レリクセン
マリス姫とミリス姫は、まるで当然と言わんばかりの自然さで宿のロビーを占拠する。
あっという間に使用人集団が彼女らのティーセットをしつらえ、宿を取った僕らよりもくつろぎ始める。
「人づてに聞きましたわ。例の神出鬼没の怪物を首尾よく討ち果たしたとか♥」
「おめでとうございます♥ 報酬は兄より約束されていると思いますが、私たちからもささやかながらお贈りいたしましょう♥」
「……まあ、何を貰うかによりますけど」
「おいアイン。もっとちゃんと構えて聞け。コイツらがそんな善意だけで動くヤツらじゃないのはわかってんだろ」
「まあまあ♥ ユーカ様は手厳しい♥」
「とはいえ邪魔になるものではありませんわ♥ 当国の名誉貴族、騎士爵としての身分です♥」
「随分しょっぺーな……」
ユーカさんが半目になる。
騎士爵ってなんだったっけ。……あとで詳しそうなクロードにでも聞いておくか。
「当家の依頼としての討伐であれば、もっと確実な地位と領地をもお贈りできたのですが」
「横からの口添えではここまででしたの。しかし、これでアイン様は望めばヒューベルのどこでも蔑まれることなく安住できますわ♥」
「……まあ、ありがたい……かな?」
冒険者に表立って石を投げる一般市民は(なんといってもこっちは武器持ってるから)あまりいないが、扱いとしては賎民だ。
こっちが元気な時はまあそんな感じだけど、いざ怪我や病気などで戦闘力がなくなったり、借金なんかで苦しい局面に立ったりすると完全に人間未満の扱いをされることになる。
だから冒険者はそうならないために貯蓄を絶やさないように、と先輩から後輩によくアドバイスされる。金があればなんだかんだで極端に扱いは悪くならない。
……それでも命のやり取りをするストレスからか、あっという間に浪費してしまう冒険者は多いんだけど。
「それに、今度はルザーク様の依頼を受けることになったとか。大貴族から直接頼られることになったからには、いよいよですわね♥」
「何が……」
「あら、そうまで昇り詰める冒険者は上澄みも上澄みですわ♥ もはや国の政治を左右する立場と言って過言ではないはず。となれば、我が家の婿に、あるいは娘を嫁に、と貴族たちがざわつき始める頃合いです♥」
「ルザーク様も、実妹のミルドレッド様をなんとかしていい相手に宛がおうと苦心しておられましたから……もしかしたら、そういうお話もあるかもしれませんわ♥」
「……まあミルドレッド様は兄に懸想している節があるので、さもありなんと思いますけれど」
マリス姫が微妙に死んだ目で溜め息気味に呟く。
……フルプレさんの評価低すぎませんか。いや、確かにちょっと短慮ではあるけど……責任感と単体戦闘力は高いわけですし。
「まあ顔と筋肉はいいからなアイツ……い、いや、誤解するなよアイン? あくまで一般論としての話だからな?」
「誤解はしてないよ。僕もイケメンだとは思うし」
筋肉は言わずもがな。あんなマッチョ、冒険者として他を見渡しても滅多に見ることはない。なんかそういうモンスターだと言われたら納得しそうな壮絶な肉体だ。
そのうえ第一王子なのだから、基本的には彼に愛を囁かれたらグラッと来るのが正常だと思う。
「……そこはお前、もうちょっと……いや、まあお前らしいっちゃらしいけどさ……」
あ、焼きもち焼いた方がよかったとこ?
でも正直、中身と地位はともかく外見的には「ああなりたい」って素直に思っちゃうんだよなあ。
筋肉が欲しいと思わなかったことはないし、顔もかっこよく頼もしい感じは理想だ。メガネのせいもあるけど、僕ってずっと顔見た時点で「こいつが戦いなんてできるのか?」と疑われてばかりだし。
もし姿を永続的に変えられるような魔術があるなら、フルプレさんみたいな方向性で頼みたいくらいだ。
……なんて考えているのが伝わってしまったのか。
「アイン様はどうか兄の真似をなさいませんよう」
「愛せるかどうか不安ですわ」
双子姫はかなり真剣な面持ちで訴えてきた。
「ま、待ってくれマリス。それは」
「クロード。これは私たちの問題ですわ」
「アイン様は妹の夫となられるかもしれない方。それは変わりませんの」
「うぐっ……」
マリス姫に何か言おうとして、双子姫に同時に詰められて黙らされるクロード。
同じ考えの人間が場に二人いるという圧は強い。
それはそれとして僕は同意したつもりはないんだけどなあ……いや、険悪になるのも怖いから否定もしてないんだけど。
「そんな話はどーでもいいだろ! なんか用があって来たんだろお前ら!」
ユーカさんが場をまとめてくれる。つよい。
双子姫はまだ何か言いたそうだったが顔を見合わせ、澄まして席で居住まいを正した。
「メインは騎士爵叙任の話ですが」
「マイロンでのあなた方の調査を追わせていただきましたわ。……確かに不審な点がありますわね」
「そんなマネしてたのかよ……お前らだって暇じゃねーだろ……」
僕たちが酒場で頼んだ調査を国家権力で追跡調査していたらしい。
でもまあ、クリティカルなところはよくわからないままの憶測で話が終わってしまったので、ありがたいと言えばありがたいか。
「一番怪しいのはもちろん、ゼメカイト魔術学院講師リリエイラ・アーキンスなのですが」
「レリクセン家の動きも不穏です。もちろん表立ってはおりませんが、レリクセンゆかりの幾人か腕利きの所在が、ここ数か月、わからなくなっています」
「“北の英雄”ロックナートのパーティも最近の活動実績が追えなくなっています。最後に動いた形跡は、“邪神殺し”パーティの最後の活動場所である古代遺跡……」
「疑えば疑うほどに怪しい話が出てきて困っておりますわ」
「待て、ロックナートが消えてんのか? 確かに聞かなくなったなーと思ってたが……」
“北の英雄”は大陸北方広域を転々とするスタイルのパーティだ。夏場は人里もまばらな北辺海近くまで行って遺跡やダンジョンを攻略し、そのあたりが雪で閉ざされる頃にはゼメカイト近くまで南下してくる。ゼメカイトに居つくというわけではないけれど、毎年のように訪れ、彼らの自腹で誰でも参加できる盛大な宴会を催すことで人気を得ていた。
ユーカさんたちに匹敵するほどの評判を誇るパーティだ。もちろん邪神に勝ったなんて話は聞かないけれど、もしかしたら彼らならドラゴンも退治できるかも、と思わせるほどの実力はある。
そして。
「それよりレリクセン家というのが気になるが……」
アテナさんがちらりとユーカさんを見る。
レリクセン。ユーカさんの家名だ。
僕は外国人だし、ユーカさんの家名がどれくらいの知名度を持つのかよく知らない。魔術師の家系だというのはさすがに以前の話からわかるけれど。
ユーカさんはフンッとつまらなそうに。
「ただの魔術師の家だよ。サンデルコーナーみたいな研究特化の家ってわけでもねーし、かといって宮廷魔術師に抜擢されるほどでもねえ。つまんねー家だ」
「百年近く前には宮廷魔術師にもレリクセンの名があるはずですわ」
「近年はあまりこちらの要職には来ていませんが……」
宮廷魔術師というのはまあ、魔術関係の大臣みたいな職だと聞く。
王宮に魔術師が出入りするのは本来、貴族側も(なんでもありの魔術師に何をされるかわからないので)嫌がるし、魔術師側も(大半の魔術師は研鑽の時間を貴族同士の騙し合いの見物に割り当てたくないので)嫌がるが、それでも国家戦略となると魔術の専門知識を抜きには進められないので、そういう顧問としての役割なんだ……というのはどこかで聞いた話だけど。
宮廷魔術師は国で一番実力を認められた魔術師が推挙されるというのが通例。だから、レリクセン家は昔は名家だったんだな、というのは今の会話で分かった。
「もしかしたらユーの秘密を探ってる……?」
「もしかしたら、何か面白いことになってんじゃねーか、って探られてる可能性はあるな。まあガキの頃におん出たきりなのに今さらなんのかんの言われても蹴り返すだけだが」
「それで済めばよいのですけど」
双子姫のどちらか(僕には見分けがつかないのでどちらかとしか言えない)が溜め息とともに言うも。
「だって、肝心の魔導書はリリーが持ってんだぜ。あんな傾きかけの家の連中が、バリバリの超一流冒険魔術師を出し抜いて秘密なんて掴めるかよ」
「うーん……」
そう言われるとどうなんだろうなあ。いや、レリクセン家のこと今聞いたばかりで何もわからないからなんとも言えないけど。
「私たちの訪問は、その警告、と申しましょうか。……どうかお気を付け下さいな。ドラゴン退治、楽しみではございますが」
「こうなってくるとアイン様の動向も、策謀を差し挟む価値を充分に感じる一大事。ユーカ様ばかりでなく、御身も大切にして下さいませ」
双子姫は一礼して、使用人たちはまたてきぱきとティーセットを片付け、辞去する。
ユーカさんは腕組みをして鼻息。
「こっちゃ楽しく冒険したいだけなのによ」
「ユーは冒険よりかわいいワールド楽しんでほしいんだけどね……」
「い、いまさらハブにすんのやめろよな!」
「しないしない。……でも、僕が一流になったら、ユーにはそっちをもっと楽しんでほしいんだ。冒険冒険って結局今まで急ぎ続けてきたからさ」
このドラゴン退治が終わったら、ゆっくりできるんだろうか。
少しだけ不安になりながら、僕はメガネを押した。




