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リリー帰還

 翌日。

 リリエイラさんは結構あっさりと戻ってきた。

「スイフト家に翼の一部を渡して、ポチが負けを認めて追い払われたことにしてきたわ」

「納得したんですかルザーク氏は」

「まあ、色々あることないこと言ったからどうにかね。あっ、ユーカがやったことにするとやっぱり今後も色々目立って仕方ないから、今回もだいたいアイン君がやったことにしてあるから。向こうに言われたら話合わせておいてね?」

「ルザーク氏は遠見の魔術の使い手を抱えてるはずなんで、多分戦闘風景見てますよ……」

「それでも合わせるの。こっちが『そういうことにしたい』って意志を見せるのが大事なの。そこを向こうが汲めば話がスムーズにいくのよ。あっちだってアイン君やユーカの機嫌を損ねたいはずがないんだから、こっちの意向を押し付ければそういうシナリオにしてくれるのよ。利用できるぶんは利用したらいいの。特に風評を積極的に流してるのはあのスイフトの坊ちゃんなんでしょ? 野放しにしない意志が大事よ」

「……は、はぁ」

 なんだか根深い話をされている気がする。



 ──我は負けてはいない。多少は譲るだけの価値を、紫炎の者に認めただけだ。



「人間同士の交渉ではそういうのどうでもいいの! あなたが認めようが認めまいが気にしてないの! どうせドラゴンなんてモンスターの一種だとしか思ってないんだから、たとえ突然約束なんか破っても『ああ所詮モンスターだな』くらいにしか思わないんだってば! あなたは腕ずくで追っ払われた、って、それだけの事実しか向こうは認識してくれないのよ!」

「おいリリー。そういうことはぶっちゃけたらいけなくねーか?」

「ポチもバカじゃないからわかるわよ。カレが守るべきはアイン君との約束であって、知らないアホな有象無象の持ってるイメージじゃないってことくらいは」

 それにしたってもう少し包んだ言い方をするべきじゃないだろうか。



 ──愚かな者どもめ。



「思考共振」で伝わってきたのは、どちらかというと呆れの感情。

 とはいえ。

「わかっていたことでしょう。あなたを対話可能、利用可能な知性だと考える者たちが増えれば、それをアテにして、自分の意のままに使おうとするものは必然として増え、今以上に悲惨なことになる。だからあなたは孤独を選んだ。孤独を貫けば、当然理解も弱まる」

「……そういう経緯があるのか」

 かつて他者と共に歩もうとした、巨大な力。

 だが、それは……おそらくは、他の全てを傷つけるだけにしかならなかった。

 ゴリラユーカさんがそうであったように、「力」として期待されてしまえば、それを使う以外の道がなくなってしまう。

 ……それでもかりそめの平和ぐらいは作れたかもしれないが、それは誰のためのものだったのか。

 ドラゴンにその力の行使を願ったその誰かは、幸せに生きて、死ねたのか。

 想像すればするほど、彼が孤独を選んだという事実が重くなる。

「……ま、ポチはその伝達方法上、嘘がつけないからね。余計に嘘つきの人間の相手は苦しいのよ。……だから、あなたたちもポチをいたずらに『利用』しようとするのはやめてね。本気になったら当然、国だってなんだって滅ぶし、カレもそれを望んでいるわけじゃないから」

「……しかし、こうして知的な側面を見ると、僕たちがなんか勢いで倒した水竜(アクアドラゴン)も、もしかしたら……って思っちゃって苦しくなるね」

 ただ、話す方法がなかっただけ、かもしれない。

 もしかしたら、何かきっかけがあれば、このポチのように和解……とまではいわなくとも、争いをうまく回避できたかもしれない。

 なんて、少し妄想が過ぎるかな、と思うけど。



 ──弱き竜に遠慮などいらぬ。倒したのならば誉れとせよ。



 ……ポチ、全く同情していなかった。

「同族意識ねーのかコイツには」

「ないみたいね……まあ、無性生殖らしいし」

「なんじゃそりゃ」

「ドラゴンってオスメスいらずで、自分だけで卵産んで増えるから、他の個体と慣れ合うことがないのよ」

 そういう生殖形式だと……確かに同じ種族だからというだけで守り合う理由は乏しい、のかな?

 ……人間の社会も難しいけど、ドラゴンもそれはそれで難儀そうだなあ。知性があってもこんなに分かり合う相手に乏しいんじゃ。



 リリエイラさんはリノの提案した捜査方法を聞いて「まあ、そういうやり方もあるわよね」とあっさり頷いた。

「もう少し地道な方法で探すつもりだけど、最後の特定にはその方法でいいかもね。アイン君としてもせっかくの復讐相手が本物の仇かどうかわからないんじゃスッキリしないでしょうし」

「……せっかくの、と言うのもなんだかな」

「そんな奴が野放しなら、他にも類似の悪党はいくらでも引っかかるでしょうけど。違う奴を成敗して話を終わらせちゃったら気分悪いでしょ?」

「類似のがいっぱい……って……」

「社会的にそのバカを取り締まれないっていうなら、そのニッチにいる犯罪者が一人なわけないじゃない。アレぐらいやってもいいんだ、と思ったら同じようなゴミはどんどん湧くのが普通だからね。多分片手じゃ足りないくらいいるわよ。本当に庶民をいたぶり殺すのが趣味の最低な奴、そいつに話を合わせたり対抗しようとして真似する奴、とりあえず犯行現場を同じくらいグチョグチョにしとけば捕まらないと思って、強盗やレイプの誤魔化しに模倣する奴……」

「……もういいよリリエイラさん」

 全然想像もしていなかったが、そういう場合もあるのか。

「人食いガディ」が、そういう連中の総称である可能性。

 でも、僕はハルドア王国を世直しする義理は特にない。もう住むつもりもないし。

 そういうのを全部やっつけて世間を綺麗にする……なんてやっていたらキリがないし、いち冒険者のすることでもない。確かに、犯人を特定する必要はあるようだ。

「問題は犯人が魔力痕跡の浄化まで心得ていた場合なんだけど……まあ、それならそれで逆に綺麗になり過ぎる傾向もあるし、他にも過去を探る魔術は山ほどあるし」

「あるんだ……」

「魔術をただ火を出したり水を出したりするだけのものと思ってたら大間違いよ。人間の欲望に関することなら大抵はアプローチされてるんだから。死者蘇生、不老不死と並んで『過去の改変』も重大テーマよ」

「改変」

「まあ、実際に過去に行って変えるとかは誰も成功してないけど、その副産物として『過去を辿る』っていうのは何十通りも、ね」

 ……そして、そんな冒険魔術師としてあまりプラスにならなさそうな魔術に、当然のように通暁しているリリエイラさん。

 改めて、あの六人の中でも特に……もしかしたらユーカさんよりも、飛びぬけてヤバい人なのかもしれない。

「じゃあ、始めましょうか。……痛快な復讐を」

 メガネを押して悪夢のような笑いを浮かべる彼女。

 敵に回したくないなあ、と、改めて思う。

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