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飛翔

「あんなデケェもん貰ったってどうすんだよ……」

 再度ドラゴンの背に上り、森の木々に覆いかぶさるように落ちている二枚の翼を改めて眺めてユーカさんはつぶやく。

 ドラゴンは答えない。まあ聞かせるつもりの声量でもないけど。

 代わりに、ジェニファーまで含めてみんなを乗せた絨毯ごと、空中で操りながらドラゴンの背中まで浮遊してきたリリエイラさんが溜め息とともに答える。

「ポチほどのドラゴンの翼なら、骨や翼膜は武具素材、魔導具素材、血や髄液は薬の素材……何の用途でも最上級よ。こんな大きさなら、それだけでスイフト家の予算を軽々上回れるでしょうね」

「つってもこんなのどうやって運ぶんだ。つか、どこに運んでどうすりゃ金にできるんだ?」

「まあ、それに関してはどうにでもなるわ。一時的に、つまらない奴らに盗まれないよう呪いでも掛けておくわね」

 リリエイラさんは杖からぼんやりとした蒼い幻光を現出させると、それがまるで触手のように伸び、二枚の翼をひとまとめにする。

 超一流の魔術師は、差し渡し数十メートルの翼をそうやって動かせるのか……。

 と、戦慄しているうちに、その翼を畳んでまとめ、さらに黒と紫の混ざった魔力光で縛り上げるようにしてから木々の隙間に下ろす。

「この翼に私以外が触ったら即座に皮膚が腐り始める呪いをかけておいたわ。まあ、地元の人がうっかり手を出したらご愁傷様ね……」

「いやお前、それやべーだろ。せめて警告は出せよ!? そういう魔術もあんだろ!?」

「……ユーカって自分で物事進める時は雑なくせに、そういうところ細かいわよね」

「だって取りに戻ってきた時に皮膚が腐った死体がゴロゴロしてんのとかすげー嫌だろそんなん!」

「即死はしないわよさすがに……それにポチの移動後にマードさんが治せばいいでしょ。間違って手を出したとかなら、ちょっと探せば必死で隠れたりはしないでしょうし」

「オメーさあ……そのエグめの発想聞いてると色々疑うアインに賛同したくなるぞ」

 ユーカさんが本当に嫌そうな顔でリリエイラさんを睨む。

「心外。時間もないんだから仕方ないじゃない。ねえマードさん」

「ワシに何言えっちゅーんじゃ。つうかリリーちゃんよ、人間、皮膚が腐るような状態になったらわりといい確率で死ぬぞい。主に精神とか社会性の問題で」

 ……まあ、いきなり身体が腐り始めたら気の弱い奴ならショックで自殺するだろうし、それは何とか耐えても、人に見られたらやばい病気を疑われるよね。

 生きたままゾンビになる過程だと思われて、寄ってたかって殺されて焼かれて埋められるかもしれない。

「盗もうとしなきゃいいのよ」

「そうは言うけどよ……こんな珍しいもん、見つけて興味持つなってのも無理だろ……」

 ユーカさんはそのまま気にしていたが、実際貴重な品なら貰っておかない手はない。

 リリエイラさんが黒幕じゃないなら、まだこの先も厳しい戦いがある。強い武装や魔導具のアテはあればあるほどいい。

「ね、ねえリーダー。翼はともかく、角って貰えないかな」

 リノもジェニファーに過剰にしがみついてはいるが、興味はしっかりあるようだった。

「何か作るの?」

「ダークドラゴンの角だったら杖の素材として伝説級よ。こんなものでいいから」

 リノが示したのは杖というより筆のような長さだったが。

 でも……角かー。

「貰えると思います?」

 リリエイラさんに振ってみる。

 彼女は首を横に振る。

「前にねだってみたことあるけど、思いっきり無視されたわ」

「リリエイラさんでもか……」

「ドラゴンは全身魔術的には宝の山だけれど、角と牙は特に誰もが欲しがるからね。欲しいなら狩るぐらいのつもりで挑まないと渡さないでしょう」

「そっかー……さすがにムシが良すぎたわ」

 リノが残念そうな顔をする。

 それを横目で見て、ユーカさんはしばし考え、パチンと指を鳴らしてショートソードを抜く。

「まあ、それなら強引に貰っちまえばいい。てか、翼はホイホイ再生できるんだし、角や牙だってさっきアインがブチかましたときに折れてても不思議じゃねー。それに折ってもどうせ再生すんだろ」

「ユ・ー・カァ……!?」

「さすがにまずいよ。せっかくハルドアに大人しく移動してくれそうなのに」

「それで機嫌悪くなるんなら、もう一回ボコしてやればいいんだよ」

「蛮族過ぎない!?」

 これはさすがに聞こえているだろう。ちょっと慌てた。

 が。



 ──欲しければ取るがいい。



「なんで!? ちょっとポチ、ユーカにばっかり甘すぎない!?」

 リリエイラさんは絶叫した。

 なんだろう。妙な納得感があるのは、このドラゴンと戦った時の感触ゆえだろうか。

 ……頭いいのは間違いないんだろうけど、多分このドラゴン、精神的にはかなりユーカさんと同類なんだろうな。

 パワーとパワーの対話が成立する。傍から見ると奇怪だが、力を見せ合うことで互いになんらかの信頼が結ばれるのだろう。

 僕にはまだイマイチ掴みかねるけど、ユーカさんは「コイツならそういうのは多分アリだろ」というラインが見えているっぽい。

「それなら僕も牙ちょっと貰っていいかな」

「アイン君!?」

「いや、剣に加工出来たら嬉しいな、って」

「あのねえ、カレ、話通じてると思ってあんまり調子に乗ると突然ヘソ曲げるからね!? そもそもあのバカみたいな大きさの牙なんて、それこそどうやって……」



 ──剣が欲しいなら、あとでくれてやる。昔呑んだものが数本腹の中に残っている。



「……あ、それならそっちの方がいいかな。正直、牙持っていっても加工してもらえるかちょっと自信ないし」

「なんなの……幼子扱いするくせに私にちょっと甘くなさ過ぎない……?」

 リリエイラさんが半ベソで抗議している。

 ドラゴンはそっけなく。



 ──魔術師(たにん)の真似事をしているだけの汝を、我が認める事はない。



「ううぅ……!! 何よ、魔術師差別……!?」

「まあリリーが真似事の達人ってのはそうだよな。基本的に異常記憶力頼りのパワープレイだし」

「考えてみりゃ、思うだけで魔力が動いちまうドラゴンにしてみりゃ、人間の魔術なんて自分らの超低レベルの真似っこなんじゃなあ」

「ユーカはともかくマードさんまでイジることなくない!?」

 リリエイラさんは遠慮のない二人にキレる。

 もっと理知的な人だと思っていたけど、こうしてみると随分印象が違うなあ。

 まあ、親が目の前だというのもあるんだろうけど。



 ──さあ、そろそろ行くか、紫炎の者よ。振り落とされるなよ。



 絨毯の風防結界を展開し、念のためにドラゴンの背中に僕の双剣を突き立ててペグ代わりにして、そこにロープを結わえて。

 いや、別に僕がやろうと言ったんじゃない。

 このサイズなら根元まで刺しても蚊みたいなもんだろ、ってユーカさんが言うから。

 ……実際、「パワーストライク」で思いっきり突き立ててもドラゴンは無反応だった。

 さっきの再生の勢いなら実際、抜いたらもうその瞬間に傷なんて消えてしまうだろう。

 本当にこれ、倒せる存在なのかなあ……ユーカさんはこのクラスを倒したことあるらしいけど、それもこんな再生力だったんだろうか。

「行っていいよ」

 僕が大きな声でドラゴンにそう宣言すると、ドラゴンはその巨大な翼を大きく打ち振るい、足を動かし、前進を始める。

 しかし、いくら翼があるとはいえ、こんな巨大なものが本当に飛ぶんだろうか。

 翼なんてもう飾りで、本当は徒歩移動なんじゃないだろうか。

 ……なんて思う僕をあざ笑うように。


 ドラゴンは、加速し、加速し……飛んだ。

 冗談みたいな光景だったと思う。

 僕らは背中の上で、すぐに雲にぶつかってしまい、それどころじゃなかったけど。

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