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再交渉

「どういうことだ報酬って」

「ユーを止めてほしいって要請で、そういう話になったんだよ。タダ働きで好きに動かされてたら、リリエイラさんが悪い側だった時に笑いが止まらないだろうからね」

「丸一日話してまだリリー疑ってんのか」

「それだけリリエイラさんを評価してると思って欲しいな。僕を騙すくらい、頭のいい人ならどうとでもなる」

「リリーがめちゃくちゃ頭いいからお前を雑に騙せるってんなら、用心も意味なくねーか……?」

 まあ、そこを際限なく考えてしまえば本当にどうしようもないんだけど、一応ね。

「なんでもすると言ったのは嘘じゃないわ。どうして欲しい? 国でも滅ぼす? さすがにヒューベル滅ぼすなら最短8年ぐらいはかかると思うけど」

「いきなりデケーとこ行ったな……っていうか8年って嫌な感じにリアルというか」

 いや、むしろ8年で滅ぼせるって個人が言えるの本当怖いよ。西大陸有数の国なのに。

 でもリリエイラさんがその頭脳と魔術をフルに使ったらできそうなあたりが絶妙な数字だ。

「それともハルドア? そっちなら二年あれば転覆できるわ。支配層の無能が顕著過ぎて、その気になればすぐに火の海になるし」

「なんでわざわざアインの郷里を火の海にするんだよ……」

「あら、アイン君がゼメカイトに来た経緯を考えれば別に変でもないと思うけど?」

 リリエイラさんがこともなげに言うので、僕は努めて表情を隠す。

 ……別に、ここまでの一日の語り合いの中で、妹のことまでは語っていない。

 この人に、僕が郷里をどう思っているか、という情報までは渡っていないはずだ。

「もしも冒険者になったのが『モンスターに荒らされるハルドアを守ろう』なんて殊勝な志だったら、そこから出るはずないでしょう。元々ハルドアはモンスターもダンジョンも比較的珍しい土地柄だし、一攫千金の夢は非現実的……しかも彼は冒険者として大志を抱くほどの実力はなかった。それなのにあえてその道に踏み込み、しかもモンスターの活発なゼメカイトに流れてきたのだとすれば、故郷には少なくとも執着はないはずよ。おそらくは故郷にいられない、離れたい理由があった……と、思うのだけどね」

「……火の海にしたいほど故郷が憎いとは思いませんよ」

 メガネを押す。

 分析は当たらずとも遠からず。

 実際、ハルドアで冒険者をやっても大して儲からない。戦う相手が乏しいので仕事は少なく、命懸けでやるには報酬も高くない。

 同じ戦う仕事でも、人間を相手にする兵隊の方が収入も人気もあった。人殺しに抵抗がないわけじゃないだろうけど、そちらは体系化された剣術もあるし、名誉も得られるし。

 あそこでは、冒険者は間違っても積極的な理由があって選ぶ道ではない。

 少なくとも……帰る家があるような人間なら。

「それともお金? まあポチをこのまま放っておいてくれるなら、スイフト家から貰うはずだった程度の報酬は払わないといけないかもね。これも額によっては少し用意に時間かかるかもしれないけど」

「まあ、スイフト家への請求は一般的な『一生遊んで暮らせる額』を人数分、という請求のつもりではいました」

「……それっていくらくらいかしら」

「ルト通貨で1000万……くらいあったら、一生遊べますかね……」

「えっ、つまり総額一億も請求しないつもりだったの? ドラゴン退治で? やっす……」

 逆にギョッとした顔をされてしまった。

「……ユーだったらいくらにするつもりだった?」

「アタシに聞くかそれ。その辺全部リリーかアーバインに任せてたんだぞずっと」

「……えー」

「ちなみにリリーに会ったのはコイツくらいの時だ」

 ぐい、と親指でクロードを指す。

 クロードは15……まあ会ってからそこそこ経ってるから16歳ぐらいか、今?

 まあどっちにしても若い。リリエイラさんの経歴から言えば、彼女が冒険魔術師を始めてそう時間が経ってない時期か。

 まあ、頭が良くて数字に強い仲間がいれば、任せたくなるのはよくわかるけど。

「ま、ワシらなら10倍は取っておったじゃろうな。城が建てられる額じゃが、それで済むなら安かろう」

「……そんなもんですか」

 頂点クラスの金銭感覚、わからない。

 まあドラゴンを撃退するとなったら、それだけの価値がある仕事だ……というと、まあその通りだとは思うけど。

「しかし、ドラゴンを放置というのはまだ決めたわけじゃないですよ。まだこいつとの交渉は終わってない」

「これ以上のやり合いは本当にやめて」

「次はユー抜きでやります」

「おい待てアイン。さすがにそれはちょっと傷つくぞ」



 ──望みを言え、紫炎の者よ。



「……それは僕のことか」

 突然思考共振で話しかけられたが、聞き慣れない……いや思い慣れない(・・・・・・)言葉だったので、呼びかけられているという事実に多少、反応が遅れた。

 紫炎。“邪神殺し”のことだろうか。それにしたって二人いるけど……いや、どちらにしたって要求することは一緒か。

 というわけで、僕が代表することにする。



 ──征服を認め、屈したわけではない。だが、我が翼を切り裂いた功績に報いよう。我が幼子にこれ以上、無粋をさせるのも面倒というもの。



 ……一応、リリエイラさんってやっぱりこのドラゴンの中では「我が子」の扱いなんだな。

 リリエイラさんはまた何か言いたそうな剣呑な目つきをしているけれど、言い合いをさせると長くなりそうだ。

 いちいち思考共振を繰り返させると、僕やリリエイラさんはともかく、他のメンバーが参ってしまうかもしれないし。

「……所定の範囲まで移動して欲しい。あとはリリエイラさんが僕たちの依頼主を納得させるだろう。それで当分の間はここらに戻らないでくれ。それで僕らの仕事が成立する」

 そう言い放つと、リリエイラさんはブツブツと。

「そんなのいちいち聞いてくれるはずないでしょう。というか、なんで突然動いたのかも私にはまだ教えてくれてないのに……」

 などと言っているが。



 ──方角と距離を。そして、当分というのは幾度の冬を数える話か。



「聞いてるじゃん……」

「……ポチ……!! 本当にもうっっ!! もうっっっ!!!」

 リリエイラさんが杖を地面に叩きつけて怒りをあらわにしている。

 ……僕も一応言ってみただけで、断られたらまたどうにか妥協点を探るつもりだったんだけど。

「北西。……距離は、100キロ以上。期間はできるだけ長い方がいいけど、僕もそんなに長生きして確かめられないから、できれば30年くらい」

「おいアイン。それって……」

 この場所から100キロ。

 それだけの距離を進めば、領地を当然離れる。

 ……だが、ゼメカイトなら南だ。

 そちらの方には、ハルドアがある。

 だけど、まあ、こうして聞いてくれるだけの理性があるなら、別に人間を殺戮したりはしないと思うし。



 ──そなたらの度量衡がわからぬ。望みの場所まで、乗って行け。



 ドラゴンはそう言って、肉体から重低音を響かせ始める。

 巨大筋肉と鱗が奏でる駆動音。

 ……いや。



 ──少し、離れているがいい。血が飛ぶぞ。



 ドラゴンは、足を伸ばして身を起こす。

 改めてスケールがでかい。

 そして、その背から、勢いよく何かが飛び出し……あれは、翼?

「……再生……あんな勢いで再生できやがるのか……!?」

 まるで、内側に隠していたものを空に向けて突き刺そうとするような勢いで。

 両の翼が、またドラゴンに生える。



 ──落とした翼はくれてやろう。何かに使うがいい。



 ドラゴンはそう言って、新たな翼を軽く振るい、それだけで周囲の森に嵐のような音が響いた。

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― 新着の感想 ―
なんかモンスターってか、もう神様みたいですね。
[一言] このサイズのドラゴンの両翼だけで、素材として売ったら軽く人が何人か一生遊んで暮らせそうな? いやもっとですかね?
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