテナさんはそちらの掃討を中断して戻ってきたらしい。
「あいつ……強いです」
「先ほどの動きを見ればわかる。惜しいな、ヒューベルなら四大騎士団に充分入れる腕だが」
「へえ。ということはお姉さん、そういうところ出身なんだ? まあいいけど。ゴリラは趣味じゃないんだ」
「それはよかった。心からな」
アテナさんは僕に「ブラックザッパー」を渡した時に「黒蛇」と「刻炎」を受け取っている。そちらで戦うのだろう。指導騎士だけあって何でも使える人だ。
でも、こんなのじゃ締まらない。僕の復讐だというのに。
なんてこった……いや。
─メガネに頼るな。見えないくらいで、何の問題がある。─
僕の中のもう一人の僕が。
“邪神殺し”が。
─薙ぎ倒せ。引き裂け。叩き潰せ。人の形の人非人なら、細かいことなんかいらないだろう。─
それでも戦えると、僕に道を示し始めていた。




