竜と魔女
杖を構えた。
つまり、攻撃意思がある。
ゾクリとする。
リリエイラさんは魔導書を一度通読すれば、ほぼどんな呪文も使いこなすという。
ただでさえ魔術師は他の役に比べて手札が多彩だ。直接的な魔術攻撃から、防御、妨害、攪乱、地形操作……考えられる戦術は山ほどある。
その中でも特にリリエイラさんはなんでもできる。
そんな相手に先手を取らせるというのがどういうことか、考えるまでもない。
突き動かされるように僕は「バスタースラッシュ」を連続で放った。
「っ……!?」
リリエイラさんは、それに反応した。
普通の魔術師なら、この距離で突然剣士が暴れ出したところで不思議そうな顔をするだけだろう。
魔力剣技には「溜め」が必要だ。たとえ僕がそれの使い手だと理解していても、抜刀直後に遠い間合いから攻撃するのは無理だ、という先入観に思考を鈍らされる。
だが、リリエイラさんは少しも躊躇せず、杖をくるりと回して自分の真横に向け、爆発を起こす。
通常の浮遊魔術では急加速は難しい。ダメージを多少受けることを覚悟で「自分を吹き飛ばす」ことで回避行動を取ったのだ。
僕が動いてから爆破まで1秒にも満たない。2秒かかっていたら、仕留めていた。
「……問答無用というわけね」
空中で姿勢を立て直して、リリエイラさんは自らのメガネを押す。
僕は答えない。やり取りをすることに頭も時間も使う気はない。
「あ、アインっ……」
ユーカさんが僕に何かを言おうとするが、あえて無視。
いつもはスパルタンなことを言うユーカさんだが、親友相手でその意志力が充分に発揮できないということは有り得る。
だとしたら、それに先んじるのは僕の仕事だ。
パーティのみんなの命がかかっている。
リリエイラさんは杖を構えたのだ。戦うことを想定しているのだ。好きにさせるわけにはいかない。
たとえユーカさんを悲しませ、恨まれることになっても、僕はやる。
みんなを……ユーカさんを、傷つけさせるわけにはいかない。
「はぁぁぁっ!!」
双剣を広げて前に向け、「ゲイルディバイダー」発動。
空を飛び、距離を詰める。
「ウインドダンス!!」
リリエイラさんはその僕の肉薄に、風の魔術で妨害しにかかる。
ファーニィとは桁が違う。完成された冒険魔術師の操るそれは、突風を通り越して爆風に近い。
歯を食いしばってそれを突き抜け、大きく逸れた軌道からそれでもリリエイラさんに再接近を試みる。
が、リリエイラさんは「ウインドダンス」で稼いだ時間で、より強力な魔術を詠唱完了していた。
「ヘルストームッ!!」
こちらが本命。
ただでさえ人間を木の葉のように吹き飛ばす威力を見せた「ウインドダンス」の、さらに数段上位の風魔術。
それはもはや「たかが風」ではない。
濁流のような空圧の暴力に、僕は接近を諦めざるを得ない。
が、それでも。
「バスター……スプラッシュ!!」
デタラメに攻撃を返す。
剣で風を押し返すのは無理でも、「パスタースラッシュ」が届く距離だ。
向こうも風を操っている間は魔力防壁や爆破回避は難しいはず。かすりでもすれば、流れを引き寄せられる。
「メチャクチャするわねっ……!!」
リリエイラさんは風を放つのを諦めた。いや、その風を推進に使い、僕の斬撃乱舞の狙う範囲から強引に逃れた。
また距離が離れる。
空中戦。下半身が使えないこともあり、もどかしい。
だが、リリエイラさんにペースを渡すわけにはいかない。
自由落下しながらの「バスタースラッシュ」から「ゲイルディバイダー」に切り替え、再び突進。
「反則でしょ、こんなのっ……!!」
リリエイラさんは杖をこちらに向け、魔力を急速に集中、解放。
「ハイストリーム!!」
閃光の奔流。
魔力を直接、破壊光線として照射してくるタイプの魔術。
だが、それは「ゲイルディバイダー」にとっては上得意。
剣の切っ先で破壊光線を切り裂いて、まっすぐにリリエイラさんに肉薄する。
殺す。
迷わない。
ユーカさんが僕の復讐を肯定し、一緒に背負って戦ってくれるというなら。
僕は代わりに、彼女の犯すべき罪を担う。
そうでなければ帳尻が合わない。だから、僕が。
──そこまでだ。
「!!!」
「なっ……」
僕もリリエイラさんも、体勢を崩してすれ違う。
地面を目前にして「メタルマッスル」を発動して着地……というか墜落し、リリエイラさんはそれでもなんとか浮遊を保つ。
そして振り返る。
意志が、衝撃を伴って襲ってきた。
無防備にそれを受け、僕はおそらく一瞬気絶のような状態になった。きっとリリエイラさんも似たような状況だ。
気づくと、もう斬れる間合いではなかった。
振り返った先には、巨竜。
その目が、こちらに向いている。
……巨大すぎる骨と筋肉と鱗が低く深い音を立てる。首がゆっくりともたげられ、ただその佇まいだけで本能的恐怖を喚起する巨大生物が、僕たちを見る。
──愚か者共。何をしに来た。下らぬ諍いをこの我に見せるためか。
「……なんだ、これっ……喋ってるのか……!?」
「ドラゴンはその身が生み出す魔力が濃密すぎて、思考そのものが魔術みたいな作用をするのよ。このクラスだと、近づくだけで強引に感情を共振させられる……言葉なんか喋らなくても直接意思が伝わるの」
リリエイラさんは浮いたまま言い、ゆっくりと地面に降りた。
「まだやるかしら。この状況でこれ以上はオススメしないけど」
「…………」
僕はリリエイラさんの真意を測りかねつつ、剣を片方収め、メガネを押す。
「アイン!!」
そんな僕たちの睨み合いの間に、ユーカさんが転げるように割って入る。
「ユーカ。随分猛犬に育てたみたいじゃない」
「テメーが杖向けてくるからだろーが!」
「それだけでここまで吠えつかれる覚えはないんだけど?」
髪を掻き上げ、溜め息をつくリリエイラさん。
……どういうことだ?
いや、演技か?
「……めんどくせーが、状況を整理しねーといけねーな。リリー、ここで何してやがる。どういうつもりでこっちに杖を向けてきた?」
「先にそっちが現状を語るべきじゃない?」
「答えろ!」
ユーカさんは有無を言わさない。
リリエイラさんは溜め息をつき、僕を少し冷たい目で見てから。
「……このドラゴンを退治しに来たのなら、戦わなきゃいけないのよね。……倒させるわけにはいかないのよ」
「どういう……」
──我を守るとでも言うつもりか、幼子よ。思い上がるな。
「……やかましいわ! いちいち横から口出すなデカブツ!」
ユーカさんはドラゴンに怒る。
いや、そこで普通に話す? っていうかこの流れで普通にキレ散らかせる?
唖然とする僕を見て、リリエイラさんは気まずそうな顔をして。
「……まあ、あんなこと言ってるけど。……親を殺しに来られたら普通守ろうとするでしょう?」
「……親?」
「より正しく表現すれば、親代わり。……まあ、彼に育てられたようなものよ、私」
リリエイラさんはさらりと言った。




