地に巨竜、空に影
休息もそこそこに。
僕たちはまず、ドラゴンへの偵察に乗り出すことにする。
まずはドラゴンの特性を探り、全体像を把握しなければまともに戦えない。
どこからどこまでが肉体か、というのを先に調べておかなければいけないほどに相手が大きいのだ。
下手をしたら心臓を狙っているつもりがまだ肩口だったとか、足だと思っていたら無関係の岩盤だったとか、そういう間違いが起こりかねない。
「ドラゴン同士でもスケールの差がでかいんだよな……最大でどこまであるかわかんねーし」
「歴史上の最大記録とかってないの?」
「一応信用できる記録では300メートル弱ぐらいまではいた……って話があるらしい。東大陸のアド・メステ帝国を衰亡させた原因になったと言われてる」
「……ごめん、東大陸のことは全然知らないんだけど、そのなんとか帝国ってデカいの?」
「そのドラゴンが出現する以前は大陸の1/3を支配してたって国だ。人口ベースでは今のヒューベルの13倍ちょい」
「……えっ、そんな国実在するんだ」
ヒューベルは西大陸屈指の強国と言われているし、多分西大陸全体の人口はヒューベル10個分はない……と、思う。
「東大陸の方が歴史は古いからな。まあ歴史っていう言い方も人間族の主観で、西大陸のエルフからするとむしろ逆なんて話もある……っていうかアーバインはそう言ってた」
「……まあ、とにかくそのドラゴンがとんでもなくヤバかったというのはわかる」
要はこの西大陸全土くらいの規模の国が、そいつ一匹で滅びかけるような出来事があったわけだ。
「あの王都を襲った水竜が50メートルくらいだったっけ。300メートルなんて言ったらそりゃ倒せないよな……」
「城ごと消し飛ばすような大魔術を何百と叩き込んで、それでも倒せなかった……なんて歌われてる。結局最後は“剣帝”サージって野郎がトドメ刺したって話だが、この“剣帝”もここで突然出てきてアド・メステ皇帝になるもんで、単なる後継者の箔付けを狙った改竄が疑われてる。結局その後のアド・メステは持ち直せずに滅びるしな」
「……なんというか、色々と疑わしさ満点の話になってくるね」
「ただドラゴンのスケールに関してはほぼ間違いない。遺骨が結構残ってるらしいからな。……で、信用ならない方の記録では全長2キロのドラゴンってのがエルフの伝承にあるらしいんだが」
「考えたくないね」
「無理があり過ぎる……って言いたいがなー。ドラゴンだからなー……」
ユーカさんはとても難しい顔をして語尾を濁した。
一切の常識が通じない生物。
瀕死の傷さえ簡単に再生し、何百年も冬眠し、そんな期間の絶食を経ても決して死なずに生き続ける。
どう考えても、他の生命体とは前提が違い過ぎる。
2キロ級なんているわけない、とは断言できない。
「でも、今回は100メートルぐらい……なんだよね?」
「100メートル以上ではあるらしいが……全体像を正確に計った命知らずはいないらしいから、推定、だな」
「……下手したら200メートルや300メートルの可能性もあるわけだね」
さっきのなんとか帝国のドラゴンと同等、となると、もうルザークには悪いけど王家に泣きついてもらうしかない……が。
「まあ、150くらいまでならアタシもぶっ殺したことあるから。あとは特性だな。近くまで人が近寄ったって話からするに、毒や熱撒き散らすタイプではねーと思うが」
「昔のユーならそりゃなんとかなったかもしれないけど」
「……前のアタシで何とかなったなら、今のアインでなんともならねーってことはないと思うぜ」
ユーカさんは真剣な顔をして。
「フルプレだってあんなアホだが、アタシをライバル扱いして周りが認める程度には本物だ。そのフルプレと、今のアインは互角以上に渡り合える。……少なくとも、あのパーティに今のお前が参加しても充分主力になれるはずだ。アタシを本当に越えてるかどうかは知らねーが」
「……まだまだだと思うけどな」
戦える相手は着実にレベルアップしている。
だけど、それが絶対的な自信につながっているかというと……よくわからない、というのが正直なところだ。
相手が本気を出していなかったり、逆に豪華メンバーとの共闘ゆえの結果だったり。
自信を確かめる余裕もないまま、なりふり構わず必死で格上に食らいつき続けた結果だけど、自分の位置が全然わからない。
「ま、今回のに勝てりゃ、実質的にアタシと同レベルまで来たと思っていいと思うぜ。何度も言うけどアタシもドラゴンとなると二頭しか倒せてねーんだし」
「王都のもユーのスコアだと思うから、三頭と数えていいんじゃないかなあ」
「……あれ、マジでチビ過ぎて数に入れていいか凄い迷うんだよなあ」
絨毯の上でそんな話をしながら、いくつもの山を越え、森を抜け、谷を渡り。
40キロちょいの道のりは、ルザークは目と鼻の先といったけど、やっぱり結構遠い。
それでも、ジェニファーの頑張りで僕らはそれを眺め下ろす山の上に辿り着く。
「……でっけえのう……!」
「あの、私あれと戦う時になんかできる余地ありますかね?」
歴戦のマード翁も感嘆することしきり。ファーニィの顔も青くなる。
眼下の大地に横たわったドラゴンは、その深緑の鱗を針葉樹林に溶け込ませてなお、言い知れぬ迫力を遠い距離の彼方から放っている。
あんな大きさの生き物が動いたら、どうなるんだ。
あれほどのスケールの生き物に「オーバースラッシュ」なんか役に立つのか。
ある程度想像していたはずなのに、見ただけで絶望感が湧いてくる。
大きいというのは、それだけで強い。
その単純すぎる事実を実感として見せつけてくる。
……そんな動揺をメガネを押しながら噛み潰す僕をよそに、ユーカさんは平静だった。
「タイプとしちゃそんなに珍しい奴でもなく見えるけど……もっと近づけるか、リノ」
「ええっ!? ここからもっと近づくの!? 偵察でしょ!?」
「偵察だからだよ。もっと調べないと何もわかんねーじゃん。ドラゴンのツラだけ見ました、で何の意味あるんだよ」
「それでもちょっと大胆過ぎない!? 決戦始まっちゃうよ!?」
「理想としては尻尾の先まで確認しておきたいくらいだぞ? ドラゴンだから体構造自体がメチャクチャな可能性あるし。たまに身体が異様に長いタイプのドラゴンっているらしいし」
「うぅ……! いきなりブレス吐かれたらどうしよう……!」
リノが泣きそうな声を出す。
……まあ、ちょっと可哀想かもしれない。
「僕が一人で行ってくるよ。いざとなったら『ゲイルディバイダー』で何キロか飛んで退避できるし。手を出さなければ人間一人にそんなに暴れるとも思えないし」
僕自身の魔力では「ゲイルディバイダー」を使ってもそんなに長く飛べるはずもないが、貯蔵魔力を充分に活用すれば、10キロくらい連続で飛ぶこともできる……と、思う。
二刀流を始めたことの一番のメリットは、こうして「飛ぶ」ことを選択肢に入れて動けるようになったことかもしれない。一本じゃせいぜい加速補助でしかなくて、飛ぶようなベクトルで動いたら空中で方向制御できなかったしな。
……と、思っていたら。
「いや、待て……あれは何だ?」
アテナさんが指差す。
その腕にみんなで顔を寄せて方向を辿り、そちらに何か浮かんでいるのを確認。
最初は鳥か何かかと思った。それにしてはでかいけど。
でかいと言っても背景に百数十メートルのドラゴンがいるので、まあワイバーンやグリフォンくらいの大きさでもインパクトは低い。
が、だからと言って無視していいものではない……と、思い直してメガネを押し、改めてよく見ると。
「……人」
「人ですよね」
ファーニィも同意を求めてくる。
特に目のいいファーニィもそう見えるのなら、錯覚ではない……か?
人間が直立したまま浮かんでいるように見える。
……そして、ちらりと見たユーカさんが目を見開いていることで、緊急事態だと察し、僕は絨毯を飛び降りて双剣を抜き放つ。
空を飛ぶ、人影。
そしてユーカさんの反応。
心当たりは、ある。
「リリー……!?」
「……しばらくぶりね」
空中をゆっくりと接近してきた彼女は、杖を構えながら、僕たちにそう声をかけた。




