復讐者か英雄か
大賢者ヴォルコフとの会見から数日。
「……わかった。それにしてもヤベぇのに手を出すもんだな、お嬢さん。噂通りならあの連中に関わった奴は人間らしくは死ねねぇぜ」
「人間らしく死ねなかった子のためよ」
「……なるほど、復讐ってわけかい」
「悪を裁ける法がないのなら、人の恨みが裁くだけのことでしょう」
「ふん。威勢のいい話だねぇ……」
「法治国家ならそれは誰かがやってくれる。でもここはそうじゃない。なら、その野蛮な流儀に則るだけよ」
あくまで強気のリリエイラさん。
情報屋はリリエイラさんを複雑な目で眺めつつ、酒場を出ていく。
それを見送り、ユーカさんが口を開いた。
「信用していいのか、あのオッサン」
「半々ね。ただあの人、反フィンザル派閥の勢力に繋がってるから、こっちの意思を匂わせておけば少しは抑えになってくれると思うわ」
リリエイラさんは数日かけてクローサじゅうを巡り、いろいろな方面の情報屋に、ある時は調査を依頼し、ある時はそれ以前の段階で探りを入れているそぶりを見せた。
「私の予想だと、この街の近くにデビッド・フィンザルの取り巻きが二人はいるはずなのよ。そいつらが網にかかればしめたものね。拷問でも洗脳でもなんでもして、デビッドを引きずり出す」
「何の躊躇もなく洗脳って言ったぞこいつ……」
「リリーちゃん本当にワシらの味方じゃよね? 今までゼメカイトでちゃんと魔術教えとったんよね?」
「悪党一人の脳を惜しんでポチを殺戮者にするつもりはないの。それにユーカも」
「あ?」
「アイン君の価値観では、復讐は後ろ暗くていけないことだからできるだけ自分だけで背負う、っていうんでしょうけど。それはただのひとりよがりよ。そうでもしなければ明々白々な邪悪に逆らうことさえできないのだとしたら、自分の家族の犠牲という大義名分を持ってそれをなすのは英雄的行為のはず。個人的な問題に矮小化するのは、むしろ無責任というものじゃない?」
「お、おう?」
「私はそんな逃げ腰の独善にユーカを心中させるつもりはない。あなたは英雄こそが似合う。……貴族がメンツを気にするというのは、そういう善悪の問題をこねくるという意味もある。敵に時間を与えれば、それこそアイン君をただの頭のおかしい反逆者に仕立てようとするでしょう。話は相手がこちらを『少数の身の程知らず』と侮っている間に、一気に進める必要があるのよ」
「……別にアタシは英雄になりたいわけではないんだけどな」
「ならなきゃいけないのよ。少なくともアイン君はそうならないと、他の被害者が立ち上がれない。デビッドの悪逆非道はなかったことにされて、アイン君はただの狂った殺人者で終わる」
「……それでもいい」
僕は呟くが、リリエイラさんはピシャリと。
「甘えるんじゃないわよ。私はあなたに素敵な人気者を気取れと言ってるんじゃないの。ポチをこの国に導き、破壊の限りを尽くさせようとしたあなたに、出来る限りの最善手を取れと言っているのよ。この国の恥部に刃を突き立て、大義無しと宣告し、ポチに目が向く前に自己崩壊させるための反体制の旗印になりなさい」
「……厳しいな」
「厳しいわよ。あなたにとって妹が大事だったように、私はポチもユーカも犠牲にはしたくないの。そのためならなんだってするわ」
「……ドラゴン退治が思わぬほうにめんどくさくなっちまった」
ユーカさんがげんなりした顔をする。
……まあ、確かにそうだけど。
僕が変な方に欲目を出してしまった自業自得でもあるので、文句も言えない。
ちょっとみんなには申し訳ないけど、しばらくはこの不慣れな情報戦と政治に付き合うしかない……のかな。
それからさらに数日。
リリエイラさんがいろんな方向に喧嘩を売っているとはいえ、ハルドアはもともと平穏な国だ。
僕たちも少し気が緩みつつあった。
「こんな城塞都市でも食べ物は新鮮で豊富だよね」
「だなー。それにしてもハルドアの豚ってすげーな、獣臭さが全然ないっつーか」
「臭み抜きに使ってる香草がいいんだよ。あとゼメカイトとかだと若い豚を使わずにちょっと歳取らせちゃうから、そのせいもあるね」
「へー……ってか、ハルドアだと豚って若いうちに殺しちゃうのか」
「食肉用は半年から一年以内だね。繁殖用は別口で長く飼うけど……」
そのへんの屋台で売っていた串焼きを齧りながら、ユーカさんと歩く僕。
帯剣はしていない。冒険者のあまりいないクローサでは、兵士でもないのに剣を見せびらかすのはどうしても目立ってしまうからだ。
……で。
そんな僕たちに、路地裏で急に襲い掛かってくる影があり。
「グオオオッ!!」
野太く低い叫び声をあげながら、急に飛び掛かってきたのはヘルハウンドかと見まがう巨大犬。
それが僕に食らいつき……次の瞬間、情けない声を上げて飛び離れる。
牙が折れていた。
もちろん「メタルマッスル」が間に合っている。
「アイン。剣いる?」
まだ串焼きをもぐもぐしながら僕に自分のショートソードの柄を見せるユーカさん。当たり前だが全然動じていない。
僕はちょっとだけびっくりしたんだけど。……まだまだ殺気読みが甘いな。
「いや、いらない。『ビート』で……いや、串でいいかな」
「いよいよお前やることがおかしくなってきたよな」
「だってゴーレムとやろうってんじゃないし」
さっきまで肉が刺さっていた木串。ステーキサイズの肉が刺さっていたので、ちょっと太め長めだけど武器と呼ぶにはだいぶ心もとない。
が、魔力を込めれば充分に殺傷力はあるし、ソフトスキンの相手ならこれで「オーバーピアース」は充分いけるだろう。
噛まれた肩のあたりの服が破けてしまったのを気にしつつ、串を構える。
……犬をけしかけたのだろう、身なりのいい数人の男と、その護衛と思われる軽装兵がさらに数人、僕とユーカさんの前に現れる。
「ベンに噛まれて死ななかったのか。運がいい」
相手のリーダーと思われる男の言葉に、ユーカさんがしらけた顔で。
「運だってよ」
「まあ運には自信があるよ」
ユーカさんに拾ってもらえたあたりには特に。
……と、敵が一斉に襲ってこようとしたので、僕は木串で「オーバーピアース・スプラッシュ」を放ち、全員穴だらけにした。




