故郷の村
僕はとにかくみんなに説明した。
事ここに至って「妹との大切な思い出」だとか「凄惨なトラウマ」だとか言ってる場合じゃない。
妹との生活やその最期のことだけじゃなく、ハルドアという田舎国家の閉鎖性や、「人食いガディ」の噂、それを狩るつもりなら、たったこれだけの仲間で国ひとつを相手取る可能性すらあること……。
その全てを、一生懸命に。
特にハルドアの貴族社会を相手取ることになるというのは恐ろしいことだ。
ヒューベル王国だってそうだけど、貴族というのはメンツを大事にする。いくら何かの罪を犯したからといって、庶民にやられっぱなしで黙っている貴族なんかいない。
そして貴族は、自分の領地では至上の存在だ。その強権にものを言わせて、領民をいくらでも徴用できる。
何千、何万の人間に追われる可能性があるということだ。しかも「人食いガディ」が本当にフィンザル公爵の一族となれば、貴族としての派閥も大きいだろう。際限がなくなる。
そんなのとやりあうとなれば、もう数人で国家と戦争をするのに等しい。
普通なら勝てっこないし、勝てても大虐殺者として歴史に残ってしまうだろう。
……ユーカさんやアテナさん、マード翁、リリエイラさんといった強烈な「個」の力がある今なら、いい線行くんじゃないかというのは少し思うけど。
ハルドアがいくら小国とはいっても、やっぱり人間を相手にする軍隊は、モンスターとは違う。
軍隊でも相手できないようなモンスターに勝てる……というのは、つまり軍隊にも勝てる、ということではない。
この状況で復讐は自殺行為だ。みんなを巻き込んでやるつもりはない。
……と、頑張って話したのだが。
「でも、このクソデカドラゴンを放つってもうそれどころじゃないですよね?」
真顔のファーニィに言われて言葉に詰まった。
「そりゃ直接戦争するわけじゃないかもしれませんけど。最終的には、アイン様がさっき言ってたみたいに、ドラゴンの周囲を禁足地にして様子見にするしかなくなるでしょうけどね。それまでにやっぱり何十人では済まない冒険者や兵隊が死ぬでしょうし、至近にいるアイン様の故郷の人たちも流民になるでしょう。それどころか、町がいくつか灰にもなるでしょうし……何よりドラゴンがめっちゃ滅ぼしに乗り気ですし。やってることは復讐より全然奥ゆかしくないですよ」
「それは……」
「そういう風にドラゴン利用するくらいなら、かえって堂々と復讐して『ドラゴンの怒りだ思い知れコノヤロウ』とでも言った方が、まだしも全方位に優しいんじゃないですかねぇ」
ファーニィの言葉に、リリエイラさんが頷き。
「まあ、それも一つの手ではあるけれど。……でも、話を聞くに、その『人食いガディ』を追い詰めて誅殺するのって、別にそこまで後ろめたく思うようなことじゃないと思うのよね」
「……そうでしょうか」
「これが妹さんも悪いって言える部分があるなら、復讐したって不毛と言えるかもしれないけれど。どう考えても妹さん、巻き込まれただけよね? アイン君が我慢して泣き寝入りする理由は全然ないでしょう。それを裁けない法なんてゴミよゴミ。無視していいわ。放置したって次の犠牲が出続けるだけでしょう。むしろ殺すのは善行よ」
平然と過激なことを言う。
……どうしたものか、とユーカさんを見るが。
「まあ、実際そういう奴って盗賊や山賊となにが違うんだよ、とは思うよな」
「いや、結構違う……と、思う……」
「変わらねーよ。世の中ナメて好き放題して、逃げおおせると思ってるクソだろ」
「…………」
「お前がやると決めたなら、狩る。お前の苦しみや、お前の妹の死を、アタシはなかったことにはしねえ。……だけどドラゴンに任せて有耶無耶にしたら、どうにもできなくなっちまうぞ」
「……でも、相手は貴族だ。もう時間も経ってるから、その辺で同じように庶民を殺して遊んでるとも思えない。引っ込まれてたらもう……」
「アイン君」
リリエイラさんがメガネを押し、悪夢のような笑みを作る。
「こうしましょうか。……さっきの取引よ。私が、そいつを引きずり出す。そして必要なら、殺す。……君が躊躇う必要はないわ。それでいきましょう」
「……って、そんな簡単に……」
「簡単よ。……君が思うより、私はいろいろとできるのよ。魔術も、それ以外もね」
アテナさんやファーニィに劣らないほどの美女。
しかし、明らかにふたりとは格が違う……なんというか、親玉の気配を、醸し出す。
──我が滅ぼす方が早い。
「いや本当それだけはやめて?」
ドラゴン、意外とやる気をアピールしてくる。
思ったより活動的な奴なのかもしれない。
……あるいはリリエイラさんにいいところ見せようとしてる?
ま、まさかね。
その場でリリエイラさんとは別れる。
やるとなったら仕事は山積みだから……というのもあるが、まずは一度戻ってあの切り落とした翼をなんとかしてこなくてはいけない。
「リリエイラさん以外が触ると皮膚が腐る」という呪いなので、僕らが取りに行くのも無意味なのだ。
……まあ、引き取れたところでどうしようもないんだけど。折りたたんでも数十メートルの代物、どこに持っていってどう処理すればいいんだ。
まあ、そちらはリリエイラさんに任せよう。ドラゴンが僕たちにわざわざ「くれてやる」と言ってきたものだ。チョロまかしたりはしないだろうし。
で、僕らはというと。
「……アンタら、冒険者か……ら、ライオン!?」
「やあ……ドンゴさん」
「な、なんで俺の名前を……い、いやお前、アインか!? 生きてたのか!? 俺たちはてっきり……」
僕の故郷の村にみんなを案内……というか、他に行く場所もないし、ドラゴンのことも話しておかないと変なパニックになりそうだし。
ちなみに村の名前はない。しいて言うなら「山奥の村」と周辺地域では言われている。だいたいそんな調子で通ってしまうのがこのハルドア辺境であり、それで何の不自由もないぐらい周辺になんにもない村でもある。
「まだ僕の家はある?」
「あ、あぁ……でも、もう『迷いの森』にでもいっちまったと思って……」
「誰か入居させた?」
「……物置にしてるよ。家具もほとんど、他の家に出しちまってる」
「まあ、そんなところか。……別にまた住もうってんじゃないからいいよ」
「お前、どうしてたんだ。その恰好からすると騎士……いや、冒険者にでもなったのか?」
「うん。……後ろにいるのはパーティの仲間たちで……まあ、それはいいんだ。あ、このライオンは賢い奴だから安心して。変なちょっかい掛けなければ牛より大人しいよ」
「ガウ」
挨拶のつもりなのか、軽く吠えた、というか鳴いたジェニファーに、それでもドンゴさんはビビる。
まあそれが普通の反応だよね。
でも、山ひとつ向こうにはライオンどころじゃない奴がいるんだけど。
それについて話そう。
のどかな農村に現れた対ドラゴン装備の冒険者集団。
やはり目立つのか、ドンゴさん以外の村人もほどなくして遠巻きに集まり始めた。
まあ、なんにもない村だ。事件の匂いがすれば、またたくまに「なんか来てるよ」と噂が広がり、見に行こう、となるのだ。
実に田舎臭くて苦笑いだが、こういう時にはありがたい。
「あっちの山の向こうにドラゴン……それも、百メートル以上の大物? 冗談……じゃ、ねえよな?」
「今信じなくてもいいけど、どうせ見に行けばすぐにわかる。今のところ攻撃の意志はないけど、その気なら王都だって一日で更地にできるようなモンスターだよ。できれば近づかない方がいい。気が変わる可能性もゼロじゃないから」
「そ、そんな……大変じゃねえか! 領主様に……町の兵隊に連絡しないと!」
「……連絡しても笑われて終わりだと思うけどね」
「なんでお前そんなに落ち着いてるんだ! 村がどうなってもいいのか!?」
メガネを押しながら。
実際どうでもいいんだけどね、と言おうか迷う。
どうせここにあるのは「物置」と化した家ひとつ。思い出の品なんてものは、もうない。二度と帰らないつもりで出た。
農奴としての作業はみんなでやるから、相応の近所付き合いもあったけれど、我が子のように可愛がってもらった……なんてこともない。僕と妹は孤児なりに、なんとか飢えずに生きている……という程度の生活だった。
シーナのいないこの村に、僕はもう興味がない。
こうして二年ぶりに見る顔見知り達の姿を見て、改めてそう思った。
「アタシらならその気になればブチのめせるからだよ」
ユーカさんが僕の横に進み出て、腕組みをして胸を張る。
それを見てドンゴさんはひげ面をポカンとさせ、そして僕をいぶかしげにもう一度見る。
「なんだ、こんな子がそう言うってことは……言うほどじゃねえってことか?」
「事実だよ。……この子は特別だ。ドラゴンにも場合によっては勝てる」
「お前、からかってんのか?」
「信じられないかもしれないけど事実だよ。今の僕は、彼女の弟子だ」
「おいおい……よりによって、この中でこの子か?」
ドンゴさんはパーティを見回す。
隙のない全身鎧のアテナさんや、もう少し軽装ながら立派な恰好のクロード。
マッチョフォームが解ける気配のないマード翁に、エルフで装備も最近では随分冒険者らしくなってきたファーニィ。
魔術師らしい恰好はしている(そしてライオンに乗っている)リノ、そして剣と胸鎧は立派な僕。
ユーカさんは相変わらず重装備を好まず、着ているのは動きやすいが可愛らしい服にケープ一枚引っかけただけのもの。持っているのはショートソード一本だ。背もリノと並んで一番低い。
冒険者らしさという意味では、一番冒険者らしくないかもしれない。
が。
「ンだよ。証拠でも見せろってか?」
「ユー。そういう絡み方は良くないよ。相手は農夫だ」
「おいおいおい。お前だって農夫だろうが」
ドンゴさんは実に胡散臭そうな顔をしている。
ユーカさんはイラッとした顔で、近くに立っている枯れ木を指差し。
「じゃあ見てろよ」
「なんだ、よじ登りでもするのか? 危ないぜ、アレは枯れてるからすぐ折れる……」
ユーカさんは言い終わる前にショートソードを無造作に抜き、雑な動作で振り抜く。
次の瞬間、木は凄い音を立てて砕けて散った。
「よし。やっぱいいなこの剣。めっちゃアタシに合うわ」
「…………」
ドンゴさんは固まっていた。
枯れ木と言っても、高さは5メートル近くあった。
大男が組み付いたってそう簡単にヘシ折れるようなものじゃない。
魔力剣技を見たことがない……というか、魔術自体も誰も使えないようなこの村では、意味不明の光景だ。
……それにしても、ただの「オーバースラッシュ」じゃなかったな。剣に合わせてまた新技開発したんだろうか。
毎度ながら底知れないな。
「……まあそういうわけで。この子がパーティ最強なんだ」
「いや最強はお前だろ」
「僕はドラゴン倒せないよ。まだ」
くるくるとユーカさんは剣を手首で回してから鞘に入れ、その音と同時にドンゴさんは尻餅をついた。




