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研ぎ澄ましたその命を

 僕とユーカさん。

 両者の目に、薄紫の光が同時に灯る。

 もしかしたら、どちらかにそれが発動したらもう一方には点かないんじゃないかと少しだけ心配していたが、杞憂のようだ。

 そして、やることは簡単。

 僕もユーカさんも、「最強の攻撃」を積み重ねていくだけ。

 撃つたびに、繰り出すたびに、その「先」があることを、僕たちは見つけていく。

 撃てるというなら、叩き込めるというなら、少々の反動は気にしない。それでやれるなら、やる。

 マード翁やファーニィがいるからというのもあるけれど、もしも彼らがいなくても、こういう敵であるなら反動を受け入れて、繰り出すだろう。

 勝てなければどうせ死ぬだけ。逃げるなんて無理だ。

 もしもそれで腕が、足が、それ以外の何かが、生涯使い物にならなくなるとしても。

 勝てるのならば、その価値はある。

 少なくとも、仲間たちは守れる。

 ユーカさんの未来は、手に入る。


「保てよ」


 手に握った「黒蛇」を、胸の前でギュッと握る。

 新しく手にした武器に対してだけの話ではない。

 僕自身と、この胸を守るドラセナの鎧と、魔力を何日もかけて溜め込んだ虚魔導石と。

 あらゆるものに対して、これからの数十秒、持ちこたえてくれることを願う。

 ……その祈りにも似た一瞬ののち。

「合わせろ、アイン!!」

「ああ!!」

 駆け出すユーカさんを、「ゲイルディバイダー」の急加速で追う。

 彼女のダッシュは瞬間的に見失うほどのスピードだ。僕は自分の足ではそれに追いつくことは難しい。

 だが、剣二本による「ゲイルディバイダー」は、それに近いほどの加速を実現する。

 そして、ユーカさんへの斬撃を放とうとする「邪神もどき」の攻撃の瞬間に、左の「刻炎」を手放して射出。

 突然の飛び道具に驚いて受け損ない、腕の一本に突き刺さって一瞬の隙を見せる「邪神もどき」に、ユーカさんのナイフによる斬撃が叩き込まれる。

 既にその威力はナイフで出していいものではなくなっている。フルプレさんの「フルプレキャノン」と同等以上のダメージが「邪神もどき」の胴に決まる。

 そして僕は左の推進力を失って地に転げつつ、それに逆らわずに前転、さらに跳ね上がって上段から「バスタースラッシュ・ゴースト」。

「バスタースラッシュ」に「ゴーストエッジ」の先端分裂効果を重ね、同時に数条の斬撃を放つ。

 消費は激しいが威力は充分。受ければただでは済まないはず。

「はははははは……まだだ、まだそれでは死んではやれんぞ!!」

 だが、「邪神もどき」は、僕の一撃に合わせるように背中の腕を振り回し、薙いで斬撃を受け流す。

 腕での打撃にも魔力が充分籠もっているらしい。「バスタースラッシュ」をうまく直撃しない方向に流されてしまった。

 が、その隙にユーカさんは奴の腕に突き刺さった「刻炎」を掴み、全身を使って巻き取るように引き抜く。

 奴の黒い血に濡れた泥の中に胴体着地しつつ、地を片手両足の三つ足で掴み、蹴り、「刻炎」を振るう。

「つべこべ言わず死ねやぁぁぁっ!!」

 赤の刃が閃く。

 小さな身体が跳ねながら繰り出した斬撃は、「邪神もどき」の肉体をついに胴切りにする。

 ユーカさんなら、もっと威力が上がる。

 どこまでも上がる。

 だが、僕はそれを座視するつもりはない。

 上がり過ぎればあの小さな体にどんどん負荷がかかる。手遅れになる。

 僕自身も“邪神殺し”の影響下にいるから、直感する。

 この状態なら、本当に「一秒後に死ぬ」というところまで自分自身を酷使できる。


 それは僕でいい。


「おおおおおおおお!!!」

 その前に殺す。

 ユーカさんより前に。誰かを奪われるより前に。

 僕は、僕の命は、そのための道具だ。

 そう意識するほどに、無限にそのすべが示される。

 奴の反撃が飛んでくる。魔力を孕んだ拳、剣、そして魔力そのもの。

 面倒だ。

「フルプレキャノンッ!!」

「黒蛇」での「ゲイルディバイダー」に推進力を託し、肉体には「メタルマッスル」を、鎧には充分潤沢な魔力を。

 強引に再現した僕流「フルプレキャノン」だ。

 元々ユーカさんの技だったというからには、フルプレさんのだってアレンジだ。

 僕が僕に合わせた形で繰り出したっていい。

 ウェイトと突進力が足りないけれど、鎧には魔力を通わせている。敵の攻撃を突き破る程度のことはできるはずだ。

 ……さらに、鎧には左巻き螺旋のイメージを与えパワー重視。

 肉体は硬度重視の「メタルマッスル」をかけながら鎧にだけ逆回転というのはイメージがグチャグチャになるが、それでも僕ならできると、内なる僕の声が断定した。

 そして、その通りに……僕の「フルプレキャノン」は、奴の迎撃をぶち抜いた。

「!?」

 おそらく、以前ロゼッタさんのダンジョンの掃除で出会ったレイスと同質であろう、魔力の薄膜を突き破る。

 そして腕での叩きつけは跳ね返し、最後に奴の剣はトップスピードに乗る前に肩で弾き飛ばす。

 鎧は深く傷ついたが、「メタルマッスル」のおかげで肉体にはほぼノーダメージ。

 そのまま低く突っ込み、「邪神もどき」を宙に浮かせる。

 そして素早く「メタルマッスル」を解除。魔力の回転方向を逆転。

 体内の血液が全て錆びた針金になり、逆流するような痛みと違和感が全身に走る。

 急速逆回転(こんなまね)をしたことなかったから初めての感覚だけど、“邪神殺し”の効果で思考と苦痛が切り離されている。無視。

「必っっ殺……!!」

 今の僕にあるすべての手段を集約して。

 回転。放出。無詠唱魔術。貯蔵魔力。

 それで足りないなら肉でも骨でも持っていけ。

 僕は、それでいい。

 今度こそ、何かを失う前に、使うんだ。


 この安物の命を永らえた理由は、それで充分、上等だ!


「アインバスター!!!」


 浮いた「邪神もどき」に、振り上げる斬撃。

 いろいろな加算をかき集め、あらゆるリソースを振り絞り、黒い剣が白く光るほどの魔力を込めて、それが薄紫の残像を引くのを視界の端に認めながら。

 僕の全てをつぎ込んだ一撃を、「邪神もどき」に叩き込む。


 轟音とともに、光が天を貫いた。



「かははははは……」

 すべて。

 使い切った。

 だから、もう立てない。

 魔力の急速逆回転によるものか、あるいはそこで過剰な魔力を使った肉体強化に、体が耐えられなかったのか。

 手にも足にも感覚がなく、僕は全力の一撃を放った後、仰向けに倒れ、少しも動けなくなっていた。

 そこにあの「邪神もどき」の笑い声が響いたのだから、これは負け、なのだろう。

 首すらも動かない。それを確かめるすべがなかった。

「……()の、言うた通りで……あったわ……」

「…………」

 奴?

 問い返したかったが、口を動かすのも億劫だ。呼吸しているのがやっとだ。

 どこに、どんな状態で「邪神もどき」がいるのかも、わからない。

「真に実りある、旅で……あった……化け物どもよ、よくぞ、付き合うてくれた……」

「……再生する力が尽きたか」

「……おうよ。我が城に……籠もっていたならば……まだ、続けられただろうが……な」

 ユーカさんが、僕の体を抱き起してくれる。

「邪神もどき」は、ほとんど首だけの状態で、笑っていた。

 あまりにも異様な、不気味な姿だったが……あれだけのデタラメなモンスターだ。それくらいはできるだろうとも思えた。

「テメーは何だ。どこから現れやがった。何が目的だったんだ」

「かははは……遅き問い……よな……」

 生首は、ゆっくりと。

 目に見えて、命の灯を小さくしていく。

「いずれ、わかる……化け物よ。化け物どもよ……」

「わかるかよ」

「……いいや。わかるはずだ……つながる、はずだ……」

 モンスターの言うことだ。

 意味なんかないのかもしれない。

 問いに正しく答える義務もない。

 そもそも、レイスのように、言葉を理解していても悪意しかないだけかもしれない。

 だけど、「邪神もどき」の最期の言葉は、そう切り捨てる気にはならなかった。

 どことなく、予感していたからかもしれない。


「それが、()の絵図なのだ……から、な……」


 それっきり。

 首だけ残った人型モンスターは、沈黙する。

 二度と動くことはないだろう。

 ……だが、それで終わりでは、決してない。

 それを示唆する幕切れであり。


「アイン様! アイン様、って何やってんですかこれ!? 何したらこんなことになるんですか!?」



 ファーニィが悲鳴を上げるくらいには、重症だった僕は。

 それからまともに動けるようになるまでに、ファーニィとマード翁の手をもってしても一週間かかり。

 その間のほとんどの時間を、朦朧として過ごすことになる。

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