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着陸と復讐の意志

 ドラゴンは離陸した。

 雲を突き抜け、山を見下ろし、翼が空を叩くたびにゾッとする音を立てながら。


 僕たちは「空飛ぶ絨毯」と、それにシルベーヌさんが念のため仕込んでおいてくれた風防結界のおかげで、比較的快適に彼の背中に乗っている。

 いや、乗っているって言っていいのかな。背中に刺した剣にロープを結わえ、絨毯自体はドラゴンから1メートルほど浮いている。

 なんというか、正確に表現するなら「引っかかっている」に近い気がする。

 で、その状態で気が付くこと。

「今どこにいるのか空から見てもわからない」

「まあ、そうだな……っていうか空しか見えねーな……」

 左右、翼がわっさわっさと上下している。

 前方、ドラゴンの後頭部が見える。

 そして後方。意外と尻尾長いなー。

 と、背中の上から見渡しても地面が見えない。

「どれくらいの速度で移動してるんだろう。馬より速いよねこれ」

「空飛んどいて馬より遅かったら逆に面白いだろそんなん」

 ユーカさんはそう言うが、だとしたら100キロってわりとすぐじゃないだろうか。

 ジェニファーも急げば二時間くらいで100キロ走れるのだ。それより速い……というか、仮にシルベーヌさんのところのブラ坂と同様の速度が出ると仮定するなら、倍以上速いというのもあるだろう。

 となると、ぼんやりしていたらハルドアを突き抜けて行ってしまうんじゃないだろうか。

 いや、別にどうしてもハルドアに降りなければいけない理由はないんだけど。

 スイフト領から出て行ってくれるなら、遠くに行く分には別にいい。

 でも戻りを考えると、国をいくつもまたぐのはちょっと困るか。

「しばらくしたら一旦降りてもらって、行き過ぎてるようなら戻……いや、普通に僕らはジェニファーで帰ろうか。スイフト領以外ならどこでもいいんだし、現地の人はドラゴンとは適当に折り合ってもらおう」

 僕がそう言うと、リリエイラさんがすごく微妙な顔をした。

「本当に母国どうでもいいのね……いえ、私が口出すことじゃないんだけれど」

「ハルドアの兵隊にこのドラゴンの討伐は多分不可能だと思うし、いずれ周辺不可侵になって終わりだと思う。このドラゴンも特に人間に極端に敵意があるようでもないし、まあ……僕の知ってる人たちの生活がメチャクチャになるってことはないんじゃないかな……」

 そもそもにして「僕の知っている人」の範囲はすごく狭い。

 僕は山間の農村で、周囲の大人の手伝いをしていただけの農奴だ。数度以上の面識のある相手なんて村内にしかいないし、なくなったら後味が悪い……と思えるのなんて、あとはたまに行った最寄りの町くらいしかない。

 正直、まともな地図なんか見たこともないので、ハルドアのどのあたりにそれがあるのかもわからないし、どこにドラゴンを下ろしたら事態を避けられるのかもよくわからないのだった。

 村から出てゼメカイトに至るまでの道はほとんど風任せだったな。

 ただ、あの村にもう戻りはしない……ということだけしか、考えていなかった。

「まあ、ハルドア王国のド真ん中よりは辺境近い方がいいでしょう。現在地はだいたいわかるから、私に任せてくれる?」

「……わかるんですか」

「記憶力が自慢なのよ。周辺諸国の地理情報は大体頭に入ってるわ。ハルドアもね」

 トントン、とこめかみをつつくリリエイラさん。

 その姿を見て、リノがちょっと憧れた顔をしている。

「ああいうこと言ってみたいなー……私もメガネかけようかな」

「メガネかけたからって記憶力はよくならないよ」

 当たり前のことを一応言っておく。

「でもリーダーも時々なんか頭よく見えることあるし……鬼畜っぽい凄みが出てることの方が多いけど」

「どっちにしても錯覚だからね?」

 まあ、僕が決して頭いい方じゃない……少なくとも、人より頭がいいと言える状況証拠は特にないから、それは見栄の張りようがないとして。

 別に風評ほど鬼畜でもないと思うんだ。人より多少度胸がある程度だと思う。

 みんな“鬼畜メガネ”という二つ名にちょっと引っ張られ過ぎている気がする。

 ……と思うんだけど。

「鬼畜ねぇ……まあ、しばらく見ない間に随分そういう感じの雰囲気にはなったわよね。あのヒョロヒョロナヨナヨの新人君が」

 リリエイラさんがちょっと嫌そうな顔で言う。

 いや、カミラさんとかみたいに喜ばれても困るけど、そういう顔で言われると地味にキツいな。

「僕そんなナヨナヨしてたかな……」

「少なくともゼメカイトにいた頃は覇気がなさ過ぎて、目を離したら死んでそうな子だとは思ってたわ。ユーカに逸材って言われた時も少し信じられなかったし」

「まあ、あの頃はなー……実際コイツ死ぬ一歩手前まで行かないと実力出せなかったしな」

 ユーカさんは「困った奴だったぜ」とばかりの顔をする。

 ま、まあ、それはそうかもしれない。

 でもそこから成長はしたにしても、そんなに言うほど鬼畜ではないと思うんだ。

「今は一応顔見知りのリリーちゃんをいきなり殺しにかかるしのう。さすがにびっくりしたぞい」

「いやあれはリリーが悪いだろ。つかリリーに非しかねえだろ。面食らったけどよく考えたらアタシも剣抜くぐらいはしておくべきだった。ドラゴン操ってるんじゃねーかって流れもあったんだし」

「いくら私でもポチを操るなんてどうしたらいいのかわからないわよ……ヒューベル王家全員操り人形にする方がずっと難易度低いと思うわ」

「……マジでコイツさぁ」

 ユーカさんがドン引きした顔をする。

 本当、一言多いよリリエイラさん。


 飛んだ時間は、多分数十分程度だと思う。

 そして、降りた場所は……。

「……見覚えがある」

 僕の住んでいた村から山ひとつ隔てた場所にある森だった。

 というか、空中からあの村が見えたのでほぼ間違いない。

「えぇ……リリーお前、狙った?」

「確証はなかったけど、あれからアイン君についてちょっと調べた情報から類推すると、このあたりかしら、ってね」

 僕について調べた……?

 いや、当然といえば当然か。

 リリエイラさんにしてみれば長年の相棒であるユーカさん。その力を受け継ぐことになった相手なら、誰であれ素性を知りたくなるのは自然な話だろう。

 風任せで流れてきた僕の足跡をどう辿ったのかはわからないけど……まあ、それこそ地道な聞き込みや、冒険者の酒場同士のコネ、魔術による捜査まで、彼女ほどの人間なら手段はいくらでもある。

 が、それはいいとして。

「いや、なんでそこにぶつけるんだって話だよ!」

「まあ、正直、気持ち悪いから……っていうのが第一」

 リリエイラさんは、無事に絨毯から降りた僕に指を突きつける。

「あなたはドラゴンを母国に放り込んで、どうしたいの? 他に選択肢はいくつもあるはず。それでもここを選ぶということは……何かの願望があると私は考える。未必の故意で、何かが壊されて欲しいんでしょう」

「……そんなことは」

「何度も言うけど、ポチは私にとっては親。そういう変な鬱屈に利用されるのは気分が悪いのよ。……どうせなら直接、一番分かりやすいところで派手にやる方がいいでしょう?」

「…………」

 どっちが鬼畜なんだか、と言ったら駄目なんだろうな。


 確かに、僕は……壊れて欲しいものが、ある。

 不可抗力で、何もかもメチャクチャになって……そのついでにこの世から消えてくれないかという願望が、ここへのドラゴン誘導を決断させた……そういうリリエイラさんの推測も、おそらく的外れではない。

「……ここにあるものはもう、たった一人の家族が……妹が死んだ思い出だけだから。何もかも灰になってしまっても、そんなに……後悔はしないと思う」

「冷たい故郷への逆恨み、ってところかしら」

「……ないとは言わない」

 僕はメガネを押して。


「……妹を殺したものも、巻き込まれてくれないかと思ってた。……そういうことなのかもしれない」


 いっそ、何もかも灰になってしまってもいい。

 近所の大人たちと、それなりの付き合いはあった。

 そんなに酷い真似をされたことはなかったけど、でも村人として決していい待遇だったわけでもない。

 親愛の情を抱くほどでも、ない。

 僕にとっては、その程度の相手だ。

 ドラゴンという巨大な災害で、もし妹との思い出ごと、村が消えてなくなってしまっても、それはある意味過去との決別として受け入れられる。

 そんな嫌な計算もあった。

 ……でも、一番は、それでハルドアがメチャクチャになってくれたら。

 おそらく妹を殺した「人食いガディ」……あるいは、それ以外かもしれない真犯人も、未曽有の災害の中で勝手に死んでくれるかもしれない。

 そうなれば、ユーカさんの手を汚さなくても済む。

 ハルドアにそんな混乱が起きれば、僕も変な復讐心をドサクサの中に押し流してしまえるかもしれない、なんて。

 そんなドロドロとまとまらない計算と感情が、ドラゴンへの指示に練り込まれている。

 僕の不自然な決断から、リリエイラさんは明晰な分析力でそれを見抜いたのだろう。

 彼女は溜め息をつき。


「くだらないわ。……ちゃんと特定して、きっちり苦しめて殺さないと、結局モヤモヤしたままでしょう?」


 なんかすごいことを言ってきた。

「リリーちゃんってこういうキャラじゃったっけ?」

「ああ、まあ……こういう奴だよ……うん」

 ユーカさんは諦めた顔でマード翁に答えた。

 他のメンバーも、やや困惑顔をしつつ。

「アイン君も複雑な過去を持っているようだな」

「まーなんとなくは察しますけどねー。たまに見せる怖いとこってなんかあったんだろうなって思ってましたし」

「……あの……復讐はちゃんと決闘で果たさないと」

「リーダーって元農奴でしょ? 農奴は決闘なんてできないんじゃない?」

「ガウ」

 意外と受け入れている。

 ……いや、待って。僕が変な願望混じりで行動してしまったのを反省するのはいいとして、なんかみんなで復讐に付き合う流れになってる……?



 ──この地の人間を滅ぼすのか。よかろう。付き合ってやる。



「いや、付き合わないで!!?」

 ドラゴンまで乗り気になって惨事を引き起こそうとしている。

 いや待って。さすがにそれはまずい。本当にまずいから。

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― 新着の感想 ―
[一言] うーん、もしかしてこのドラゴン、血の気が余ってるんでしょうか。 でもって娘(?)のリリエイラさんも、この親にしてこの子あり?
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