抵抗者たち
そんなに腕のいい奴は襲撃者の中にはいなかったらしい。
「オーバーピアース・スプラッシュ」の乱撃の中でとっさに負傷を避けて逃げる……なんて器用なことは誰も成功していなかった。
「ぐああ……痛え、痛えよお……」
「なっ……何されたんだ俺たちっ……」
「魔術……なのか……?」
あ、そもそも何されたかわかってないんだ。そりゃそうか。だってハルドア人だもんな。
ハルドアはヒューベルに比べて才能者が少ない……かどうかは、数える人がいるわけでもないので知らないけど、少なくとも魔力に対する一般認識の低さは大いに差がある。
冒険者が少ないことも一因ではあるが、何より支配者側が教育する気がないのが一番の原因だろう。
文字を読み書きできない奴も決して少なくない。僕は村の老人に戯れにほんの少し教わっていたので、それを種にしてなんとかやれているけど、読めなくても読める奴に読ませればいいし死にはしない、と割り切っている奴だって多いのだ。
そんな状況では、もちろん一般人の魔術の習熟なんて望むべくもない。
まあ、普通の魔術師なら僕の魔力剣技はかえって混乱するかもしれないけど。
「おい、お前が大将か? まだ手下いるんならさっさと呼べや。邪魔くさいからさっさと済ませようぜ。あ、出し惜しみならやめとけよ。十数えたら最初にお前が死ぬ」
ユーカさんが相変わらず串焼きをむしむしと齧りながら一番身なりのいい男を蹴る。
「く、クソガキ……誰を蹴っていると思っている……」
「知るかボケ。いきなり襲ってきといてどちら様もクソもあるか」
「いいよユー。ちょっと下がってて。こういうのは一人ずつ殺していくに限る」
メガネを押しながらハッタリをかける。
敵はあからさまに狼狽した。
「ま、待て! ふ、不幸な行き違いだ! 殺すなんて野蛮な……」
「行き違い?」
いきなり巨大犬に噛み付かせて「死ななかったのか運がいい」なんて言いつつ「行き違い」?
と、圧をかければ、その男はさらにオロオロとして。
「い、いやその……」
「まあ殺すのが野蛮ってところには同意しようか。確かに趣がない。もう少し楽しもう」
木串に魔力を纏わせて「パワーストライク」状態にし、その男の手を石畳にダンッと縫い付ける。
「がああああっ!?」
「何無様に叫んでるんだよ。こんな小さい穴が一個増えただけだろ?」
誰が投げ出したのか、その辺に転がっていた剣を取り、さらなる加虐を予告する。
……誰も出てこないな。
「ユー。もしかして本当にこれ、打ち止めなんじゃ?」
「まっさかー。普通こういうのでケツ持ち役もいねえってそんなんそこらのチンピラでも有り得ねーだろー……マジで?」
僕たちはそういう襲撃を想定していた。
最低限でも不測の事態を想定すれば、全員で飛び掛かるなんて有り得ない。誰かは後ろに待機させて応援を呼ぶなり飛び道具を使うなりという陣形は考えておくものだろう。
「く、ククク……貴様ら、調子に乗っていられるのは今だけだぞ……そのうち物音を聞いて衛兵がやってくる! そうなれば冒険者如きに味方する奴なんているはずが……」
「そうかな」
僕はメガネを押した。
「お前たちがそんなに無防備ってことは、返り討ちなんて考えてなかったんだろう? しかもこんなモンスターみたいな犬を使って、必要以上に残虐な真似をしようとした……こんなのを市民に見せびらかすつもりはなかったはずだ。つまり、お前がここで騒ぎを起こす前に根回しをして、僕らがどんなに悲鳴を上げようが、兵隊は聞こえないふりをすることになってたんだろう」
「っ……ま、まさか」
「来ないよ。助けなんか」
僕に指摘されて初めて気づいた、みたいな顔をする男たち。
「それとも兵士以外の誰かが助けてくれることを期待して、無様に助けてーとでも叫んでみるかい? やってみてもいいよ。いい眺めになりそうだ」
意識して性格悪そうに振る舞う。
助けは来ないが、誰が見ているかわからない。ナメられて、いいことはない。
が。
「いいや、それでも誰も助けやしねえな。どの道、ガディ絡みのクソ貴族なんぞに関わり合って、いい死に方はできねえからな」
そのへんの家屋の中から、数日前に聞いた声。
そして、その声を合図にしたように十人ほどの男たちがワラワラと家々から現れ、全身から血を流して這っている襲撃者たちに手斧やナイフでトドメを刺し始める。
「ひぃぃっ!? な、なんだっ……なんだ貴様らはっ!?」
「つまりは、全部なかったことにするに限る」
現れたのは、数日前にリリエイラさんと話していた情報屋の男。
冷たい目でリーダー格の男を見下ろし、周囲の男たちに手ぶりをしながら指示する。
「利用価値があるのはこいつとそこの奴だ。他は全部バラしちまえ」
「了解」
「金目の物持ってても取るなよ。アシがつく。全部燃やすか溶かして徹底的にこの世から消せ」
「わかってる。欲を出すなよお前ら!」
慣れた雰囲気でその指示を受ける男たちは、見た感じはそこらで普通に商売や手仕事をしていそうな一般人だ。
「レジスタンスってわけかい」
「驚かねえな、嬢ちゃん。さてはそういう生まれか」
「見た目より歳食ってんだよアタシは。……ったく。コイツらのことはウチのリリーに任せてもらえねえかな」
「ああ、頭目の二人を生かしといたのはそのためだ。悪いが俺たちじゃ本格的な荒事の矢面には立てないんでね。全部横取りするつもりはねえ」
「へっ。よかったなあクソども。今死ねた方がよかったと後で思えるくらいリリーは優しいぜ?」
ユーカさんはようやく串焼きを齧り尽くしつつ、生かされた男たちをせせら笑う。
……僕の「鬼畜」演技が霞むくらいに情報屋もユーカさんも雰囲気が怖い。
「た、助け……助けてくれ、あ、謝るから」
哀れな悲鳴を上げながら次々に「処理」されていく部下たちを見て、僕に向かって今さら助けを求めだしたリーダー格を、僕は無視。
謝罪なんて別に求めていない。こいつが誰なのかも知らない。
「リリエイラさんを呼ぼう」
「アイツのことだから、もう察知してそうだがな」
それからほどなくしてリリエイラさんは本当に現れた。
僕たちは「釣り餌」だったってことかな。まあいいけど。
「片方はデビッドとは関係ないようね。まあ、どの道生かしては帰せないけど」
「もう片方は?」
「ビンゴ。『人食いガディ』の凶行に何度も随伴しているみたいよ。デビッド個人ともまあまあ親交がある。ただ、取り巻きではあるけど、あの男でデビッドが釣れるかは少し怪しいところね。切り捨ての可能性は六割ってとこかしら」
「チェッ。てことは、もう少しつつかねえと駄目ってことか」
「私たちが探りを入れていることは向こうの内部でもちょっと話題になっているみたいね。ただ、私たちが名のある冒険者だってことはそんなに気にされていない……仕掛けるなら早めがいいわね。引き延ばすと本丸が遠くなるし、向こうも搦め手を用意し始める」
「搦め手ったってな。ウチのパーティにはこっちに親族のある奴もいないし、色仕掛けに引っかかる奴もいねーだろ。アーバインやクリスがいたら危ねーけど」
「私たち自身はともかく、今は味方になってくれているレジスタンスにはそれぞれ家族がある。それを人質にとられれば崩れかねないわ。そういうのに背中を狙われ出すと面倒になるじゃない」
「あー……めんどくせえな、絡む人数が増えると」
ユーカさんがバリバリと頭をかく。
リノは不安そうにジェニファーにしがみついている。
「本当に……貴族と戦おうとしてる」
「君は私が守ろう。クロード君もだ」
「私は自分で身を守れますよ、アテナさん」
「それは頼もしいが、一人では行動しないようにな。君はまだ若い。ついつい油断しがちだ。貴族に脅されれば、女子供とて時に刃を持つ」
「わかっています」
本当に、巻き込む形になった彼らには申し訳ない。
でも、これでシーナの仇に手が届くと思うと……僕も少し、興奮するのを押さえられない。
「逸るなよアイン君。お前さんは強いが脇が甘いからの。しばらくはリリーちゃんに任せとけ」
「……わかってますよ」
マード翁に答えながらも、僕は本当に最後まで冷静でいられるか、確信が持てない。




