優先順位
それから数日間は、王都で落ち着かなく過ごした。
鎧と剣が仕上がるまでの時間は、新しい用意を思い立つには短く、ただぼんやりして過ごすには長い。
これから巨大ドラゴンと戦うというのにヤケッパチで飲んで騒いで、という気にもなれなかったし、ユーカさんにまたオシャレをさせることで暇を潰すというのも、ちょっとマンネリかな、とも思うし。
アテナさんやクロードとの日課の鍛錬は続けているが、わざわざ騎士団の練兵場に行ってもなんだか悪目立ちしそうだし。
外様の冒険者が騎士相手に大活躍、というのも、そう何度もやるのは性格が悪い。さすがに「普通」の騎士よりは僕が強いのは理解しているので、繰り返して確かめるつもりもなかった。
大一番が近いというのにそんなのは、まさに時間の無駄だ。
「次はフルプレ呼ぶわけにもいかねーからな」
「呼んでもいいんじゃないかなあ。ドラゴンの動向は国家の危急だろ?」
「それこそルザークの差配することだろ、って話。王家に泣きついて大ごとにする前に、まずアタシらを使おうってんだ。それでなんとかなるなら家の面子は保たれるが、なりふり構わず王家に泣きつくなら『自分の領地を守る能力のない武家』ってことになるわけだ。この尚武の国じゃ体裁が悪いんだよ」
「貴族の面子って面倒だなあ……」
「とはいえ、王家に言ったってなんにもならねー国の方が多いんだ。一応頼りにしようと思えばできるヒューベルはなかなかマシな国だと思うぜ?」
「……そういう見方もあるか」
たとえばこれが僕の故郷のハルドアなら、全軍挙げたってドラゴンを追い払えるビジョンが思い浮かばない。
そもそも王家の発言力が弱い国というのもままある。貴族たちの方が勢力が強く、王家が堂々と命令をしても気に入らなければ無視されてしまう国というのもあるそうだ。そういうところでは国家全軍挙げて、なんて行動自体がまず成り立たない。
一応、「最終的には王家に頼ればなんとかなるかもしれない」と思えるだけでもヒューベル王国は立派な体裁ではある。
まあフルプレさんの存在がドラゴンと戦えそうな理由の6割ぐらいを占めている気もするけど。
「茶々入らないといいけどね」
「今までの流れなら入らないだろ。ロナルドの奴の言う通りの『作為』ってヤツが働いてるとするなら、アタシやアインが大物と戦うことを誘導されはしても、邪魔はされてねえ。……まあ、邪魔なんかしてくるようならそっちを先に相手取るまでだ」
「……それがリリエイラさんでも?」
「アイン」
ユーカさんは少し食い気味に僕の名を呼んで、少しの間、目を見つめ。
「パーティってのは、命の危機を前にした冒険者がただひとつ拠って立つモンだ。行って帰るまで、ただそれだけは頼っていいのがパーティってモンだ。……だから、アタシはどんな時でも、パーティの仲間とそれ以外だったらパーティの仲間を取る。たとえ親友でも、アタシのパーティに手を出してくるなら、パーティを守るために殺す。それが、他人の命を預かる責任ってモンだ」
「…………」
「薄情だと思うか?」
「いや」
メガネを押す。
……強いな、と思う。
命に優先順位をしっかりとつけ、互いを守るという責任を認識し、そのためにあらゆる手段を辞さないという決意。
それを疑い、いざとなって選択ができるのか、なんていうのは、いかにも野暮なことだった。
「いつか、アーバインさんやマードさんから、ユーには稀有なリーダーとしての資質があるって話があったのを思い出してた。……こういうことだよなって」
「こいつは冒険者として基本的なことだぞ。みんな命張ってんだ。仲間が六人いたら六人分、自分の判断で危険にさらすんだぜ。なら、迷うわけにはいかねーだろ」
「そうとわかっていても、普通は迷うよ。……迷うのが人情だと思ってしまう。でも、その一瞬でなくすものもある。そういうことだろ?」
「……間違ってねーんだけど、お前がそのポーズで言うとすごい不穏に聞こえんのなんでだろうな」
「親友を殺すって言ってるユーの方が不穏じゃないかな」
「いやそのポーズ! ほんとそのポーズ!」
メガネ押すポーズがどうもダメらしい。なんでだ。
そうはいってもクセだからなあ。
というわけで、数日後。
「できたよ。剣の方もなかなかの業物だって研いだジジイが褒めてたよ。もしかしたらドワーフの作じゃないかって言ってたけど、そうなのかい?」
「どこで誰が打ったのかはわからないなぁ……元傭兵のメルビンって人に譲ってもらったんだけど」
「へぇ! メルビンってあの“四本腕”のメルビンかい!」
「……ドラセナ的にもよく聞く名前なんだ」
「名前がよく出たのはちょっと昔になるけどね。あいつ今何してるんだい? 冒険者やるようなタイプだとは聞いてないけど」
「武器商人って名乗ってたけどね。色々なところから目利きをして、いい武器だけ集めて売るようなことしてるらしい」
「はっ、一丁前にねぇ。まあ、コレを出してきたんなら節穴ってわけでもないんだろうけどね」
手渡された双剣はきっちり磨かれていたが、いつぞやのフィルニアの時みたいに原形がなくなるほど削られている、なんてこともなく、頼もしい手触りのままだった。
ちょっとだけ、また別物にされていたらどうしようかと思っていた。安心。
「鎧も元通りのピッカピカだ。寸法は変えてないから着られないってことはないと思うけど、調整するなら今しかないから念のため試着しといて」
「ありがとう」
手渡された鎧を着つけるのを仲間たちが手伝ってくれる。
うん。べつにそんなに急成長する歳でもないし、いい具合にぴったり。
「次の獲物は決まってるのかい?」
「ああ。ドラゴン。この前の水竜の何倍もある奴がいるっていうんでね」
「……えっ、何それ。……この近くの話?」
「近いかどうかはわからないなあ。まだ人づてに聞いて、これから追いかけるところだから」
口が滑ったな、と思いつつ、なんとか誤魔化す。
この話も出回ったら「邪神もどき」に負けず劣らずパニックを引き起こす案件なんだろうな。
……と、ユーカさんに脇腹を肘でぐいぐい押されつつ愛想笑い。
「次は証拠品見せてくれると助かるけどね」
「疑ってる?」
「まあ、ちょっとだけね。アンタがいい腕してるのは疑ってないけど、次々と話が大きくなってるからね」
「……まあね」
メガネを押す。
それに関しては、僕たちも「偶然だよ」なんて言えないから。
……でも、100メートル越えるような巨大ドラゴンから何を取って来れば証拠になるんだろうな。鱗の一枚でもベッドよりでかそうだし。




