対竜ブリーフィング
まあ、遊んでいる時間は確かにない。
十分な準備時間はデルトールや王都で取らせてもらった、というのも事実。
なので、素直に領主の館に向かう。
場所は酒場の店主に教えてもらった。まあそれだけでも寄った価値はあった。
門衛に名乗ればすぐに応接室に通され、デルトールで見たのと同じ笑顔でルザークが出迎えた。
「やあ、よく来た」
「お前本当にロゼッタ並みに神出鬼没だな……その移動法アタシらに使わせてくれたら早かったんだけどな」
「一応、我が家の秘匿技術でね。正式に我が家に仕えるか領民として根を下ろすというならそれでもいいんだが、流れのままの冒険者に使わせるということになると、ちょっと筋が悪くてね」
「……まあ、今はいいや。用件に入ろうぜ」
ユーカさんがそう言って豪奢なソファに遠慮なく尻を乗せる。ゴリラ時代ならどっかり、という感じだったろうけど、今はピョコンと乗って座面の弾力に揺らされる感じだ。
「件のドラゴンは現在、このラゼミアスから西北西に43キロほどの位置にいる。……人の足だとそこそこの距離だが、件のドラゴンは体長100メートル以上だ。ここ数か月はほとんど動いていないが、あのスケールのモンスターが全速で動けば……言うまでもなく、ラゼミアスなど目と鼻の先といえるだろう」
「だろーな」
ユーカさんは溜め息をつきながら同意。
ゴブリンとホブゴブリン、さらにはトロールやギガンテスなどの例を見ればわかるが、モンスターに「大きければそれだけ鈍い」という先入観は必ずしも正しくない。
しかも最上級の理不尽の塊とされるドラゴンだ。本気で動けば、数十キロの距離など数分で駆け抜けてしまう可能性さえある。
「幸いにして特に人間に興味はないようだ。山と見間違えて近づいてしまった付近住民が、それでも生還した報告が複数ある。だからといって未来永劫安全という保証は全くないがね」
「そもそも、どっから来たんだ? そんなデカブツ、突然降って湧くようなモンじゃねえだろう。でも他じゃ噂も聞かねえってのは不思議な話だ」
「どうも、領地の北方にある峻厳な山岳の一部だと思われていたらしい。少なくともここ200年は動いていなかったものが動いた、ということのようだ。……まあ、ドラゴンだからね。体躯の大きさ同様、時間もスケールが違うよ」
「山にお帰り願ってめでたしめでたし……ってなワケにもいかねえか」
「何をどうすればその要求を伝えられるのか、というのが大きな問題だな。それに、首尾よくそうすることができても脅威は消えない」
「……まあ、そんな化け物の近くに住みたくはねえわな」
もちろん、ルザークもユーカさんも本気でドラゴンに話しかける気はないのだろう。
モンスターに交渉なんか通じない。それは常識だ。
「改めて確認しておこう。依頼の内容は討伐か撃退。倒してしまうのが一番だが、無理なら領外に追い払うことで達成としよう。報酬は、まあ我が家に払える範囲で望むままに、だ。さすがに爵位ごと寄越せ、と言われると飲めないが」
「いらねーよそんなん。だろ、アイン」
「それなりに奮発はしてもらいます。ここ最近の助力には感謝しますが、みんな命を懸けることになる」
メガネを押して、一応リーダーとして充分な対価の要求はしておく。
まあ、一般的に言う「一生遊んで暮らせる」ような額は正当な報酬だろう。ドラゴンだし。
「追い払うって言っても、王都方向に追っ払ったらさすがにアレよね」
リノが気にする。
「あえてそうするのも手だぜ。腰砕けだと体裁が悪いとはいえ、ドラゴンと戦うのはとびっきりの難事だ。……それに貴族にとっちゃ王都を守る義理は必ずしもねーからな。まずは自領防衛、王都は王家の管轄だ。あえて国家戦力に押し付けてやるってのも一手ではある」
「まあ、ラゼミアスを巻き込まずに王都に押し付けるのはなかなか難しいと思うがね」
ルザークが苦笑。
件のドラゴンの位置からして、王都はこの地のまんま裏側だ。そちらに突っ切られる過程で、この街が焦土になる可能性は決して低くないだろう。
「常識的に言えば、追い出すなら南のゼメカイト方面か、あるいは……ハルドア王国に、ってことになる」
「ハルドアか……」
スイフト侯爵領に隣接する形になっているのがハルドアだ。
そちらに追い出せば、確かにここは一応の安全を得られる。
……ハルドア軍がドラゴンを討伐できるか、という点に関しては、あえて考えないことにする。
まあ、正直に言えばかなり厳しい。元々強国とはとても言えない農業国だ。下手すると滅亡もあるかもしれない。
とはいえ「じゃあ責任もって完全討伐しよう」といって簡単にできる存在でもないから困るのだけど。
「アインとしちゃ故郷だしな。そっちに追い出すのは気が進まないか」
「……現実を見て判断する問題ではあるけどね。実際、倒し切れるかは何とも言えないし……」
まず「追い出す」ほど優勢に事が運べるかが未知数。
下手すると刺激するだけしてしまい、逃げ回って誘導……という形になる可能性もある。
勝てることを前提に事態を操る……なんて、思い上がった想定はできない。
どうしようもないときはどうしようもない、としか言えないのだ。
「そもそも、僕らが何もしなくたって、こんなハルドア近くにドラゴンがいたとするなら、いつでも災害化する危険はある。……僕らはとにかくここを守るための依頼を受けたんだ。それを遂行するだけだよ」
たとえ、故郷が灰になろうとも。
今の僕には守るべきものの優先順位がある。
……そしてもう、守る物はあそこにはない。
顔なじみの村の人々が巻き込まれるかもしれないのは、少し辛いけど。
「いやいやいや、そこは努力しようぜ。できるだけゼメカイトに押し付けようぜ。あっちならもしかしたらなんとかしてくれるヤツもいるかもしれねーし」
「“邪神殺し”パーティがバラバラになってるのに、他の連中でいけるかなあ」
「お前の故郷よりはまだしも、ってことだよ」
まあ、どちらにしろ手に余る可能性は常に想定しないとな。
とにかく僕らは、ここからドラゴンを排除しなくてはいけない。
「必要なものがあったら言ってくれ。人でも物でも、出来る限りは用意しよう」
ルザークはそう言って、真剣な目をした。
拠点として、領主の館の離れを丸ごと貸してもらった。
貴族の客が家族や召使いを含めて泊まれるサイズだ。僕ら七人とジェニファーには充分過ぎる広さだった。
「ジェニファーをどこに泊めるか、今回は悩まなくていいのが嬉しいね」
「ついでにジェニファーのエサも手配してくれるみてーだぜ。近くの牧場から肉のいいとこ毎日届けてくれるってさ」
「よかったねジェニファー!」
「ガウ!」
喜ぶリノとジェニファーの姿にほっこり。
ルザークには他に、できるだけ魔力の高い人を数人頼んでおいた。
決戦時の遠距離魔術攻撃に使う……と、いうわけではなく。
単に僕の魔力補充要員。
もしかしたら持久戦になるかもしれない。僕の消費する魔力の負担をリノ一人に押し付けるのはよくない。
魔術が使えなくても、僕の胸の虚魔導石に魔力を補給できれば誰でもいい。
僕の虚魔導石には、全身に埋めた分(手足を新調した時にちょっと減ったけど)合計で、リノ換算で5日分以上の魔力キャパシティがある。
それを使い切ってもまだ死ぬかわからないのがドラゴンの再生力。
いざとなったらそれを込め直すために、何人かいてほしい。
……と言ったら。
「失礼しまーす♥」
「魔力が欲しいんですって? 気弱そうな顔して、好きなのねぇ♥」
「あ、あの……この街のためですから……♥」
なんか明らかにピンクな雰囲気の女性たちが来て、ユーカさんがたいへん目つきが悪くなった。
「要求間違えてません!?」
慌ててルザークに確認しにいくと、彼はいい笑顔で。
「この街で我が家が私的に運営している魔術学院の生徒たちだよ? みな魔力には自信があるはずだ」
「なんかすごい色っぽい雰囲気出してきてるんで……ウチのパーティ女性も多いですし、ああいう感じだといろいろ問題が」
「でも魔力を補給するんだろう?」
「そうなんですが」
どうも話が噛み合わない。
……と思ったら、リノが小さい声で。
「……普通、リーダーみたいな感じで魔力吸い出す人いないから」
「えっ」
「『フォースアブソーブ』だと加減間違えて気絶しちゃう可能性あるのよ。……というとつまり、相手の前で無防備に気絶してもいいっていうアレなわけで……魔術師同士ではエッチなことの隠語になってることもある、って……前に聞いたことある……」
「そういうの早く言って? というかそういう話でどうしてノリノリの子が来るんだ」
「そこはほら……お金たくさん用意されてるんだろうしさ……」
「…………」
ユーカさんがとても不機嫌になって困るので、事情を話して次回からは男の魔術師に来てもらうことにした。
「いやそういうの私を先に頼って欲しいんですよね! 私も別にアイン様の前で気絶していいですよ! むしろ今から気絶しますんでお好きなだけ! さあ!」
「ファーニィの魔力こそ無駄に浪費したくないんだよ。っていうか僕は『フォースアブソーブ』で吸うわけじゃないから話が違うんだってば」
っていうか気絶しますんでって言われても。




