侯爵領への道
ドラゴンと戦う予定のスイフト侯爵領は王国北西部にある。
西部のゼメカイトにも近い。なんなら寄って行ってもいいくらいの位置関係だが、今から藪をつつくのはナシにして、まっすぐ向かうことにする。
「そういえば、少し足を延ばせばハルドアにも行けるな」
「……まあね。行っても面白いことはないと思うけど」
メガネを押しながら、ユーカさんの言葉に控えめに頷いておく。
気になってはいる。
もしも立ち寄ることができるのなら……と。
でも、今寄って何になるのか……というと、ナンセンスの一言だ。
実体すらも定かでない「人食いガディ」を、行っていきなり探すわけにもいかない。
もし首尾よく見つかったとしても、それを誅殺するには慎重を期さないといけないし、それにみんなを巻き込むわけにもいかない。
いくら冒険者といえど、強ければ何でもできるというわけじゃないのだ。
罪を犯せば追われるし、それを切り伏せて押し通る……なんて、それこそ無頼の生き方を貫くロナルドのような覚悟を持たなければできるわけもない。
「農業が盛んで、食事が美味いというのは有名だな」
「それを目当てに寄ってみてもいいかもしれませんね」
アテナさんとクロードは呑気なものだった。まあ、僕の身の上を深いところまで語っているのはユーカさんだけだしな。
いざとなっても彼らを巻き込む形にはできない。話さずにおこう。
「領都……って言っていいのかはわからないけど、領内の中心都市はラゼミアスね。結構大きい町みたいだけど」
「ドラゴンに追い散らされるとなったら大パニックなんでしょうねぇ……まあ人間もたまには住処焼かれてもいいと思います」
「急に黒いこと言うのうファーニィちゃん……」
「エルフが結構しぶとく次の森見つけるからって、気軽に焼き過ぎると思うんですよね人間は」
そんなにエルフと滅ぼし合ってる国生まれじゃないのでファーニィの殺伐としたノリにはちょっとついていけない。
人間族としてごめんと謝った方がいいだろうか。……いや、同類項として雑過ぎて何の解決にもならないな。
「そのラゼミアスに行くってことでいいのね?」
「うん」
ジェニファーの上で地図を広げるリノに頷く。
それにしてもリノ、あんな地図でよく迷わないなあ……道も大雑把にしか載ってない絵地図なのに。
僕だったら絶対迷う。
でも、あれでも出回っている地図としてはマシな方。軍隊クラスだとかなり正確かつ精細な地図も使われるっぽいけど、民間では距離感も方向もほとんど描いた人間の感覚頼りの「口で説明するのと大差なし」という地図が普通だ。
慣れた旅人は、そんな絵地図にさらに自分で注釈を加えて「自分が読む分には正しい地図」というのを完成させていくらしい。
僕は人に導かれるままにここまで来たので、そんなもの作ってないし、作る予定もないけれど。
「ジェニファー! 今日も頑張ってね!」
「ガウ!」
リノに元気に返事して、絨毯を引いて走り出すジェニファー。
負担を強いているし、もっと専門性の高い馬か何か買おうかなあ……とも思うものの、やっぱりジェニファーのスタミナとスピードには普通の馬ではかなわないんだよな。馬って意外と繊細だから、モンスターなんかに出くわして傷つきでもしたら走ってくれない危険もあるし。
長距離走るとやっぱり肉球が傷ついてしんどそうだけど、それはマード翁やファーニィが治してくれる。いざとなればオーク程度なら逆に撃退するほど勇ましく、かつ従順なジェニファーは何物にも代えがたい。
本当、いい合成魔獣だと思う。もしもリノがいいなら、新しい合成魔獣作りの際にはジェニファーは僕が引き取ってもいいなあ、なんて最近は本気で思う。
……そういやロナルドは結局合成魔獣を飼うという希望は叶ってるんだろうか。
あのコワモテが幼い合成魔獣を可愛がって育てているところ、ちょっとだけ見てみたいかもしれない。
案外、そういう自由が利くから冒険者ルートを希望したのかもしれないな、ロナルド。
空飛ぶ絨毯に充分に魔力を込め、その上面に蝋塗りの防水布でも広げておくと、雨の時にも簡易屋根代わりになる。
絨毯そのものはみんなのゴロ寝をカバーできるほど大きくないが、リノ以外全員乗っても余裕で浮かんでいられるほどなので、適当にその辺の木を「オーバースラッシュ」で切り倒して材木にし、十字に組んで屋根の範囲を広げてやれば、寝るには充分な広さを確保することも可能だ。
「やっぱり交代で見張りだけはしないといけないけど、この快適さは以前とは段違いだ」
「ある意味、後詰冒険隊引き連れて歩いてるようなモンかもな。……でもやっぱテントじゃないから風は寒いけどな」
「そこは焚き火で何とか。……風通しがいいから、屋根の下で火を焚くのも遠慮がいらないのはいいよね」
「注意せんと煤が裏について落ちなくなるぞい」
「注意して何とかなるんですかね」
まあ、裏だからいいだろう。表だったら汚いと座るのに躊躇するかもしれないけど。
「しかし夕飯は結局干し肉スープかぁ」
はぁ、とユーカさんが溜め息をつく。
日が傾き、そろそろ野営を始めよう、という段階になって、夕食の彩りに野鳥か果物でも、とファーニィが張り切って出て行ったのだが、戦果ゼロだったのだ。
ついでにマード翁も近くにあった川で釣りをしたが、こちらもボウズ。
手持ちの保存食となると干し肉と堅パン、あとワイン。いつものラインナップしかない。
スープにすることでパンをふやかしやすくなるし、肉も柔らかくなるのでマシにはなるけれど。
「こういう時、アーバインがおるとさすがに何もなしってこたないんじゃがのう」
「狩りに関してはホント頼りになったよなアイツ……」
遠い目をするマード翁とユーカさん。
「……なんだか、今でもアーバインさんが死んだなんて信じられないんですよね」
ポツリと漏らしてしまう。
仲間たちがなんとなくしんみりする。アテナさんだけは彼に会ったことがないから、空気を読んで微笑んでいるだけだったけど。
「なんか、ひょっこりと現れて『俺が死ぬわけないじゃん』って笑ってくれそうな気がしてて」
「……アイン君。人が死ぬってのは、そういうもんじゃぞ。ドラマチックな、ショッキングな死なんてのはそうそうない。生きてる側の気構えなんてお構いなしに、ただ、置いていかれるんじゃ」
「……わかってはいるつもりです」
「正直……アタシもアイツはなんか死んでる気がしねえんだよな。殺しても死ぬような奴じゃないだろ、って」
「ワシとて同じじゃよ。じゃが、そんな妄想を共有しても仕方なかろう」
本当なら、クリス君も同じように話題に出してあげたかったけど、彼に関してはそこまで語れるほど一緒に過ごせていないし。
……空しい願望を語り合っても、何も変わりはしない。
だから、なんとなく言葉が少なくなる。
「……あながち、間違っていないかもしれません」
気まずく降りた沈黙が、焚き火の音によって紛れ、だんだんと透明になっていく中。
急に響いた冷静な声に、みんなビクッとした。
「っ……ロゼッタさん!?」
「祖父とクリス様の遺体を葬ろうと、以前視た場所に向かってみました。……クリス様は既に何者かに葬られ、墓の中にも遺体があるのを透視で確認いたしましたが、祖父の遺体が見つからないのです」
「え……」
二つの衝撃。
クリス君はもう疑う余地もなく死んでしまった、ということと。
それでも、アーバインさんが生きているかもしれない、ということ。
「じゃあ……」
「ただ」
ロゼッタさんは、あくまで硬い声のまま。
「それが生きているというのも、短絡かと思います」
「……どういうこと?」
「……むしろ、葬られていたら幸せな末路だった……といえる状況も、有り得るということです」
ロゼッタさんは、まるで仮面のような無表情で、そう言った。




