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異生物の交渉

「ユーカが力を放棄するというのは、それだけのインパクトがある。今まできっと見てきたでしょう? ユーカがいなければ壊れてしまう世界を。……ユーカというたった一人の人間が、下手な町ひとつ、軍隊ひとつよりも世の中に与える影響が大きいことを。冒険者という人の社会の外側の力でありながら、その有無は政治経済を大いに動かし、人の命すら数十数百と絡む陰謀が生まれるに、充分な価値を持っている」

 リリエイラさんは小さくなったユーカさんを見つめて、ちらりと巨竜にも目をやり。

「だからこそ、皆焦ったに違いないのよ。ユーカを中心にしたパーティは、このモンスターとダンジョンのある世界を人の世として剪定するための、人類の随一の武器だった。……もしもあなたが死ぬだけなら、残念がるだけでよかった。失われたなら失われたで、諦めることもできた。でも、その力は消えてなくなったわけじゃなく、不確かに受け継がれ、再び顕現を待つ形になっていた。そうなれば、なんとかして自分の側に呼び込もうとえげつない力が蠢き出すのは、無理もない話よ。あなたはそれだけの存在だった。望むと望まざるにかかわりなく、ね」

 ……ユーカさんと、ドラゴン。

 形は違えど、それはきっと同じように。

 ただ己の思うままに生きるというそれだけで、望むと望まざるに関わらず人を絶望させ、あるいは野望に走らせる……渦の中心となってしまう、という宿命を背負っている。

「ならば、没落の中にある魔術師の名門が、ただの家出娘の処遇という次元で考えてなどいないのは当たり前でしょう。人類の突然変異たるあなたの力は、本来は彼らのモノだったはずなのよ。あなたはそんなバカなというかもしれないけれど、彼らにしてみれば所有権は必然のもの。何かの機会があればそれを手中に収めたいし、それが『魔術的に扱える類のモノ』になったのならば、なおさら独占欲だって湧くというもの」

「……なん……って、勝手な話だ」

「所詮は憶測だけどね。……元々あなたはそれだけの存在だというのに、自覚が足りなさ過ぎたのよ。自覚してたら、そのへんの名もない壁貼りの子にその業を押し付けるのが、どんなに軽率だったか……なんて語るまでもないでしょう」

 溜め息、一つ。

「ディックさんについては元々、あまりにも素性が知れない人だから怪しんでてね。それとなく本人に来歴の探りを入れたり、人を使って調べてみたりしたのよ。本来は後詰冒険隊(サポートパーティ)に専従で収まっているような腕じゃない……場合によってはフルプレさんの代役さえできるほどの戦士が、それ以前の経歴が全くの謎だもの。……なかなか尻尾は掴めなかったけど、間接の間接でご実家への繋がりが推測はできていたわ。……それがあの後、フッとゼメカイトから消えた。解散後、何の仕事をすることもなく、あなたを追って支えるわけでもなく。ただの冒険者ならありえないじゃない。いくらユーカが多少太っ腹に賃金払っていたからって、ねえ?」

 言われてみれば。

 ゼメカイトの「冒険者の酒場」での酒盛りは、混沌の中にあらゆる情報が入り混じる。それぞれの来歴や仕事歴、評判、実力の裏付けとなる(あるいはハッタリの)武勇伝。

 しかしその中でも、彼の話はほとんど聞いたことがない。

 決して空気に馴染んでいなかったわけじゃない。おかしな噂もあったわけじゃない。

 確実に実力はあった。それは誰もが認識していたのに、それ以上の情報を誰かが語っているのを見たことがない。

 ただの、“邪神殺し”の後詰冒険隊(サポートパーティ)を率いる、彼らよりいくぶん格落ちながら、頼れる腕前の戦士。

 それだけが、彼個人を語る全てだった。

“邪神殺し”は特別な存在だったから、というのもある。歴史上誰も成し得なかった偉業をやり遂げたユーカさんたちは、まさに別格というに相応しい扱いだった。

 だから、その後詰冒険隊(サポートパーティ)も他の奴らが集めるそれよりは扱いが良く、その中心となって人を捌く彼も、当然何かしらの意味で特別な存在なのだろう、と、みんな無言のうちに納得していた。

「まあ、特に害になることをするわけでもないし、あまりに怪しい動きをすればユーカ大好きのロゼッタさんが黙ってないだろうし……と放置していたのだけど。そのうちそのロゼッタさんも見かけなくなっちゃうし、フルプレさんが実は王子だったっていうのも漏れ伝わってくるし。思った以上に色々キナ臭いと思っていたら、いきなりのアイン君の大歓迎。そのうえアーバインさんやクリス君が死んだなんて話がポンと出る。さて、そちらこそ先に現況を語れって私が言う気持ちはそろそろ理解できたかしら?」

 ……え、情報そこで止まってるんだ、と思ってしまうが。

 そもそもロゼッタさんの千里眼と破格の機動力、ついでに双子姫の諜報力で手広く情報入手していた僕らが普通じゃないんであって、せいぜいゼメカイトの冒険者として手に入る「噂」でしか情報を更新しないなら、そこまでで止まっていて当然なのだ、と思い当たる。

 僕らはリリエイラさんを全ての黒幕だと考え、何もかも知っているものだと思い込んでいたけれど。

 そうでないのだとしたら、それしか知らなくて当然なのだ。

「……わかったよ。長くなるが、いいか」

「急いではいないわ。むしろできるだけ正確に、細かく語ってくれると後々照合しやすくて助かるのだけど」

 ユーカさんは仲間たちを手招きし、その場に輪を作るよう促す。

 ……巨竜はこちらを見つめたまま動かない。結構な距離をおいてもすごい圧だ。

 この状況のままそんなにじっくり語らされるのかな。


 ……語らされた。



「なるほどね」

 リリエイラさんは初対面となるメンツが多いので、それぞれの自己紹介(これまた遠慮なく質問が飛び、しばしば僕も初耳な話が出るくらいみんな詳細に自己紹介した)を含めてここまでの旅を事細かに語る。

 話が長くなって日も暮れ始めたので、マード翁とクロードが薪を集めてきて中央に焚き火も作った。火は僕が無詠唱魔術で起こしたら、それもリリエイラさんは興味深そうな目で見てきた。

「……結局アイン君はユーカの“(レベル)”と関係なしに、少なくともフルプレさんと互角にやり合えるところまでは来ている……凄い話ね。ゼメカイトにいた頃は本当の初心者よりは見どころあるかもね、程度の腕だったのに」

「……今さらですけど、ユーの“(レベル)”って本当に今の僕に全然作用してないんですか? その割には……」

「してないわ。確実に」

 リリエイラさんは即答した。

 彼女の目にはそういうのがわかるんだろうか。……もしかしたら僕のそれ同様、彼女のメガネも何か特殊な仕掛けがあるのかもしれないな。

「今の君の実力は、ほぼ100%、君自身の才能。……まあ言わなくても理解はしていると思うけれどね。肝心のユーカには魔術の才能が全然ないんだし。君もいまだに肉体的にはゴリラには程遠いし」

「改めて考えるとすげえ話じゃよなあ。適当に選んで育てた相手がたまたまド天才なんて、どんだけ『持ってる』んじゃ、ユーカは」

「いやホント、冗談みたいな話だよな。逆にこんだけ才能あっても装備とか知識がゴミだと雑魚のままだってのも」

「……あれでも一生懸命生きてたんですよ僕も」

 いくら天才と言われても、目の前に未曽有の結果を出した“邪神殺し”本人がいる前だと有頂天になるのも気が引ける。

 それに、この前も思ったが、僕自身の実力の程度は未だに正しく把握できていない。

 今なら何に対して勝てるのか、何ができないのか。ユーカさんが言うならそうなんだろう、という思考でしか判断できない。

「斬撃を飛ばしてくるのまでは予想できたけど、まさかあんなに自在に空中機動するとは思わなかったわ。ユーカのレパートリーにあんな動きができる技はなかったと思うけど、あれは君のオリジナル? どれくらい飛び続けられるの? 最高高度試してみたことはある?」

「い、いえ。そもそも単なる突進技なんで、空中制御も基本的には軌道修正程度の認識というか……」

 すっかりリリエイラさんの好奇心にペースを握られてしまっている。

 まだ完全に疑いが晴れたわけではない。嘘をついていたって今はそれを見破る材料がない。

 だからあんまり手の内を晒し過ぎるのも良くないかな、と思いはするものの、ユーカさんやマード翁も止めないのでなかなか情報開示の加減ができない。

 そんな調子で。


 驚くべきことに、夜通しリリエイラさんはみんなの話を聞き通した。

 僕らの方は交代で寝ながらリレー方式で語ったのに、疲れた様子も見せずに全てを聞き、しかも一字一句逃さず覚えていて、内容に矛盾があればすぐに指摘する。

 やっぱりこの人、化け物ばかりのパーティにいただけあって超人だ。

「ここまでの経緯はこれでほぼ聞いた、ということになるのかしら。とても興味深かったわ」

「まあそういうわけで、ドラゴンに遭ったら知り合いの知り合いだったんでやっぱできませんでした、というわけにはいかねーんだ。多少会話ができるからって、実際このまま人里を襲わないって保証はねえ。倒すか、どっかに出て行ってもらうか。冒険者としての道義としてもその二択しかねーのはわかるだろ、リリー」

「……そうは言うけれどね……カレ、あんまり人間の都合には合わせる気、ないのよ。出ていけと言って出ていくかどうか……」

「オメーが間を取り持てるっていうなら手控えるが、駄目なら引っぱたいて追い出すしかなくなるだろーが。とにかくなんとかするっていうなら少しは待つ。交渉するならしやがれ」

「……スイフト家とラゼミアスの方がどくってわけにいかないかしら。カレの論理だと弱いくせに領域の所有権を主張する方がいけない、ってなっちゃうんだけど」

「所詮トカゲかよ……」

「地上最強の生命体にそういう弱者への遠慮を期待しないで? というか弱い側が強い側に無根拠に指図するって、普通通らないでしょう?」

 リリエイラさんが必死に彼の立場を汲んで代弁する。

 ……僕らとしても喧嘩せずに済ませられるならそれがいいんだけど。



 ──よかろう。



 ほぼ丸一日、ずっと黙ったままこっちを見つめていたドラゴンが、そこで久々に発言……いや「思考共振」だから発言と言っていいのかはアレだけど、便宜的に発言としておこう。

 とにかく発言した。

「なんだ? 出てってくれるのかー?」

 ユーカさんが叫ぶように確かめる。

 ドラゴンは少し置いて。



 ──引っぱたいて、追い出してみろ。弱き者共よ。そのつもりで来たのだろう。



「ちょっと!? ポチ!?」

 リリエイラさんが素っ頓狂な声を上げる。

「やめてよ、私はポチが死ぬのもユーカが死ぬのもお断りよ!?」

 リリエイラさんの言葉に、しかしドラゴンは耳を貸さない。



 ──力でその意志に正当性を示そうというのなら、我は受けて立つ。それだけだ。



 正直、やらずに済む方法があるのだとしたらそうしたいんだけど。

 そういうわけにもいかないというなら。

「……結局こうなる、か」

 メガネを押しながら立ち上がる。

 ユーカさんもまた、僕の隣で、僕の元愛剣から打ち直した地属性ショートソードをくるくる回して構える。

 まだ距離は遠い。

 しかし、視線は合っている。

 すぐにでも始められる。


「……どうでもいいけどポチってなんじゃ」

「……カレには個体名がないから……子供の頃に勝手にそう呼んでたのが定着しちゃって……」

「普通はワンコロの名前じゃというのは教えとらんのか。いや、リリーちゃんの言い分じゃとそんなの知らん時期につけた名前じゃから偶然じゃろうけど」

「カレ、その辺とことん興味ないから……」

 気になったことはマード翁が突っ込んでくれた。ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
まーそりゃ、道理も義理も無いのに出てけって言われりゃ、普通腹立ちますよね。 怒らないだけ穏やかでしょ。
[気になる点] いやなんで移動したのかとかもっといい場所さがしましょうか?とか色々交渉しろよ!とは思う
[気になる点] ポチ! [一言] ドラゴンも知性はかなり高そうなのに、結局は強いほうが偉いな脳筋思考なんですね。確かに、そこに居られると怖いので出て行ってくださいってのは理不尽な要求ですが。 ユーカさ…
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