工房に咲く華やかな会話
「手に持った時の馴染み具合がすげぇんだよ。これはマジで一味違う」
前にドラセナに渡した、僕の旧・愛剣から打ち直された地属性ショートソード。
王都直衛騎士団御用達のドワーフが本気で打っただけあって、優美な曲線と重厚な存在感は市販品のリメイクとは思えないものに仕上がっているが、ユーカさんが喜ぶポイントはそこ以外の部分だった。
「こんなに馴染むとなると……もしかしたらゴリラの時と同じくらいの早さで『オーバースラッシュ』できるかもしれねー」
「馴染むってそういう感じ……!?」
今のユーカさんはゴリラ時代から徹底的にスペックを奪われている。
もちろん「オーバースラッシュ」もそうで、打てさえすれば充分に威力を期待できるものの、剣への魔力伝達が遅すぎて、実戦で出す機会がほとんどなくなってしまっている。
だが、ユーカさんはこの剣ならいけるという。
にわかには信じがたいが……。
「ゴリラって何さね」
ドラセナが変な顔をしている。
「あー、この子、“邪神殺し”のユーカさん。少し前までかなりゴリラだったんだ」
「おまっ……いや、いいけどさ……」
ユーカさんが僕の雑な紹介に複雑な顔をする。
あ、紹介の雑さよりも「いきなり正体バラすな」って方で慌てたのかな。
でもドラセナももう知らない仲でもないんだし、言いふらすタチでもない……と、思うし。
「……えっ、邪神殺しって……“邪神殺し”のユーカって生きてたんだ!?」
「なんで死んだことになってんだよ……」
引き続き複雑な顔のユーカさん。
「だってアンタ、しばらく前から失踪して、パーティもバラバラで……どっかで討ち死にしたって噂になってるよ!?」
「死んでねーわ! ピンピンしてるわ! っつーか死んだなら死んだで喜ぶ奴いるんだから大々的に死んだこと喧伝されるだろ!」
「えぇ……なんで死んだら喜ぶ奴がいるとか物騒なことそんな元気に言えんのこの子……」
「あとこの子とか言うなよな! こんなナリだけど24だかんな! ……あれ、誕生日過ぎてるっけ? まだ過ぎてねーと思うけど」
「24とか普通にガキじゃんか。アチキらの感覚だと人形遊びする歳だよ」
「……ドワーフ的にはそういうアレなんかー……」
そういえばドワーフの歳ってどうなってるんだろう。あのエラシオも子供の頃からドラセナの見た目が変わってないとか言ってたような気がするので、エルフほどじゃないにしろ老化が遅いのは間違いないんだろうけど。
「とにかく、コイツならドラゴン退治も捗るぜ。悪いけどコイツは譲ってくれ」
ユーカさんはひとしきり試し振りをして僕にそう言う。
それに対してドラセナはちょっと不満そうな顔。
「そいつは鬼畜メガネの旦那に、ってんで誂えたんだけどねぇ」
「まあまあ」
僕は間に入る。
というか。
「そうそう、鎧の修理頼みに来たんだよ。激戦だったからね」
鎧を脱ぎにかかる。
ドラセナは胸鎧を受け取り、ガチャガチャと確かめて、渋い顔をした。
「また随分と……致命的に壊れちゃいないから作り変えまではしなくていいと思うけど、今度は何と戦ってきたんだい」
「いや、フルプレさんの……王子の体当たり戦法をちょっとパクって、あー……ギガンテスとか倒したし」
「邪神もどき」の話をするのが筋なのだけど、もう事後とはいえ、そんなものが徘徊していたと知れればパニック必至な怪物。
あんまり言いふらしていいものかと口ごもり、結局直近のギガンテスに話をすり替える。
それでもドラセナは半信半疑みたいな顔をした。
「ギガンテス……って、そんなの剣士の出番じゃないだろ? 剣で斬りかかったって話にならないじゃないか」
「まあ、うん。若干苦労した」
「……さすがにちょっとホラ吹いてるんじゃないかって思えてきたよ」
そんな扱いなんだ、剣士がギガンテス殺すって。
と、僕が苦笑していたらファーニィが弁護してくれた。
「いやいやいや、ふつーに倒してましたよ。単独で。むしろ一方的にボッコボコにしてました」
「……アンタは?」
「アイン様の忠実な下僕で美少女エルフ治癒師で魔術師で弓手でペロペロ担当のファーニィです!」
「情報量絞ってくれないかい?」
「アイン様の性的な下僕です!」
「待ってファーニィ。嘘八百に書き換えるのを要約みたいに言わないで?」
「いやいやいや私だいぶ最初の方から言ってますよね! 何でも舐めますって言ってますよね! そこは事実として認めましょう? 嘘八百ではありませんよ!」
「口で言うだけで実際やってないことを事実にしようとするのはおかしいんじゃないかな」
「じゃあ今からやりましょうか!? 覚悟はありますよ! さあ!」
「それより君は治癒師としてのアピールをするべきなんじゃないかなって」
「たかだか普通の12倍くらいの治癒速度が出せるだけですし」
「一般的に言って化け物の域に入ってるよそれ」
どうしてそこのところをもっと誇らないのか。今ゼメカイトで仲間募集したら絶対ほぼあらゆるパーティに誘われるぞ、ファーニィ。
……ドラセナは何故か同情に満ちた顔つきになり。
「なんというか……変な女に囲まれてるんだね、アンタ。カミラも変な奴っちゃ変な奴だし……」
「カミラさんをカウントするのはいろんな意味で違うと思う」
「でも会うと必ず一回はアンタの話出すよカミラ」
「…………」
そういえば「鬼畜メガネ」という属性にすごくうっとりしてたっけなあ。
いやいや。
「アイン君はモテるな」
「まあ……納得ですよね。強いですし、女性に優しいですし」
「ワシだって強いし女の子にはめちゃくちゃ優しいんじゃがのう」
「優しさの方向性が不純なせいなんじゃないですか」
「だいたい、マード殿もマード殿でモテるではないか」
「寄ってくるのがだいぶやべー子ばっかりなんじゃが?」
後ろの方でワイワイと話している仲間たちの会話を聞きながら、ユーカさんはちょっと不機嫌になった。
「随分女にコナかけてるじゃん」
「かけてないかけてない。誤解だよ」
告白してからユーカさんがこういう場面でちょっと焼きもちを焼いてくれるのが、実は少し嬉しい。
もちろん、本人にそんな自覚はないし、時々自分でネトネトしたことを言っていることに気が付いて一人で悶絶してるけど。
こっちが告白したんだからそこは普通に責めてもいいんじゃないかな、と思うし。
……ハルドアを出てからこっち、ずっと乾ききっていた部分に、彼女の感情が沁み込んで、自分が人間的になるのを感じる。
それが、妹を失った穴を埋めているだけなのか、もっと踏み込んだものを満たす前段階なのかは、僕もユーカさんもまだハッキリとわかっていない感じはあるけれど。
心地よい感覚ではある。
「とにかく、鎧の修理は承るよ。仕上がりはまあ、三日……四日ぐらいあれば完璧かな。ついでにその剣も研いどくかい?」
「ああ、それじゃ……」
腰の「黒蛇」「刻炎」も渡す。
また「背骨が折れかけている」なんて言われたらどうしようかと思ったが、それは言われなかった。
「何か代わりの武器持ってっとくかい? 王都とはいえ丸腰で過ごすのは不用心だろう。アンタ、それで前に苦労してたみたいだし……」
「いや、いいよ。ユーのナイフもあるし」
ユーカさんがショートソードに持ち替えたことで、ナイフは余ることになる。
そのままユーカさんに持たせておいてもいいが、しばらくそのナイフを借りよう。
こんなものでも持っていれば「オーバースラッシュ」を打つ媒体にはなるし、それ以上のピンチなんて王都では滅多にないだろうし。
定宿を取って、一息ついて。
……しばらくすると、案の定訪問者。
「ごきげんよう♥」
「ごきげんよう♥」
「……毎回どこで情報仕入れてんのコイツら?」
ユーカさんが双子姫の姿を見て呆れた。




