竜を殴れ
「バスタースラッシュ」は、強力な技だ。
うまく当てられれば、そのへんのダンジョンで見かけるようなモンスターなら、ほぼ全部に必殺の威力を発揮するだろう。
それに対して、さらなる威力増加を企図して加速をつけた「バスタースラッシュ・アクセル」。
普通なら完全にオーバーキルだ。例えばゴーレムだったら、数体重なっていてもまとめて切り捨てる威力のはずだ。
が、このドラゴンの小山のような頭部には、多少の切れ込みをつけただけ、という結果に過ぎない。
人の扱うどんな金属にも劣らないとされる防御力、そして何より質量が大きすぎる。
あの水竜レベルの再生力があると考えるなら、このまま「オーバースラッシュ」系の技で攻めるのは、あまり現実的ではない。
もっと威力が必要だ。一撃で無視できないレベルの損壊を与えられる威力が。
さしあたって、ブレスが吐けなくなるくらいのダメージを与えたい。そう何度も同じ調子で凌ぐことはできない。
となると、手っ取り早いのは……。
「『嵐牙』で、僕を撃ち出してほしい」
「撃ち出す!?」
「僕式の『フルプレキャノン』は加速力に問題がある。そしてその加速も、今、片方の剣が使えなくなってるから半減してる。これじゃ普通の『ゲイルディバイダー』しかやれない。そんな威力で次のブレスを妨害するのは無理だ」
「普通に“斬空”でなんとかするというのは……」
「目一杯やってもたぶんこいつは無視する。インパクトが足りない。直接ブチ当てていくタイプの攻撃でいくしかないよ」
口周りに「スプラッシュ」を振りまくれば、いつかはズタズタになってブレス不能になるかもしれないが、それはちょっと遠すぎる。
あの水竜戦のユーカさんのように。質量を全く無視してあの巨体を「叩き伏せた」あの攻撃のように。
奴の口を、頭を……殴って壊し、向きが変わるレベルの攻撃を放たなくては。
となると、威力を出す方程式を変えていく必要がある。
魔力剣技、つまり原始魔術は、魔力をどれだけの瞬発力で叩きつけられるかがカギだ。
別に増幅だの変性だのなんだの、高度な展開操作の必要はない。保持した魔力を狙った方向に投射できれば、身体能力でも魔導具でも、てこの原理でも何でもいい。
その加速をクロードに任せられれば、僕の方の魔力操作は別の形での威力加算に専念できる。
僕の場合、加速のためのアクションにかなりの魔力と意識を使わざるを得なかったので、それを他人に任せられるなら、相当に「叩く」方に集中できるはずだ。
「『嵐牙』を横薙ぎで振って、風を起こす『扇』に当たる部分を僕にぶつけて……君の今のスイングスピードなら、僕をすっ飛ばせるはずだ」
「あ、あまり過信しないで下さいよ。あくまでこれは風を起こすための機構なんですから。それにすっ飛ばすと言われても、それってつまり、上手くいっても巨人に殴られるようなものじゃ……」
「僕はそれでも全然平気だから」
まあ、人が吹っ飛ぶってそういうことではある。
とはいえ実際に固体で殴られるわけでもない。少し甘めに「メタルマッスル」を使えばいいだろう。
奴に当たるまでの数瞬で向きを調整し、最大限に魔力を込め、威力を加算した「刻炎」で「パワーストライク」をぶち込む。
「奴がブレスをもう一回撃つのに合わせる……」
「わかりま……」
「……なんてことをしたら、君もファーニィも僕の攻撃が威力不足だった場合に即死だから、すぐにやろう」
「そういう話し方はこの場面ではやめて欲しいんですが!」
「ごめん」
あまりにもガチガチになってるので少し脱力させたくて。
いや、数秒前にドラゴンブレスのまっただ中で消し飛ぶところだったんだから、リラックスしてたらおかしいけど。
「それ私も手伝えますよね! 今回ばかりは!」
そこに、僕たちの陰でドラゴンブレスをやり過ごしたファーニィが追いついてきた。
「クロードの魔剣のインパクトに『ウインドダンス』を合わせます! 加速がいくぶんかは確実になるはずです!」
「助かる。じゃあ、その作戦で」
「クロード! 一気に詠唱するからカウント! 5つ数えて!」
「は、はい! いち! に! さん!」
「普通そこは逆から数えない!?」
「それならそう言って下さいよ!」
クロードとファーニィは実にどうでもいいことで言い合ってグダグダ。
とはいえ、ドラゴンの次撃はやはりインターバルが必要のようだ。その間にまたブレスが来るということはない。
──我を前に堂々と相談か。まあ、知性なき者を狩り殺す『冒険者』なら、それでよかろうな。
ドラゴンの面白がるような思考共振が来る。
……モンスターには言葉が通じない。だからこういう土壇場での作戦提案もそんなに違和感なかったけど、もしかしたらマズった?
──よかろう。撃って来るがいい。弱き者と呼びながら、その工夫を忙しなく妨げるのは、どうにも情けない故な。
「そりゃどうも……!」
完全に遊ばれている。
「腹立ちますねあいつ!」
「ファーニィさん、相手はドラゴンですから。慢心くらいしてもらわないと勝負にもなりませんよ……」
「ほら、いいからクロード、もっかいカウント! アイン様、覚悟!」
覚悟って。
いやまあ、「フルプレキャノン」に対抗する速度でブッ飛ばされるんだから、その衝撃は普通なら全身骨折レベルだろう。ちょっと覚悟は必要かもしれないな。
でもまあ、僕は耐える手段があるし、たとえ全身の骨が砕けても内臓破裂しても、ファーニィかマード翁なら治せるだろうし。
なんの心配もない。
「……2! 1! いきますっ!!」
「『ウインドダンス』!!」
クロードの声とファーニィの声が重なる。
魔術師が魔法の名前を叫ぶのは、そうしないと魔法が発動しないからではなく「使用した」と周囲の仲間に宣言する目的でやっているらしい。そうしないと仲間に対しても不意打ちになって危険だから、とか。
今回のようなケースだとまさに目的通り、という感じだ。
二人がタイミングを合わせて僕を射出し、僕は鋭い角度で飛びながら、「刻炎」にあらゆる加算をかける。
“破天”で概念拡張、それによる「パワーストライク」の容量拡大、「ゴーストエッジ」で攻撃数増加、さらにパワー型螺旋効果、そして地属性魔力追加。
属性を与えたのはドラセナが「直接強化と相性がいい」と言っていたからだ。
炎や雷でこの巨大生物がどうにかなるイメージは湧かないが、地属性はそこに具体像がない分、素直に威力に反映されるんじゃないか、と期待している。
効け。
そう念じながら、僕はドラゴンの鼻っ面に、ありったけの攻撃力を、叩き込む。
「アインキャノンッ!!」
直撃した剣が、衝撃を空間に広げる。
小山のようなドラゴンの頭部が、衝撃で下に叩きつけられ、のけぞり、僕はそのバウンドに跳ね飛ばされる。
「っ……!」
体には、方向調整と本攻撃のために一瞬緩めた「メタルマッスル」を再びかけ直しているので、大したダメージはない。ただ派手に吹っ飛ばされただけだ。
いや、メガネ割れたな。さすがにバルバスさんの強化でも無茶だったか。
これも治癒術で治るから慌てはしないけど。
……と、“邪神殺し”効果で妙に冷静なままで考えつつ、墜落を待つ。
だいぶ高めに打ち上げられてしまった。
……しかし、なかなか落ちない。
あれ、と思ったら墜落中にリノとジェニファーが追いかけてくれたらしく、僕は重量物浮遊の魔術でふわりと激突を免れていた。
「リーダー! 大丈夫!?」
「ガウ!」
「……びっくりした」
急にリノたちが手を出してきたことに。
いや、こういう場面だと基本的にリノの安全最優先であまり前に来ないから。
──なるほど。惰弱な竜なら耐えきれぬ程度には、力がある。
「……ちょっとは痛かっただろ?」
僕は割れて片方使い物にならなくなったメガネを押しつつ、強がってみせる。
うろたえたら仲間たちも崩れる。
ここは踏ん張ろう。
それに今の一撃は「今の全力」だ。
数秒後の全力は、もっと強い。
視界を染め、メガネのヒビに顕著に色を付ける“邪神殺し”の効果が、そう教えてくれる。
まだタネ切れではない。僕はもっと、やれる。
──これで我を殺すつもりなら、雪が降るまでかかるだろうがな。
……あちらも強がりでないのだとしたら、なかなか絶望的なことを言ってくれる。
「もういいでしょう、アイン君、ポチ! それで充分力は示したでしょう!?」
さて、次はどうしてやろうか……と考えている僕の背後から、リリエイラさんが再び戦いを止めようとする。
「ここでやめて! そうでないと……」
「リリエイラさん」
「ユーカかポチ、どちらかが本当に死ぬから!!」
その時。
ドラゴンの翼の片方が、唐突に力を失い、地面に倒れ落ち始める。
体長に匹敵する翼開長だ。その巨大な翼が、落ちる。
折れている。
その翼の根元で、僕のメガネのヒビに映るのと同じ、不吉な薄紫の光が、やけによく見えた。
「ユーカのアレは、本当に……ポチ、あなただって粉々にするわよ!?」




