末路の分岐
冒険者の死体がなくなる……というのは、ミステリーでもなんでもない。
アーバインさんほどの人となれば持ち物だって安物はない。多少行儀の悪い人間が見つければ、身ぐるみ剥いで売れば相当な大金になるということに気づくだろう。
もとより冒険者は「よそ者」だ。「よそ者」の死体に対する扱いは、どこも決していいものではない。
……だが、そんな扱いよりもっと怖いのは、アンデッド化。
葬られなかった死体がゾンビになってしまう、というのは決して珍しくない。しかも、ある程度以上に心身を鍛えた者は、より高位のアンデッドになってしまう場合もある。
そうなれば、ゾンビのように動きが鈍く、行動も単純なモンスターではなく……もっと機敏に動き、狡猾で、場合によっては魔術すら使ってくることもある。
しかもアンデッド化すれば、その思考は生前と関係ない。
高い戦闘力に英雄の姿かたちを残した、最悪のモンスターとなってしまうのだ。
「アンデッドとなってしまえば、祖父の生前の名声は全て地に堕ちることになりましょう。そのモンスターとしての能力が高ければ高いだけ、厄災としてのみ人々の記憶に残ることになる……良い事よりも悪い事の方が、人の世には大きな衝撃となりますからね」
「あいつ、治癒術以外大体何でもできたからな……敵に回したらあんなにタチの悪い奴はそうそういねーよな」
「最悪なのは、それをも人為的に引き起こすことが可能、ということ……卓越した魔術師であるなら、ですが」
「……チッ」
ユーカさんが苦虫を噛み潰した顔をする。
……僕は詳しくないので、リノに視線を向けると。
「あまり大っぴらではないけどね。アンデッドを作る技術は、昔からあるわ。といっても実体型だけだし、不確定要素が多すぎるし、あまり実用的じゃないけれど」
「実用って……」
「不死軍団っていうのは世界中の軍人の夢なのよ。なにしろ生きた兵を減らさずに済んで、しかも不平も言わず食事もいらない……なんてのがあったら最高でしょ。多少外聞が悪くたってどうにかして切り札として確保したくなるわよ。……ま、結局人間の死体って情報が多すぎるのよね。無垢な赤ん坊ならまだしも、成人の死体となると大抵完全に制御できないから、似たような役目でも高コストのゴーレムや合成魔獣を使役する程度で止まってるんだけどね」
「……死人をそんな風に使おうっていうのが、そこまで世界中で夢想されてるっていうのが僕には驚きだよ」
「もっとさかのぼれば、死者復活こそが究極の理想ではあるのよ。その出来損ないがゾンビだと考えれば、次善の研究案としては『生きてる人間にはさせたくない危険な仕事をさせる』っていうのが当然の流れでしょ」
「次善……」
「醜悪な結果でも、幾人かの魔術師が人生をかけて挑んだ研究には変わりない。それを無駄にせず何かに繋げたいっていうのは、知の世界で生きて死ぬ者にとっては自然な感情なの」
「うーん……」
僕にはどうしても、妹の死体がチラつく話だ。
それをどうして「有効に使おう」なんて思えるものか。
……きっと、僕には一生分からないこと、なんだろうな。世の中にはそういうものもある。
「て、ゆーか。別に私がアンデッド創造を肯定してるわけじゃないことは覚えといてよね。理屈は理解できるってだけで、私だって一生手を付けるつもりはない分野だし」
「……まあ、そう……願いたいね。僕はあまり好きにはなれそうにない」
メガネを押す。
……それを、リリエイラさんが使えるとすれば。
いや、博覧強記のあの人が、もしその存在を知っていたとして、習得しないとは思えないのだけれど。
……あの「邪神もどき」に倒させた後で、彼をアンデッド化させる……そんなことすら、できるかできないかといえば、できる方の人だろう。
「ま、まあまあ。別にそのリリーって人が犯人だと決まったわけでもないんでしょうに。そんな決めつけて語らなくてもよくないですか」
ファーニィが重い空気を何とかしようと楽観を口にする。
しかし、ユーカさんもロゼッタさんも表情を緩めることはない。
「てか、ロゼッタさんその目で探せないんですか、アーバインさんの死体」
「完全に見失ったものを探すのは常人同様、容易ではありません。網羅的に全てを探るには、膨大な時間と魔力が必要になります。ユーカ様たちの行動は、眼が治ってから定期的に確認させていただいているので、見失うことはないのですが」
「いながらにして何でも見られるって、すごく捗りそうなんですけどね……」
「まあ、特定の街に隠れている者を見つけ出すというなら、きっと下手な情報通よりも早いとは思いますが。場所も状態も特定できないのでは、砂漠で砂粒を探すようなものです」
「……生きてるならともかく、腐乱死体とも白骨ともつかないんじゃ……そうなりますよね」
はあ、とファーニィも溜め息。
「死んでいるとも限らないのだろう」
アテナさんが焚き火に薪を足しながら、あえて悠々とした口調で言う。
「ならば楽観も選択肢だ。暗くなる必要もあるまい」
「でも、敵になったら大変なことですよ。本当に有能だったんです、あの人は」
「憂慮したところで対策を取ることが出来るわけでもあるまい。しても無駄な心配はしないに限る」
「……ま、まあ、そういう考え方もありますけど」
クロードはアテナさんの考えに同調することにしたようだ。
……まあ、みんながみんな深刻になることもない、か。
いざ相対することになれば、それぞれに全力を出すだけだ。僕たちはそんなに頭を使う戦い方ができるわけじゃない。
「祖父を弔うつもりでしたが、死体が見つからないのではどうにもなりません。次はゼメカイトに参ります」
「……この前も言ったが、油断するなよ、ロゼッタ」
「出来る限りは」
一礼して、また闇に消えていくロゼッタさん。
それを見送り、僕らも他人の心配ばかりもしていられないということを思い出す。
休まなきゃ。
スイフト侯爵領の中心都市、ラゼミアス。
雰囲気としてはゼメカイトによく似ている。王都から離れたことによるほどよい緩さと活気のバランスは、冒険者としては居心地がいい。
もっともゼメカイトほど周辺地域にモンスターやダンジョンがあふれているということはなく、従って「冒険者の酒場」があまり盛り上がっているということもなさそうだった。
「おお、アンタらが都で噂の“妖光の鬼畜メガネ”の一行か」
酒場の主人は小男の老人だった。
「……まあ、合ってますけどそんな噂になってます?」
「がはは、ボンがわざわざ言いに来たからな。……アンタらはちまちました依頼をやってる暇はねえ。領主の館にすぐ向かうよう伝えてくれ、ってな」
「ルザーク、焦ってやがんなー……」
ユーカさんが腰に手を当てて微妙な顔をする。
まあ、ドラゴン退治を差し置いて別依頼をするのも不義理ではあるけど。
「実際のところ、わりとマジでシャレにならんぜ。……ここらの冒険者は、もうみんなアイツを目にしてる。気の弱い奴はとっとと別の街に行っちまったよ」
酒場の主人はカウンターから身を乗り出して僕らを睨み回す。
「本当にやれるんだろうな? トンズラなんてオチは勘弁だぜ」
「確約はできませんが。相手はドラゴンだ。生きた天災だ。どうにもならない場合もある」
「そらぁそうだけどよ。……あのボンを信用しねえわけじゃねえが、どうにも話に聞くほどの迫力は感じられねえぞ。そっちのジジイとライオン以外な」
「ワシよりお前さんの方がジジイじゃろ! ワシまだ70じゃぞ!」
「ガウ!」
現状、一番迫力があるのはもちろんマード翁(マッチョモード)。
僕やユーカさんはもちろん、アテナさんですらまだまだ迫力が伝わらないらしい。
……でもまあ、兜取ると本当にただの美女だからなあ。
女子供に老人にメガネ。
毎度ながら、実に外見的な説得力の低いパーティだ。
……ドラセナにもっと鎧をトゲトゲデザインにしてもらおうかな。
そのほうが強そうに見えるだろうし、「フルプレキャノン」にも応用できそうだし。




