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殺竜領域のユーカ

「ユーカは特別よ。調子に乗せないうちに止めて。といってもここまで来たら、残り猶予は4、5発程度よ」

「……こいつが降参したら終わるでしょう。降参サインも、ただ考えるだけでいいのなら手間がない」

「あのユーカがギリギリで加減なんかするわけないわ。 それに倍々ゲームよ? 食らってる側がちょうどいいところを見極められるわけないでしょう? 残り耐久力が10のうち6割切ったら次は即死なのよ」

「……まあ、そういうの含めてドラゴンの賢さを期待しましょうか」

「私は! 君に! 止めてって言ってるの!! ポチが死んじゃったら困るの!!」

「……報酬は?」

「は?」

 僕はメガネを押す。

 リリエイラさんは信じられないものを見る目で僕を見た。

 が。

「わざわざ止める理由は僕にはない。これは僕たちとドラゴンの間で成立した喧嘩だ。あなたの一存は、重要じゃない」

「ホンットにどういう育て方してるのユーカは……!!」

「僕はまだあなたを疑っている。この期に及んで、ただ横からの口出しに素直に従って、後になってみたらまんまと利敵行為をしてた……なんていう話になったら笑えない。今はあなたを仲間と考え、指図を飲むことは、無条件にはできない」

 もし、このドラゴンを生かしておくことが、さらなるユーカさんへの試練に繋がるのだとしたら。

 それをホイホイと叶えたことを僕は後悔するだろう。

 今まで双子姫にも、ゼメカイトのディック氏相手にも見過ごしてきた「嘘をつかれた可能性」。

 それを、リリエイラさんに指摘されたからって、そのリリエイラさんを除外して考えるのは、あまりにも無邪気だ。

 報酬を要求することで、彼女が僕に嘘がつけなくなるというわけでは決してないが、僕らを「軽く右往左往させられるチョロい奴らだ」という認識をさせないようにはできる。

 ……果たして。

「……な、なんだってするわよ! 全財産出せっていうならそれでもいいから! だから早く止めて!」

「……思い切りましたね」

「親だって言ってるでしょう!? 親が殺されるのを黙って見てるわけにはいかないの!」

 ……そこまで言われたら飲まないというわけにもいかないか。

「受けましょう」

 僕は双剣を……いや、まだ「黒蛇」は握って使える状態じゃない、か。

 代わりに、念のため借りてそのままだったユーカさんのナイフを腰裏から引き抜く。

 長短二刀、アンバランスな「ゲイルディバイダー」飛行。

 だが、それでもドラゴンの身体を普通によじ登るよりは早い。



 ドラゴンの背中の上には、ユーカさんとマード翁、そしてアテナさんがいる。

 ユーカさんは例の脚力強化を応用し、マード翁はマッチョ化による身体能力向上でここまで駆け登ったのだろう。アテナさんも言わずもがな、元々全身鎧で10メートル以上を立ち幅跳びできる人だ。

 しかしアテナさんとマード翁は、緑と黒のドラゴンの背の荒々しい凹凸に、しがみつくようにして揺れに耐えている状態だった。

「ユー!」

 少し遠めから叫ぶ。

 だが、ドラゴンが全身の筋肉と鱗を動かす独特の重低音に阻まれ、声が届きにくい。

 近くに飛び降りようと場所の目星をつけようとした瞬間、ドラゴンは身をよじったらしく、その巨大な背が大きく揺れた。

 マード翁とアテナさんが悲鳴を上げているのが、重低音の間からかすかにわかる。

 しかしユーカさんはまるで根が生えたようにバランスを崩さない。

 大きくバックスイングしたショートソードに、普段とは見違えるような魔力を滾らせて。

「こっちも、チョンパだ!!!」

 荒々しく叫んで、翼の残っている方を斬り飛ばす。

 くどいようだが翼開長百数十メートル。片方だけで百メートル近くあるんじゃないかという巨大器官だ。

 それが、少女のショートソードの一振りで、冗談のように身から削ぎ落されて、森の木々を薙ぎ倒すように落ちていき……巨大な断面から噴火のように血が吹き出す。

「……さーて、次はどうしてくれるかねぇ!」

 悪夢のように、少女が笑う。

 双眸に灯った薄紫の光が、輝きを増す。

 絶好調だ。僕たちが正面で戦っている間に攻撃を重ね、“邪神殺し”を首尾よく起動したのだろう。

 ナイフよりも相性のいい武器を手にした彼女が、どこまでやれるのか。少し見ていたくはあるけれど。

「ユー!!」

 僕は、それを邪魔しなくてはいけない。

 ……バランスの悪い双発(・・)で空を舞うのは、結構しんどいし。

 残念に思いながらも近くに飛び降り、近づこうとすると。

「近づくなアイン君! ユーカ今キマっとる(・・・・・)ぞ!!」

 マード翁が大声で叫び、僕は不思議に思う……いや、思考が追いつく前に体が反応。

 腰を落とし、ほとんど伏せるようにして。

 ユーカさんの斬撃を、避けた。

「!?」

「今のユーカは敵をやっつけるまでまともに話が通じん!! 早く離れるんじゃ!!」

「って、前の戦いでもそんなにはなってなかったのに!?」

「こんなデカブツ向けの破壊力なんか出しとる余裕なかったじゃろ!! ある程度を超えちまうと、意識がトンじまうんじゃ! 体中ベキベキ状態でも勝つまでぶっ放し続ける執念がユーカの本領じゃからの!!」

「……って、それじゃこいつを完殺するまで止められないんですか!?」

「それか、本人の致命的なとこ千切れるまでじゃ! ゴリラじゃねーからの、どこをやらかしてもおかしくねーぞい!」

 ……リリエイラさんが「ドラゴン(ポチ)の死か、ユーカの死」と、あくまでユーカさんの方が死ぬ可能性を排除しなかったのはそれか。

 まあ、自分で身体をねじ切るような無茶をしても、即死でなければマード翁にはなんとかできるだろうけども。

「リリーちゃんに止めろと言われたか」

「……一応。なんでもすると言われました」

「ワシも言われてみたい台詞じゃが、今のユーカを普通に止めるのはだいぶキツいぞい。見た感じは絶好調じゃが、こうなるともうほとんど周りに何があるか見えとらんようじゃからの。普段有り得ないほどの魔力と痛みの激流を、例のアレで強引に制御しとる関係で、めちゃくちゃ視界狭窄しとるんじゃ」

「……とはいえ、請け負いましたからね。ほっとくわけにもいかないです」

「君はそういう奴じゃったな」

 マード翁は肩をすくめて。

「……今のユーカは一撃であのパワーじゃ、まともに打ち合ったら即真っ二つじゃぞ! やるなら利き腕すっ飛ばすのがオススメじゃ、元に戻すのはワシに任せい!」

「エグいこと言うなあ」

「かといってアイン君の首がすっ飛んだら、ワシでもどうにもならんからの!」

 壮絶な攻撃力に進化しているユーカさん。

 この攻撃がドラゴンに叩き込まれれば、耐えられるのはもう数発。

 リリエイラさんの言を参考にすれば、多く見積もってあと3発が限界、というところか。

 ドラゴンの方もなんか反撃でもしてくれないかな……いや、無理か。背中だもんな。しかも本来生えていた翼を両方なくした直後だ。

 身をよじって振り落とそうとしたのが精一杯の反応だろう。巨体過ぎて、やはり具体的なリアクションに時間がかかり過ぎる。

「じゃあ……」

 僕は剣を構えて、ユーカさんにゆっくりと近づく。

 そして……。


 鋭く、踏み込む。

 無謀だというのはわかっている。

 今のユーカさんの攻撃を受け止めようとすれば、剣ごと鎧ごとスパッとスライスだ。

 が、だからといってユーカさんに「バスタースラッシュ」を仕掛けるのは気が進まない。

 忘れられがちだが、「オーバースラッシュ」系の正確さは、そこまで信頼できるものではないのだ。腕のつもりで胴体をスライスしてしまったら泣くに泣けないし、ユーカさんに反応されて中距離からあの斬撃で仕掛けられてしまうともう勝負ができない。

 避けることを念頭に、近距離に持ち込む。


 当然、斬撃が向く。

 縦斬り。


 さっきのリリエイラさんの空中機動を参考に、無詠唱風魔術を併用して吹き飛ぶようにかわす。

 かわしきれない。

 ……地を蹴って引っ込めきれなかった片足、斬られた。

 足首から先がなくなった。もっていかれた。

 が、かわした。


「僕の勝ちだ」


 片足なくたって大丈夫だ。「ゲイルディバイダー」で、進める。

 無理やり、僕は両手の剣とナイフに引きずられるように前進して……ユーカさんの小さな身体に飛びつき。


 その身に溢れる薄紫の光を、全身で強引に吸って、散らした。

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