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リリエイラ・アーキンス

「待て待て待て待て。あんなデカブツに人間がどうやって育てられるんだよ。おかしいだろ。オークやゴブリンが育てたっていう方がまだしもわかるぞ!?」

 ユーカさんはまずそこが気になったようだ。

 いや、まあそれが最大の問題といえば確かにそうなんだけど。そういう問題かなあ。

 もっと根本的にモンスターが人を育てるってかなり大原則を無視しているような……まあ、後で聞けばいいか。

 ……リリエイラさんは大きくため息をついて、説明を始めた。

「人間の子供が母親のおなかにいる時、何も食べないし息もしてないのにどうやって生きていると思う?」

「……いきなり何の話だ」

「へその緒で全部供給しているのよ。へその緒が切れた時、赤ん坊は初めて空気も食べ物も必要になる。……ドラゴンは任意の相手をそれと同様の状態にして、自分に触れている間は空気も水も食べ物もない状態でも生かす、という真似ができるのよ。……古い時代は時の権力者がこぞってそれを求めたらしいわ。まあ、それに従うドラゴンなんているはずもないのだけれど」

「……えーとつまり……」

「私は生後半年ぐらいから7歳前後まで、カレの背中に乗せられたまま、食事という行為を知らずに育った。それどころか呼吸もしなくてよかった。背中を降りてからしばらくは、『呼吸をしないと死ぬ』という事実に適応できなくて困ったくらいよ」

「……マジかよ……」

「およそ7歳の頃に、彼の調査に来た魔術師ノーマン・クレイザルによって『救出』され、人間社会に復帰したの。当時のカレは傍目から見て休眠しているようにしか見えなかったから、私は不幸な迷子として無事に社会復帰できた……一応は、ね。それが私の生い立ち」

「……いやいやいや、7年も野生児どころか、ドラゴンと一体化してた……って、なんだよそれ聞いたこともねーぞ!?」

「言ってないからね。クレイザルも知らないわよ、そんなこと」

 まるで、実は実家が田舎だった……と同レベルのことのように言うリリエイラさん。

「……で、言語どころか呼吸すら知らなかったのに、それから数年でアタシとつるむようになったってことか?」

「知らなかったというわけじゃないわ。思うだけで伝わるカレと違って、私は考えるだけじゃ伝えられないから、会話するためだけに息をしてたのよ。……まあ、カレは標準語知らないから、当時覚えてたのは魔術言語のみだったんだけど」

「……魔術言語は知ってたのか」

「カレは人間の文化に興味が薄いだけで頭はとてもいいからね。魔術言語と魔術文字は知っての通り『世界』にアプローチする言語だから不変だし、応用することで魔術にも使えるから、私の護身術という側面からも習得させる意味があると考えたんでしょう。……で、山の中で素っ裸で遭難していた謎の女児として魔術師クレイザルに引き取られた私は、そこで山ほど魔術書を読んで全部覚えて5年で独立。冒険魔術師になった後のことは語るまでもないでしょう?」

 これで満足? と肩をすくめるリリエイラさん。

「……つまり、お前が昔言った『喋れるドラゴン』ってのがまさにコイツ、ってことか」

「そういうこと。腑に落ちた?」

 ……そういえば、いつだかドラゴンの多様性をユーカさんが語った際、そういうのまでいる、って言ってたっけ。

 リリエイラさんからの又聞きだった、ってことか。

 いや、ユーカさんの知識って結構リリエイラさん情報に頼ってるところもあるから、そんなに意外でもないっちゃないけど。

「二度と我に頼るな、と言われての巣立ちだったんだけどね。……実際、私としても知識欲が充足するまで、当分は会う気もなかったんだけど。急に動いたって話を聞いて、駆けつけてみたらこんな人里近くだもの。いずれはあなたが絡んでくるとは思ってたわ」

「チッ。……まあ、ご明察だ。アタシらパーティはこのデカブツの撃破か、スイフト領からの追い出しを仕事として受けてる」

「仕事、放棄してもらえないかしらね」

「倒すなってのは承服してもいいが、そうなりゃどっか行けってことになる。それを聞くかどうかだ」

「…………」

 リリエイラさんは悩ましい顔をした。

 ……いや、それより。

「僕たちは、今までに結構な戦いを乗り越えてきたんです。……不自然なほどに、強敵が次々と現れて」

「そのようね。風の噂はゼメカイトにも届いてたわ」

「そのせいでたくさんの死者も出た。……特に『邪神もどき』と僕らが呼んでいた化け物は、あまりにも多くの犠牲を出した。アーバインさんやクリス君さえ、倒されています」

「……なんですって?」

 リリエイラさんが怪訝そうな顔をする。

「次から次へと、アタシらを試すように……あるいは、意図的に育てるかのように。敵が次々に用意された究めつけがそれであり、このドラゴンだ。単刀直入に言う。テメーの差し金か、リリー」

「……はぁ」

 リリエイラさんは、僕とユーカさんの様子と、少し離れて成り行きを見守るパーティのみんなの様子、そしてこちらを見つめたまま停止しているドラゴンを順に見て、さらに溜め息。


「そんなに暇に見えたかしら? 学院の講師が」


 ……とてもうんざりした様子で、切って捨てる。

「違うってのか」

「おおかた、他にあなたの現況を把握して、そんなに敵を用意することのできそうな人物なんていない……とか、そういう消極的な状況証拠でそんな話になってるんでしょうけど。ひどい言いがかりじゃない。アイン君の剣まで仕立てたのに」

「だけど、リリー!」

「ざっと考えるだけであと二組思い付くわよ、その候補者」

 リリエイラさんはジロッと僕を見て。

「まず、フルプレさん経由で王家。……動機だって充分よ。アイン君が育って力を引き出せれば、あなたをまたゴリラにできる。その方がいろいろ都合がいいでしょう、あの人たち?」

「……っ」

「どうせ先にあっちが疑いをかけたから、無意識に除外してたんでしょうけど」

 ……う。

 そ、それを言われると……確かに。

 そして、辻褄があってしまう。

「邪神もどき」は、王国軍に具体的な被害をほとんど出していない。

 デルトール守備軍には攻撃したが、結果的にはラウガン連合を追い払うことに成功しているし、デルトール守備軍もほぼ冒険者とデルトール領主のイドリス家の私兵だ。腹は痛まない。

 僕が育つことによってフルプレさんへの抑え役に抜擢するという「表向き」のプランも、あるいは僕の中に眠るユーカさんの「(レベル)」を最終的に引き出し、改めてユーカさんをゴリラにして、その上でフルプレさんの妻にするというプランも、どちらも王家にとっては都合のいい話だ。

 根回しだって彼らなら難しくもない。なんといっても人手は国内にいくらでも、どこにでもある。

「二組ってことは、もうひとつは……?」

 ユーカさんが困惑した顔で僕を見上げ、そしてリリエイラさんに視線を戻す。

 リリエイラさんは、やれやれと首を振り。

「ご実家」

「……アタシの実家、ってことか? だけどレリクセン家はそこまでアタシに手を出す理由も力もねーはずだ。もう10年以上も絶縁状態だぞ」

「……この調子か。そりゃ、騙されるわよねえ」

「なんだよ」


「私たちが解散まで使ってた後詰冒険隊(サポートパーティ)。あっちのリーダーやってたディックさん、覚えてる?」

「……ああ」

 ……僕に気さくに声をかけてくれたあの人か。

 他のメンバーはもう忘れちゃったけど、彼のことは覚えている。ディックって名前は今知ったけど。

「あれ、ご実家からのスパイなの、気づいてた?」

「……えっ」

 ユーカさんは完全に不意打ちを食らった顔をした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんという信頼できない語り手www そうだよなあおおざっぱだからな。
[一言] すっかり忘れていましたが、ユーカさんのご実家もけっこうな家でしたね。しかもゴリラじゃなくて魔法が得意な ドラゴンはどいて貰えないなら、知性があって害意はないということを示してなんとか共存の方…
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