捜査開始
村人たちにドラゴンには干渉するなと重々警告して、僕たちはジェニファー&空飛ぶ絨毯で移動開始する。
「いい魔導具ね。性能の主眼が実用性にしっかり根ざしているし高級素材も充分に潤沢に使われてる……アイン君が用意したの? 高かったでしょう」
「デルトールで知り合ったシルベーヌさんっていうエルフの魔獣合成師に頼んで、現地素材で作ったんです」
「シルベーヌ……シルベーヌ、ねぇ……あ、もしかしてあの人か」
「知ってるのかよ」
ユーカさんが怪訝そうな目をリリエイラさんに向ける。
リリエイラさんは肩をすくめて。
「エルフの魔獣合成師なんて珍しいから、多分間違いないと思うけど。シルベーヌっていうのは偽名よ」
「は……?」
「本名はイスヘレス。魔獣合成術の始祖の一人……のはず。ほっとくと信奉者が集まってきてやりにくいからって、何度か名前変えてるのよ。でもあんなところに堂々と構えてるとはねぇ……」
「……えぇ……ってことはサンデルコーナーのライバルの宗家かよ」
「正しくは本家本元ね。サンデルコーナーは彼女が輩出した合成師の一人から始まってるはずよ」
「……そうなのかよ、リノ」
「知らない……っていうか、ウチの解釈だとサンデルコーナーが正道で、それ以外は邪道で亜流って感じだから……」
「雑な歴史観だなそれも……まあ、魔術師の家系なんてだいたいそんなモンだけどよ」
「エゴ強いわよねぇ。まあ、始祖本人存命なのにそれは結構厚顔っていうか、いい度胸とは思うけど」
「シルベーヌの奴の調子だと、いちいち相手するのも面倒臭いって感じなのかもな」
ファーニィのそれとは趣が違うが、エルフ特有の感性というか。
人間のように寿命の縛りが強くない分、名誉欲が低い……いや、人間相手に名を上げることに大した意味を感じないのかもしれない。
それよりは研究なり、交流なりと自分のために時間を使うことを優先しているような。
……でも、言われてみれば確かに底知れないところはあったよなあ。ブラ坂以外にもやたらいっぱい合成魔獣の用意してあったし。それすらも「特にお気に入りの子」でしかなく、他に作った実績はたくさんあることを仄めかされてたし。
「逆にそんな秘匿情報っぽいのをサッと出せるリリーちゃんは何なんじゃろうな……」
「人より物覚えがいいといろいろ役に立つのよ」
……本当に底知れないなこの人。
だからこそ、僕たちは黒幕だと疑ってたし、今もその疑念は完全に払拭されてるわけではないんだけど。
シーナの死亡現場の記憶は実は曖昧だったのだけど、確かこのあたりだ、というのを伝えたら、リリエイラさんはすぐにローブの中からいくつかの道具を取り出し、ほとんど迷うこともなくシーナの死んでいた場所を特定しきってみせた。
「たった二年やそこらでしょ? 他生物の死亡痕跡も大して多くないし、アイン君という生きた魔力サンプルもあることだし、簡単よ。これが一家惨殺事件とかだとまた面倒なことになるけれど」
「んで? アインの妹を殺った奴の手口は割り出せるのか?」
「過去を完全に幻視するみたいな直接的な魔術は、知ってる限りではまだないから、状況証拠になるけれど。まあ、ジワジワと刃物で嬲ったあとに性的暴行、飽きたところで猟犬か、調教した獣にでも生きたまま食わせた……ってところね。だいたいアイン君の推測、あるいは聞いた噂通りってところ」
「…………」
知っていても、実際に突きつけられると妹への感情移入と怒りで吐きそうになる。
どんなに怖かっただろう。辛かっただろう。
こんな薄暗い森で、誰も助けに来てくれないところで、痛めつけられ、穢され、助かる希望もないままに非情に殺された、無垢で無力な、僕のシーナ。
「それと、複数人なのも間違いないわね。明らかに一人でやるには被害者が多すぎる。……『人食いガディ』は集団名か、あるいは……まあ、どちらにしてもアイン君に命を支払うのは一人じゃ済みそうにないわね」
「直接、シーナを殺した奴だけは取り逃がしたくない」
「死亡時の魔力痕跡は8~9メートルくらいの範囲でつくわ。ここのシーナさん以外の死亡痕跡は、その範囲だけで6人分ある。その全てに男がついていたと仮定するなら、7人。そのうちの誰がシーナさんの本当の仇かは私たちにもわからないし、きっと当人たちも覚えてなんかいないでしょう。暗がりで自分が遊びで殺した娘が誰か、なんて」
「…………」
感情を制御するのに苦労する。
メガネを押す癖で誤魔化しながら、僕は暴れ出したい衝動と戦っている。
誰もいなかったら、僕は剣を振り回してこの場所を更地にしていたかもしれない。
「抑えろ、アイン君」
そっと、しかし力強く、アテナさんの手が肩にかかる。
「……抑えてますよ。今はまだ」
「殺気が溢れ出ている。……そんな調子では、大事なところで外すぞ」
「何をですか」
「何かを、だ。……殺気はつまり付け入る隙だ。悪意ある他人からみれば操り糸だ。それを人に見せている限り、いつかその糸を掴まれ、思ってもいないことをしてしまう。君は強い。強くなり過ぎた。その力の向きを少しでも間違えたら、大変なことになる」
「……はい」
青臭く、アテナさんの言うことに反発しようとする心も少しはあった。
だが、アテナさんが、それを実感を持って語るだけの力がある、強く偉大な騎士であることは疑いない。
素直に聞くべき言葉なのは、言うまでもなかった。
気持ちを意識して鎮める。
体から溢れそうになる何かを、地の底まで隠していく。
「うわ、本当に殺気がすぐ消えた……逆に怖いですアイン様」
「やろうと思ったってなかなか制御できるものでもないでしょうに……」
ファーニィとクロードが震撼している。
いや、言われたから頑張ったのにどうしろと。
「アイン君は本当に才能尖っとるのう……」
「コイツぐらいの攻撃力の持ち主が殺気隠そうと思って完全に隠せるのは怖いなマジで……」
老幼英雄コンビもなんか驚きと呆れの入り混じった顔。
そして、総括するようにリリエイラさんが言う。
「鬼畜メガネって二つ名に相応しい才能よね」
「リリエイラさんに言われるとすごく複雑なんですが!」
同じメガネ愛用者で僕より鬼畜じゃないですか。
とまあ、少しだけ力の抜ける一幕はあったものの、その場の魔力痕跡を採取する作業は滞りなく済み。
次の場所に移動を開始する。
シーナとよく訪れた最寄りの町には寄らない。
僕らの村にとっては大切な取引場所だったし、他の場所に作物を持っていこうとしたらどう頑張っても二日三日では村に帰れない。実質的に村とそこだけが僕たちの世界観の全てだったわけだけど。
実際のところハルドア全体としては、その町でさえどうでもいい田舎でしかない。
もちろんヒューベル王国と比べると国自体が田舎なのだけど、その中でもさらに田舎。僕らの村は田舎オブ田舎オブ田舎なのだった。
で、そんなところで貴族の情報収集など捗るわけもない。
もっと中心地に近い街へと向かうのだった。
ジェニファーの速度はこんな時にもありがたい。悪路の多いハルドアでも全然苦にしないし、何より僕やリノがやってほしいと言えばどこまでも頑張ってくれる。
普通の家畜では、いくら治癒術で回復しようが、あまりにも働かされ過ぎればテコでも動かなくなってしまう。
言葉が通じるって素晴らしい。
「いい子よね……これメス?」
「オスです……タテガミあるからわかるでしょ」
「……そういえばそうね」
例によってジェニファーの魅力にやられたリリエイラさんは、休憩中に彼を愛でながらちょっとだけ抜けた質問をしていた。
いや、まあ、名前が女の子だし、ちょっと迷う気持ちはわかります。
そして、徒歩なら何日かかるかわからないほど離れたハルドアの古い城塞都市クローサに辿り着いたのは夕刻。
さすがに大きな都市だと入るのに手続きがいる。
……かと思ったが。
「お待ちしていました。リリエイラ様。そして“邪神殺し”の御一行様」
なんだか豪奢なローブを纏った老人が、通用門の近くで待っていた。
「お出迎えありがとう。今日とは言ってなかったから、少し手間取るかと思ったのだけど」
「幾日でもお待ちしておりますとも。他ならぬ貴女のご訪問とあれば」
……ハルドア国内にも顔が通ってるのか、リリエイラさん。
ここまで手回しできるとなると、本当に僕らの行く先々に強敵配置ぐらいできちゃうんでは……?
と、味方してくれているのに逆方向への信頼感が高まるのだった。




