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仲間がいるということ

 その日は村長宅に泊まったら……という勧めを固辞し、ドラゴンの傍に戻って野営する。

 村長の家はつまりジャックさんの家でもある。

 もう絡みたくもなかったし、直接ドラゴンをどうこうするのは駄目でも、僕らに毒でも盛って人質にしてドラゴンに何か要求……なんて、いかにも追い詰められた田舎の老人たちが考えそうなことをされたくもなかった。

 もちろんドラゴンは僕らと会話が成立しているとはいえ、決して縁が深いわけでもない。そういう真似をすれば言うことを聞くどころか激怒し、もろともに灰にするだろう。

「お野菜や芋は分けてもらってきましたよー」

「あ、ファーニィ、ジェニファーつれてもうひとっ走り行って。多分肉も在庫あると思うから」

「貧しそうでしたけどありますかね?」

「牧畜もやってるから、ないはずはないよ。高いから僕らは滅多に食べられなかったけどね」

 僕がヒョロガリだったのは肉をあまり食べられない生活だったせいもある。

 それ以外の食べ物は旬の時期になると余るからまだしも食卓に上りやすかったけど、肉はうっかり余るってことはまずなかったからね。そのまま町に持っていくなり塩漬けや燻製にするなりで、どうにでもお金にできるものだし。

 農奴生活というのは、家や人も含めて大抵のものは領主様のもの、という前提に立っている。村はそれなりの量の農産物を領主に税として納める必要があり、僕らの労働はまずそのためのものだった。

 建前上は「税として出す量をクリアすればそれ以上のものは村民の自由」ということになっていたが、まあ農作業というのはみんなでやらなければいけないことが多く、共有物扱いのものも多い。いろいろと曖昧になりがちだ。

 実際のところ、村の権力者の機嫌次第で「義務としての労働」の量は増減し、また「村の共有財産として分けるべきもの」に入るかどうかも変わる。

 そういうわけで畜肉は底辺の僕らには回らず、祭りの日に食べられたらいいね、というものでしかなかった。

 その代わり、自分で釣った魚や害獣罠で取ったウサギなんかは、いちいち人に伺いを立てる必要もなかったので、たまに食べられた。

 ウサギをそのまま家に持って帰るとシーナが食べるなんて可哀想と泣くから、外であらかじめバラバラにしてから持ち帰らないといけなくて大変だったな。

 その罠仕掛けてたのがこのあたりの森だったっけ。

 ……森、というか、結構な勢いでドラゴンの下敷きになってるけど。別にいいけどね。

「芋どうすんだ?」

「適当に火に放り込んで焼こうか」

「干し肉と堅パンだけよりはマシになりそうですね」

「村で馳走になったらよかったのではないか?」

「やめたほうがいいわ。こっちが言うこと聞く相手じゃないって思われた以上、何入れられるか分かったものじゃないし。農民は結構毒に詳しいっていうじゃない」

「大抵の毒ならワシの治癒術で強引に消しちまえるがのう」

 なんで村じゃなくてドラゴンの脇(ここ)ならいいのか。

 この巨大生物を前にして、不届きな真似ができるほど強心臓な奴はそういないからだ。

 というか、今更だけど僕らの方も、全力でやりあってからまだ一日経ってないのに、彼のそばを完全に安全地帯と認識してるのは異常だね。言わないけど。

「リリーちゃんはいつまた戻ってくるんかのう。それまではワシらも動きようがないが」

「別に動いちまってもいいんじゃねー? とっとと任務完了報告して賞金せしめて、アタシの実家シメに行こうぜ」

「アイン君の宿敵の話を放置するわけにもいかんじゃろ」

「本当に妹を殺したのがそいつなのかも結局わかりませんけどね」

 それを確かめる方法に未だに目星がついていないのが最大の問題だ。

 そもそも「人食いガディ」の実在すら確証が取れていない。

 例えば単なる都市伝説の類だったら、そこで終わりの話だ。

 シーナもジャックさんの娘もただの酷い奴に通り魔的に殺された。それで話が終わってしまう。

 が。

「……それ、魔術的には確かめるの難しくないけど」

 リノが不器用に夕食の準備を手伝いながらボソッと言った。

「……えっ」

「人が死ぬ時って結構分かりやすい魔力痕跡出るのよね。で、それって浄化しないと周辺にいた人間に沁みつくのよ。戦争とかであんまり殺人を続けると精神病むっていうけど、浄化したら割とまともな感じになることは多いのよね」

「……は、はぁ」

「で、その性質を利用すると、単純な殺人犯ならわりと簡単に特定できるわ。相手が魔術師だったりしてその性質知ってるとマメに浄化しちゃうから、この手は効かないこともあるけど」

「……そ、それって例えば、シーナを殺した相手だってことも限定できる……の?」

「リーダーの妹でしょ? 腹違いとかだと難しいけど実の妹だったら魔力もよく似た波長になると思うから……まあ、それより死亡現場で魔導石とかに波長撮っちゃうのが確実ではあるかな」

 まるで普通のことのようにスラスラと言うリノ。

 みんな唖然としている。ユーカさんやマード翁さえも。

 ……しばらくしてリノはそれに気づいて「えっ? そういうの知らない?」と逆に驚いた顔をした。

「こんな魔術のマの字もないド田舎にちょっと前まで住んでたリーダーが知らないのは仕方ないけど、ユーとかマードさんも知らないんだ!?」

「知らねーわ……」

「魔術はリリーちゃんやクリス坊やにお任せじゃったしのう」

「今どき犯罪捜査に魔術併用するなんて当たり前でしょ!? そりゃ冒険者だとそれどころじゃないってことも多いけど!」

 ……僕も結構山賊とか仕留めてるけど、なんか魔力が汚染とかされてるんだろうか。

 そういうの聞くとちょっと気持ち悪くなってくるな。

「……ていうか、リノってそういうの詳しかったんだ……てっきり合成魔獣(キメラ)技術以外のことはさっぱりなのかと」

「こんなの魔術師の家にいたら雑学の範囲なんだけど……実際聞いた話でしかないし、理屈はわかるけど実際に魔術式構築するとなったらソレ系の魔導書ないと何もできないし」

 とはいえ。

 直接妹の死霊……残留思念のようなものを呼び起こし、犯人像を聴取するよりも、結構現実味が出てきた。

「だいたい、リーダーもそういう事情抱えてたんなら相談くらいしたらよかったのよ。別に冒険者同士なら損もないでしょ」

「……別に復讐するつもりは……当面はなかったんだ。僕はそんな過去に耐えられなかったというだけの話で……戦おうにも、そんな力もなかったし」

「全然あるでしょ。そもそも、卑劣な人間一人のために国が敵に回るってのが妄想なのよ。いくら貴族のボンボンでも、そんな鬼畜かばってこんなドラゴンと戦える冒険者敵に回す価値ある? 普通切り捨てるでしょ?」

「それも楽観だ」

 僕はメガネを押す。

 身内の情っていうのは、しばしばそんな損得を超える。

 実際に手を下すとなったら、僕は……このパーティから抜けたうえでやるつもりだ、というのは変わらない。

「お肉買ってきましたー。……あれ、何です? 変な空気」

 ファーニィがジェニファー(二足歩行)と一緒に大きな肉の塊を両手で抱えて帰ってきた。

 そして、今の話題の説明をクロードにしてもらって。


「あっ、なんなら私が殺りますよ?」


 すごい軽く言った。

「……オメーもさぁ」

 ユーカさんが呆れる。

 が、ファーニィは「なんかおかしいですか?」と言わんばかりの顔で。

「だってアイン様的には同族ですけど、私ら(エルフ)にしてみれば人間の悪党なんてゴブリンと大して変わりませんし。むしろ同族ざくざく殺すアイン様でも気が引ける相手っているんだーって感じですけど」

「それで人間の集団に追い回されるかもしれなくても?」

エレミト(わたしんとこ)では日常茶飯事だぜ!」

 びし、とサムズアップして頼もしく言うファーニィ。

 ……こんなお気楽極楽エルフだけど、異種族なんだなあ、という思いと。

 仲間っていうのは、僕が思っていたよりもずっと……いいものなのかもしれない、という、我ながら調子のいい思いで。

「……ははは」

 なんだか、笑ってしまう。

 この村を離れてからずっとのしかかっていた肩の荷が、今下りた気がした。

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