田舎のいやなところ
冒険者をしているとついつい忘れがちだが、冒険者以外の相手に対して鎧や剣を見せつける必要はそんなにない。
というか、ロクにモンスターも出たためしのない田舎の農村では、現実感がなさ過ぎて仮装っぽくもある。
実際、村にいた頃は剣や鎧なんて祭りの劇にしか出てこないものだった。もちろん、定期的に国の兵士は回って来るが、道が酷いので慣れた兵士は重い武装をあまりゴチャゴチャと持ってこない。
そういうわけで、鎧を脱ぐと露骨に空気が変わった。
「急にいなくなったと思ったら冒険者なんて……村でも特にヒョロヒョロだったお前に務まるのか?」
「もう死んだものと思って、お役人にはそう話しちゃったわよぉ」
まるで仮面を外したら知り合いが出てきた、というかのように、鎧を脱いだら急に距離感が近くなった。顔を隠していたわけではないのに。
「僕がいなくなった後に……シーナみたいな事件、起きてないよね?」
「……それがな」
腰が抜けてしまったドンゴさんは駆けつけた弟さんに担がれて家に帰り、代わりに僕の話し相手になったのは村長の息子のジャックさん。僕より10歳ほど上で、既にシーナと同年代の子供がいる。
村長はほとんど世襲で、まあ他にやりたがる人がいるわけでもないので、あと数年したら彼が村長になるのだろう。
「うちの娘もやられた。ダルのところのせがれと一緒だったんだがな」
「!」
「シーナたちの時もだが、お上は取り合ってくれない。さすがにもう、ただの獣だと思ってる奴はいないがね。かといって山賊の影を見たって話もないんだ。なのに死体は出る……本当に気味が悪いし、やりきれねえ」
「ダルさんの息子も、やっぱり?」
「あぁ。死体は娘より凄惨だったよ。どっちも嬲り殺されたんだろうが、明らかに遊びでつけられた傷が多かった」
「…………」
村は広くない。かき集めたって百人そこそこだ。みんな顔見知りではある。
ジャックさんの娘も、ダルさんの息子も、幼児の時から知っている。
ジャックさんは冷静だが、我が子のことだ。はらわたは煮えくり返っているだろう。
だが、僕のように正気を失うことはなかったのは、彼が大人だからか、あるいは子供が彼女だけではないからか。
まあ、シーナたちの事件が先に起きたせいもあるんだろうけれど。
「それはいつの話?」
「まだ一年は経ってねえ。……子供たちを町に遊びにやることはなくなったよ。行くなら大人も何十人で隊伍を組んで、狩人の連中も同行だ」
「…………」
「だが動ける男どもをそっちに回しちまったら、その隙に村を襲われたらひとたまりもねえ……ってんで、そうそう行くわけにもいかない。作物を売りに行くついでに、数か月に一度がせいぜいだ。まあ結局のところ、みんな怯えて暮らしてる」
「……だろうね」
「お前、冒険者って悪党退治もするんだろう? なんとかしちゃくれねえか。お前はともかく、あの騎士様たちは強そうだ。子供を襲って殺すような奴ら、お前だって許せないだろう」
だいぶ雑な見識だなあ……と思いつつ、そう言いたい気持ちは理解できる。
荒事なんてたまに農夫同士が喧嘩する程度で、ロクに暴力の出る隙もない村だ。武器だってさっきも言ったように仮装に思えるほど縁がなく、実際に残虐な盗賊山賊とやり合うことになったら、勝ち目はほとんどないのがこの村の農民だ。
頼るべき兵隊も何もしてくれない。資金も潤沢なはずもない。
そこに僕らが現れたら、そりゃ頼るしかないだろう。
けれど。
「僕たちがここに来たのはあくまでドラゴンが来たことの警告だよ。……守りに来たわけじゃない」
「そ、それは冷たすぎねえか? だいたいお前、お前が農作業すっぽかして俺たちにかけた迷惑を思えば……」
「僕はシーナと一緒に死んだものと思って欲しい。……シーナのいない村に、僕はそんなに義理はない」
メガネを押してそう言うと、ジャックさんはガッと胸倉を掴んできた。
「黙って聞いてりゃのぼせ上がりやがって……それが恩ある村に言うことか!? 冒険者になって偉くなったつもりかアイン! お高く止まってんじゃねえぞ!」
「そっくり返すよジャックさん。いつまで偉いつもりだ? あなたはもう僕に命令できる立場じゃないだろ。それに、あなたたちが怖がってる人殺したちと戦わせようって相手に、この手はなんだ? 僕を脅しつけられる力があるつもりなら、自分でやってくれ」
「このガキ……生意気に!」
拳を振りかぶるジャックさん。
その手を、マード翁が掴む。
「やめとけ。アイン君殴ったら大変なことになるぞい」
「なっ……こ、これは村の者の問題だ、口出しは」
「それでどう怪我してもワシは治癒せんぞ。……今のアイン君はトロールが殴ったって平気の平左じゃからの。人間相手じゃと思わんほうがいい」
「何わけのわからんことを……」
ジャックさんはなおもマード翁を振り払い、拳を使おうとする……が、僕の背後を見てピタッと止まった。
ちらりと見ると、ジェニファーが立ち上がってゴリラモードの拳を合わせつつゴルルルと唸っていた。
……これを前にして勢いを保てたらもう、才能あるよな。なんかの。
「……別に殴ってもいいけどね。それで僕が泣きながら言うことを聞くっていうのは、希望的観測が過ぎる」
メガネを押しながらジャックさんの手をほどく。
「やれよ、ジャックさん。なんなら鋤でも鉈でも使っていい。反撃は決してしないと約束しようじゃないか。……それが済んだら出ていかせてもらうよ。もうここには来ない」
「くっ……」
手を広げて挑発する僕を、今度はファーニィとアテナさんが諫める。
「何そんなにキレてるんですか一般人に!」
「よせよせ。元々犯人は倒すつもりでいるんだろうに」
……はあ。
冷静じゃないな、僕も。
一見した限りでは、ただただのどかな農村。
だが、僕とシーナは決して暖かく守られていたわけではない。
田舎独特の差別意識、序列意識。
僕たちは……親のない僕たちは、この村では、底辺だった。
それでも、シーナだけは幸せに、と僕は必死で働いていた。
所詮子供だ。働きなんて実際、大した足しにはならなかっただろうけど。
でも、「恩がある」と向こうに押し付けられるほど厚遇された覚えはない。
あの事件で、シーナのために泣いた大人なんて誰もいない。
僕が悲しみに暮れる中、ただ僕が働いていないことに苛立っていた彼らに、僕はどうしても同情できない。
だから。
だから、僕は、こんな村……。
──愚かな者は滅べばよい。
いきなり来た「思考共振」。
ハッとして背後を振り返ると、ドラゴンが山の向こうから翼を打って浮き上がり、こちらに近づいてこようとしていた。
「なんで動いてるんだよ!?」
叫ぶ。
山の向こうで大人しくしていてくれるものかと思ったのに。
──約定は三十の冬を超えるまであの地に戻らぬこと。それのみのはずだ。
ま、まあ、そうだけど。
「いちいち滅ぼそうとしないでくれ! 別にお前には関係ないだろ!?」
──我は弱く不快な者に寛容ではない。
「もっぺんボコすかあのアホドラゴン」
「一応、一応アイン様に同情してくれてるのにそれもどうなのユーちゃん……」
やる気になってしまったユーカさんと一応止めるファーニィ。
……を見かねて、さっきのゴリラモードの時にジェニファーから降りたリノが場をまとめにかかった。
「あーもう! リーダーもユーも正座! 村の人たちはそのジャックって人取り押さえて! あれのブレス来たら一瞬で村終わるんだから!」
ビシビシと指差して、ドラゴンの接近に呆然とする村人たちと、ついでに僕らを動かす。
「うちのリーダーたちはあのドラゴンとやり合って認められてんの! 喧嘩売るとかアホなことしないで! っていうか喧嘩になんないから! ウチのジェニファーよりそっちのマッチョジジイよりリーダー全っ然強いから! ほらリーダー、それっぽい技のひとつも見せて!」
「え、えー……それっぽいって言われても」
「その辺の木とか岩とか適当に斬ればいいでしょ!」
「村の景観壊すようなことしたくないんだけどな」
「灰にするよりマシでしょーが! さっきから思うんだけどリーダー優先順位おかしい! さっさと力見せなさい! あんた“邪神殺しの後継者”でしょう!?」
……ま、まあ、確かに……ちょっと故郷というロケーションのせいで情緒がおかしくなっていた……かも、しれない。
──使え。
ぺっ、とドラゴンが何かを吐いた。
割とすごい勢いで飛んできたそれは、僕から十数メートルほど離れたところに着弾し、ちょっとしたクレーターを作る。
もうその時点で村人たちめちゃくちゃビビってるんだけど。
……で、吐き出されたのは、現代的な拵えではない一本の剣。
鍔がなく、くさび型の刀身に直接柄が生えている感じの剣だ。
抜いてみると結構重い。持てないほどでもないけど。
……これでなんかやれってことかな。
ドラゴンを見て、そういうことだろうと当たりをつけて……その辺の森に向けて、「バスタースラッシュ」を、振る。
轟音とともに、黒く空間が裂けた。
「!?」
驚いて剣を見る。
なんだこの剣。
三日月状の剣閃が高速飛行するはずが、なんか航跡が塗り潰されるような異様な光景になった。
そして、その航跡が消える瞬間にズズッと周辺が引っ張られるように歪み、破壊痕がさらに醜くなる。
「……なにこれ」
「多分遺跡産の剣だな。破壊できないタイプの素材の奴」
「素材の問題じゃなくて」
「変な力が染みついてる奴もあんぞ。まあ使いにくかったら売ればいいじゃん」
ユーカさんはハハハと笑った。
……ジャックさん含め、村人たちは凍り付いていた。




